第32話.魔石獲り、開始
実技試験――魔石獲り当日の早朝。
軽く準備運動しながら、森の入り口の前にてブリジットは試験の開始合図を待っていた。
学院の二年生、総勢百名が一堂に会している光景はなかなかに壮観である。
四~五人で固まっているチームもあれば、ブリジットのようにひとりで立っている生徒も居る。
さて、数少ない知り合いはどうかといえば――隣のクラスのユーリも離れた場所にひとりで佇んでいる。
一瞬、彼と目が合った気がして、ブリジットはどきりとし……思わず視線を逸らした。
(って、別に逸らす必要なんかないじゃない!)
思い直して再び目線をやれば、既にユーリは森の方角を見ていてガッカリしてしまう。
彼があまりにも着けるように言うものだから、ポニーテールの後頭部に贈られた髪飾りも着けてきたのだが。
(違うのよ。優れたマジックアイテムだから持ってきただけで、別に他意はなくて……)
口元をもごもごさせながら、心の落ち着きを取り戻すために周囲を見回すブリジット。
制服姿の者はひとりもおらず、生徒たちは揃って動きやすい格好に着替えている。
中には寝袋や着替え、食料らしきものを重そうに抱える生徒や、それを持たされる精霊の姿があった。
森の中から出ればその時点で試験を棄権したと見なされるためである。
そしてブリジットはといえば、背負った小型のリュックサック以外は荷物を持っていなかった。
(動き回る必要がある授業だもの。余計な荷物は不要だわ!)
実際は、有無を言わさず大量の着替えを持たせようとするシエンナからどうにか逃れた結果なのだが。
「あの……っ」
(ん?)
誰かに声を掛けられた気がしてブリジットは振り返ろうとした。
「ブリジット嬢ー!」
だが、ブンブンと勢いよく片手を振りながら近づいてきたニバルに気を取られる。
他のクラスからは一斉に注目が集まる。ジョセフの子飼いの令息と見られていたニバルが、彼に捨てられた"赤い妖精"に懐いている光景というのはなかなか認めがたいものがあるのだろう。
「元気いっぱいね、ニバル級長」
「それはもう! ブリジット嬢の活躍が楽しみすぎて夜も眠れませんでした!」
よく見ればニバルの両目は充血している。ブリジットは途端に心配になった。
「あなた……森の中と言っても暑いんだし、休息はキチンと取らないと駄目よ?」
「心配していただけて光栄です。しかし問題ありません。ひとりでもこの試験、勝ち抜いてみせます!」
その言葉にブリジットは目をぱちくりとした。
(ひとり?)
そういえば――と周りを見れば、ブリジットのクラスメイトたちは、なぜか全員がそれぞれ距離を取っている。
しかも全員が、やたらとキラキラした眼差しでブリジットを見ているではないか。
どういうことかと思えば、その答えをキッパリとニバルが口にした。
「自分自身の力だけでやり遂げてみせる……そう宣言したブリジット嬢に感銘を受けた我々は、全員が
「えっ!?」
なんだそれは。まったく聞いていない。
しかしニバルはグッと握った拳を天高く掲げてみせると。
「他のクラスの奴らにも、ブリジット嬢の実力を見せつけるときです――!」
試験開始の合図となる鐘が鳴る。
おかげでスタートは、ちょっぴり遅れたのだった。
◇◇◇
運動能力・魔力操作・駆け引き――それに運。
魔石獲りに重要とされる四つの要素のうち、ブリジットが自信を持つのが運動能力と駆け引き能力である。
(というか、他の二つはゼロかマイナスだわ……!)
というわけで、運など曖昧なものは頼りにしないブリジット・メイデルは、おっかなびっくりと散らばる生徒たちの間をすり抜け、生い茂る森の中をのんびりと掻き分けていく。
幸い、試験時間はほぼ二日と長い。開始直後に焦る必要はまったくないのだ。
陽光の射さない森の中の空気はどこか湿っていたが、それ以上に、背中をくすぐるようなざわめきを秘めている。
とっておきの魔石を見つけた精霊たちは、小躍りしながらそれを腕の中に隠しているところだろう。あるいは秘密の宝箱へと仕舞っている最中に違いない。
(ええっと……あ、あった)
ブリジットが探していたのは樫の木だ。どこか毛虫に似たような花をつけるその木から、葉っぱを三枚まとめて拝借する。
慣れた手つきで葉の縁を丸めようとして――ブリジットは気がついた。
(…………っ誰!?)
背後に何者かの気配を感じたのだ。
生徒や精霊に対する直接的な加害行為は禁止されているが、過去にはルールの隙を突くやり方で、他の生徒に手傷を負わせたという生徒が居たという例もある。
手近な樫の木の後ろに隠れ、ブリジットは息を潜める。
だが、茂みの中から現れた人物の顔を見てすぐに警戒を解いた。
「ユーリ様」
「!……ブリジットか」
どうやら偶然、近い位置を探っていたらしい。
ひょこっと現れたブリジットの顔を見て、ユーリは一瞬だけ驚いた様子だったが――すぐに気を取り直したようだった。
「首尾はどうです?」
「まだひとつだな」
「ええっ!?」
その手の中に光る魔石を握っているユーリ。
まさかの返答に、ブリジットはものすごい衝撃を受けた。
だってまだ、試験は始まって間もないのに。
(やっぱり油断ならないわ、この人……!)
ぐぬぬ、と歯を食いしばっていたら「それでお前は?」なんて訊かれたので、ブリジットは悔しさのあまりそれは小さな声で答える。
「……ゼロですけど」
「そうか。見つかるといいな」
「見つけますわよっ!!」
ムカムカしながら怒鳴り散らすと、ユーリは背を向けながら言い放った。
「気をつけろよ」
「平気ですわよ。なにせわたくし、精霊博士を目指しておりますから」
ブリジットはそう答え、その場をそそくさと離れたのだが。
最後に――どこか物憂げにユーリが振り返ったのには、気づかなかったのだった。
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