第31話.二度目の勝負

 


「――ブリジット嬢。今度の"魔石獲り"、俺と組みましょう!」



 静まりかえった教室の中。

 そう叫び、挑むように手を差し出してきた級長ニバルを相手に。


 ブリジットは首を左右に振った。



「ごめんなさい」



 ざわっ……と周囲が一気に喧噪を増す。


 クラスメイトたちの視線は、露骨に哀れむようにニバルに向かって注がれるのだが――当の本人はそれには気がつかず、くわっと目を見開いている。


「もしかしてブリジット嬢は、あの男と組むんですか!?」

「あの男って誰です?」

「誰って、それはもちろんユ――」

「わたくしはどなたとも組むつもりはありませんわっ!」


 ニバルが何やら、良からぬ名前を口にする前にブリジットはキッパリと言い放った。

 シエンナより返却されたお気に入りの豪奢な扇をバサリと広げたブリジットは、オホホと笑ってみせる。


「もちろん、チームで励む方もいらっしゃるでしょうが……わたくしは自分自身の力だけで頑張りたいと思っておりますの」


 休日は清楚な格好と化粧を心がけたために、反動で悪女感が増してしまったブリジットだったが、すっかり慣れているクラスメイトたちはまったく気にしていない様子である。

 ニバルも誘いを断られてガッカリしつつも、納得したように呟いている。


「そうですよね……ブリジット嬢の実力なら、単独でも問題ないでしょうし……」


(うーん……それは微妙なんだけど……)


 だが、それは口にはしない。


 ニバルの精霊エアリアルの暴走を食い止めてみせたブリジットの精霊。

 あれからも引き続き契約精霊に話しかけているのだが結局、精霊からの反応は得られずじまいだ。


 精霊の協力は、まだ得られそうもない。

 だがブリジットには少なからず自信があった。


(というより、精霊博士を目指す身としてはゼッタイに勝ち残りたい……!)


 現在クラス中で話題となっている魔石獲り。

 正式には、次の定期試験の実技課題であり、その内容は学院の周囲を囲む鬱蒼とした森の中で、教員たちによって隠された特殊な魔石を拾い集めるというものだ。


 これは夏期休暇を迎える前に必ず二年生に実施される課題で、学院の伝統とも言えるものである。

 というのもこの試験、少なからず契約精霊の助力が必要で――そしてそれ以上に、の動きを把握することが重要になってくるのだ。


 基本的には精霊界で過ごす精霊たちだが、その一部は人間界の森や林、川などの人気のない神聖な場所に出現することがある。

 オトレイアナ魔法学院の森には特にその気が強い。そして精霊たちは例外なく魔石を好むので、教員たちがばらまく魔石を勝手に持ち運んでしまうのだ。


 しかも実施時間は二日間。

 貴族の子息令嬢たちによっては過酷な試験内容なので、チームを組んで参加する生徒も多い。


(生徒相手にも精霊相手にも直接的な加害行為は禁止されてるし、持ち込んでいい道具類も細かく指定されている)


 限られた時間で、どれだけ精霊を懐柔出来るか。

 あるいは、精霊に好まれ、魔石を譲り受けることが出来るかが、勝負の行方を左右すると言っていい。


 そして、分かりやすく手に入れた魔石の数によって成績が決まる以上――ブリジットは意気込まずにはいられなかった。





「ユーリ様!」


 図書館近くの四阿にて。

 分厚い本を読んでいたユーリが振り返る。


 ブリジットが向かいの席に座ると、彼は形の良い眉を不思議そうに寄せてみせた。


「今日はいつもと同じだな」

「……まぁ。あれは何かの気の迷いと言いますか」


 表情を僅かに軋ませるブリジット。

 ユーリは二日前、街中で偶然会ったときのことを言っているのだろうが……あの日は化粧や髪型、服装に至るまで普段と違っていたし、しかもシエンナも何やら余計なことを言い出すやらで散々だった。


 それにシエンナに話を振られたときのユーリの発言やら、彼から贈られた品物やらが、とてもじゃないがブリジットには受け止めきれず――。


(おかげさまで、週末はぜんぜん寝つけなかったわ。……じゃなくてっ)


 駄目だ。あの日のことを考えているとそれだけで熱が出そうになる。

 気を取り直して切り出そうとしたブリジットだったが、再びユーリは口を小さく開くと。


「着けてないのか」

「えっ?」

「髪飾り」


 せっかく頭の片隅に追いやろうとしていたのに。

 ブリジットは恨めしい気持ちでユーリを見つめたが、まっすぐな双眸に見返されてしまい慌てて目線を逸らした。


(あ、赤くならないで。お願い……)


 最近はまるで言うことを聞かない自分のほっぺたに必死に念じながら、もごもごと言葉を返す。


「……き、気が向いたら、着けますけれど……そもそもあれ、お返しするべきですわよね?」


 そもそも返却すると言ったのに、パニックになったまま家に帰ったら片手に収まっていたので驚いたのだ。……シエンナは気づいていた様子だったが。


 あの髪飾りがとてつもなく高価な品だということは分かっている。

 伯爵家の中でも異端視される自分に贈られるようなものじゃないということも。


 それなのにユーリは、ブリジットの問いに答えることもなく重ねて言うのだ。


「なるべく着けていてくれないか」


(ええっ)


 仰天するブリジットだったが、ユーリは無表情を崩さない。

 むしろブリジットが「はい」と言うまで逃がさないとでも言いたげだ。


 そんな彼を前に、ブリジットはしどろもどろになってしまう。


 だって自らが贈った髪飾りを、着けてほしいだなんて。

 それではまるで、ユーリは――ブリジットのことを特別に想っているようではないか。

 そんな都合の良い勘違いさえ、したくなってしまうではないか。


(そ、そんな……そんなわけないのに!)


 ブリジットは動揺を押し隠そうと必死に応戦する。

 上擦った声ではとても、誤魔化せてはいなかったのだが。


「お、オホホ。ごめんあそばせ、わたくし自分の気に入った装飾品しか身につけませんので」

「僕の贈り物は気に入らなかったか」

「気に入らな……かったわけはありませんわ。だってとても素敵で、細工は美しくて……」

「そうか。なら着けてくれ」


 ブリジットは敗北した。


「……そ、そこまで仰るなら……明日から着けますわ」


 そう返しながらも、鞄をぎゅっと抱き寄せる。


(今さら「本当は嬉しくて持ち歩いてました」とか、言えない……!)


 持ってきているのがバレないように、と持ち手を押さえるブリジット。

 そんな仕草をちらと見遣りつつ、ユーリが開いていた本を閉じると。


「それで? 今日はなんの件だ?」

「それはもちろん……魔石獲りのことですわ」


 ユーリが頷く。ブリジットがそう言い出すのを予想していたのだろう。


「契約精霊の助けがある以上、僕のほうが有利だろうが……いいのか?」

「むしろちょうど良いハンデですわね。わたくし、精霊博士を目指す身の上ですから」


 堂々とブリジットは言い切ってみせる。

 その言葉の意味を正しくユーリは受け取ったらしい。


「未契約精霊との意思疎通に自信があるということか。まぁ僕が勝つだろうが」

「うふふ。ユーリ様の泣き面を拝めるのが今から楽しみですわねぇ」

「大した自信だな。幸せな夢だけ見て惰眠を貪っているといい」

「あらぁ。勝利を夢見がちなのはそちらではなくって?」


 目つきの悪い二人はガンを飛ばしながら睨み合う。


 前回の筆記試験は同率一位だった。

 だから今度こそ、白黒つけるときだ。


「魔石を獲得した数が多いほうが勝者か」

「ええ。そして今回も、負けたほうは、勝ったほうの言うことをなんでもひとつ聞く――ですわね!」

「上等だ」


 ユーリがフッと笑った。……ような気がした。

 そんな彼に、ブリジットもギラリと目を輝かせる。



(今度こそユーリ様に、ぎゃふんと言わせてやるんだから!)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る