【4巻3/15発売】悪役令嬢と悪役令息が、出逢って恋に落ちたなら ~名無しの精霊と契約して追い出された令嬢は、今日も令息と競い合っているようです~【コミック3巻同日発売!】

榛名丼

第一部

第1話.待ち望まれた婚約破棄

 


「ブリジット・メイデル。俺はお前との婚約を破棄させてもらう!」



 魔法学院の中ホールにて開かれた、パーティーの真っ最中。

 そう唐突に告げた第三王子の声に、集められた人々は心から思った。



 ああ――、と。



 着飾った彼ら彼女らの視線は自然と、吸い寄せられるようにとある人物に注がれる。

 もちろんそれは、王子にその名を呼ばれた令嬢――ブリジットにだった。


 ブリジット・メイデル伯爵令嬢は、注目が集まっていることに気づくことすらなく、はしたなくも口を半開きにしていた。


 化粧は濃いが、美しく、整った顔立ちの少女である。


 燃え盛る炎のように揺れる真っ赤な髪の毛と、やや吊り上がり気味の翠玉エメラルドの瞳。

 リボンとレースがふんだんにあしらわれたピンク色のドレスは、デザイン自体は可愛らしいもののどこか子どもっぽく、大人びた彼女の容姿にはあまり似合ってはいなかった。


 そんなブリジットの前に立つのは一組の男女だ。


 ひとりは、ジョセフ・フィーリド。

 この国――フィーリド王国の第三王子にして、ブリジットの婚約者である。


 もうひとりは、リサ・セルミン。

 男爵家の娘で、庇護欲をそそるような愛らしい外見の少女だ。


 寄り添う見目麗しい二人は、まるで比翼の鳥のようで……。

 そんな二人に睨まれるブリジットは、それこそ物語の中の悪役か何かのようだったし、生徒の多くはその構図を見つめてこう思った。



 今日この場。

 試験の慰労会と称してジョセフが学院のホールを貸し切ったのは、ただの名目に過ぎない。

 同学年の生徒たちを多く集めたパーティーの場は、ただ衆人環視の元で、ブリジットを滑稽な見世物にするための舞台として用意されたのだと――。



「どうして……どうしてですかっ? ジョセフ様っ!」


 ショックのあまりか、声を裏返らせるような調子でブリジットが叫ぶ。

 途端に、抑えきれない笑い声が生徒たちの間から漏れた。


 ジョセフはブリジットの物言いに、眉を顰めた。

 普段は温厚な青年として知られるジョセフだが、怒りのあまりかその語気は荒い。


「理由など訊かなくても、よく分かっているだろう? 俺が親しくしているリサに醜く嫉妬し、陰でこそこそと彼女を虐めていたことは分かっている!」


 ざわめきが、ホール内を駆け抜ける。

 ブリジットが「そんなことしていませんわ!」と悲痛に叫ぶ声もあっけなく掻き消され……タイミングを合わせたように、リサが瞳を潤ませていた。


「本当にひどいです、ブリジット様……あたし、何も悪いことなんてしてないのにっ!」


 さめざめと涙を流すリサの肩を、痛ましげにジョセフが抱き寄せる。

 ブリジットと異なり、ピンク色のフリフリのドレスが似合うリサは、頬を染めてジョセフを見つめている。


 それが許せないのか、ブリジットは喚き散らした。


「でも、だ、だって――ジョセフ様! わたくしにはまったく心当たりがありません!」

「この期に及んで、しらばっくれるのか!」

「しょ、証拠はありますか? わたくしがリサ・セルミン男爵令嬢を虐げたという証拠は!」

「そんなものは不要だ! リサが俺に嘘を吐くはずがないのだから!」


 言い切られ、ブリジットが絶句する。

 それを良いことに、生徒たちは囁き合った。


「まさかリサ様を虐めていたなんて……」

「王子の婚約者だからって、何をしてもいいと思ってるんだろうな」

「"赤い妖精"は、激しい嫉妬の炎にばかり燃えているんですわね……いやだ、恐ろしいわ」


 密やかに――それでいてブリジットに聞こえる程度の音量で、交わされる会話。

 同情的な声など少しもない。というのも、ブリジットという少女は多くの人々に嫌われているからだ。


 【名無し】と契約した出来損ないのくせに、家柄のみで第三王子の婚約者となった。

 しかも高慢ちきで高飛車と性格は最悪。おまけに男爵令嬢に嫌がらせまでしていたとあっては、ブリジットを庇う声などあるはずもない。


 ――そんな声を耳にして。

 ようやく、この場に誰ひとりとして味方は居ないという事実を思い知ったのだろうか。


 ブリジットの表情が、静かな絶望に彩られていく。

 むしろ、たとえこのホールを飛び出したとしても、この大地の続く場所にブリジットの味方など居ないだろう。

 それが分かるからこそ、ますますおかしく、彼女を取り巻く笑い声の音量は増していくばかりだった。


 とうとう震えながら深く俯いたブリジットに、最後通告するように。

 ジョセフは、鋭く指先を突きつけた。


「ブリジット、もう一度言う。俺はお前との婚約を破棄する」

「…………」


 もはやブリジットは、言葉を返すこともできない様子だった。


 蒼白な顔色ながらスカートの裾をつまみ、何とか一礼する。

 そうして、ほとんど倒れそうになりながらよろよろと、出入り口に向かって歩き出した背中に。


 追い討ちをかけるようにジョセフが言い放った。



「二度と俺と、リサに関わるなよ」



 ほんの一瞬、足を止めかけながらも。

 ……最後の矜持なのか、ブリジットは振り向かずにホールを出て行った。



 ――――その後。

 パーティーは一気に盛り上がりを増し、夜遅くまで、ブリジットを嗤う生徒たちの楽しげな声に溢れたのは言うまでもないことだった。



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