第2話 半澤玲子Ⅰの2





「よく似合ってたよ」


「ありがとう。エリの見立てのおかげだわ。それにしても、この店もなかなかおしゃれね。混んでるし。景気、よくなってるのかしら」


「よくなってるわけないよ。政府はそんなこと言ってるけど、東京圏だけ。反対に地方はますます落ち込んでる。物流見てると数字でわかるのよ。四国とか、山陰とか、ひどいものよ」


開店して間もないイタ飯屋。冷房がよく効いているだけでありがたい。白ワインのボトルをとり、乾杯して、二人の中年独身女の食事会は始まった。コース料理にした。


エリは私と会う時は、どちらかというとマニッシュな恰好をしてくるんだけど、今日はいつもより何となく華やいだ雰囲気だ。いいブラウスを着てるし、心なしか、表情も明るい。わたしは前菜をつつきながら、仕事モードの話題より、プライベートのほうを少し突っ込んでみたくなった。


「ねえねえ、そのブラウス、もしかしてハナヨモリ?」


「ピンポーン。よくわかったね」


「わたしも好きだから。でも高いからいつもウインドショッピングよ」


「へへん。わたしも初めてなんだけど、ちょっと無理して買っちゃった」


ネックレスもおしゃれなのをつけてる。ますます突っ込んでみたくなった。


「さては何かあったな。夏の日の恋とか」


「そこまでは……」


「聞かせないと、ピッツア、エリの分まで食っちゃうぞ」


「アハハ、レイには黙ってられないね。でもあんまり自慢できることじゃないよ。要するにだな、ほら、出会いの機会がないじゃん。もう断崖絶壁かもって思ってね。だからついにやっちまった。恋活」


「コイカツって、ネットかなんかで?」


「うん」


「へえ! いつ?」


「6月中頃だったかな。最初は半分遊びのつもりだったんだ。でもこの年になってもけっこう引きがあるんだよね。だんだんハマってきてさ。そしたら、一か月もしないうちにマッチングがいくつも成立してね。こっちの出方次第で選べるんだよ。そこが魅力と言えば魅力。職場と家の往復じゃそんなことってないでしょ。周りはパワハラオヤジや坊やみたいな男の子ばっかしだし」


「それでいい人が見つかったの?」


「うーん、まだわかんないけどね。とにかく初デートまではこぎつけた」


エリのグラスにワインを継ぎ足してあげたが、その自分の手がほんのかすかにふるえているような気がした。


ウェイターがメインディッシュを運んできた。スズキの包み焼き。でもなんだか食欲が萎えるような、食い気を追うよりも色気話を聞く方が大切なような気分になってきた。


「ねえ、あれって自分の写真とか載せるんでしょう」


「そう。でも載せない人もいるよ。遠景とかぼかしとかペットとかね」


「エリはどうしたの」


「やっぱさ、顔写真載せないのって、なんか本気度が低いような感じするんだよね。それとほら、男ってそこが一番知りたいわけじゃん」


「男のほうは顔写真載せるの」


「男もいろいろよ。サーフィンやってる遠景とか、自慢のバイクとか。でもこっちも男とおんなじで、顔が見たいね。イケメンかそうでないかってことより、ほら、顔ってやっぱ、人となりがわかるでしょ。表情とかに出るじゃん。鮮明な顔を載せてない人って信用できない」


「第一印象が肝心ってやつね。でもエリはきりっとしてるからいいわよね。写真映りもいいし」


「そりゃほめてんのかけなしてんのか。でも、いざ選ぶとなると決定版がなくてすごく迷った。だってなんせこの年だもんね」


そういいながら、エリは旺盛な食欲を見せた。


「何枚も載せられるの」


「サイトにもよるけど、わたしの場合は最高四枚」


「なんかメッセージとかいろいろ書くんでしょう」


「そう。なるべくほんとのこと書こうと思うんだけど、どうしてもある程度は自分を飾っちゃうわね。なに、その点では敵もおんなじだからね」


わたしにはとてもできない。でもエリの気持ちもすごくわかる。わたしの方がもっと切実だ。でもわたしにはやっぱりできないなー。


「なに、そのため息」


「え? あ、……よくやったわねって感心して……で、その彼氏、どんな人なの」


メジャーな広告代理店の広林堂勤務で年はエリより一つ年下、つまり四十四歳、もちろん独身、かなり高収入で、ルックスはかなりいい線。ちょっと早口なのが気になるけど、話題は豊富で知的な雰囲気なんだそうだ。


うまくやりやがったな。また思わずため息が出た。応援したい気持ちと嫉妬っぽい気持ちと四分六分くらいか。


「健闘を祈る。改めて乾杯。広林堂っていったらナンバー2でしょ、すごいよね。でもどうしてそんなモテそうな人が、わざわざ恋活サイトなんかに登録したのかしら」


「一線で活躍してる人じゃないのよ。ソリューション・サポートっていうの? 主に外からのトラブルを解決する尻拭い役みたいなもので、自分は裏方が似合ってるって言ってた」


「ああ、なるほど。そういう人の方がお堅くていいかもね」


「でもまだわからないのよ。初デートってお互いかっこいいところだけ見せるでしょ。ちょっと遊び人風みたいなところもあるし」


「ねえねえ、初デートでどこまでいったの」


「え? ごくふつうよ。お食事して、お互いお上品にお仕事のこととかご趣味のこととかお話しいたしました。まあ、アチラの職業柄、話はけっこうおもしろかったね」


「次、会う約束は?」


「一応いたしました」


だんだん調子が下がってくる。わたしは焚きつける。


「めったにないチャンスだよね。がんばって」


「……がんばってどうなるもんでもないよ。こればっかりは」


エリには珍しく自信がなさそうにうつむいた。アイラインが影を作って少しやつれているようにも見えた。エリだって不安になるんだ。これ以上突っ込むわけにはいかない。


「そりゃそうだけどさ。エリは何事にも前向きだから。……わたしなんかダメだな、そういうのは。もう断崖から転落してるし」


今度はこっちがしょげる番だった。


「そんなことないよ。レイは可愛いし、年より若く見えるし、それに最近はアラフィフの登録もすっごく増えてるらしいよ。」


アラフィフという言葉にぎくりとした。たしかにもうそう呼ばれるところまで来たんだと思いつつ、動揺を隠すように添え物のアサリをつつく。でもうまくフォークに引っかからない。態勢を立て直し、


「第二の人生ってやつね」


「そうそう。それにさ、バツイチのほうが有利だって分析も成り立つのよ」


エリが今度は昇り調子。


「なんで?」


「だって、その年まで結婚経験がないってことは、よほどモテない女じゃないかとか、なんかあるんじゃないかとかって勘ぐられやすいじゃありませんの、元奥様」


「ふうん、そんなものかな。でも逆もあるんじゃないの。この人は何で離婚したんだろうって怪しんだり、やっぱり未婚の方が新鮮でいいよな、とか」


「そりゃまあそういうのもあるけど、最近はそういうの、守旧派みたいよ」


「そうなんだ……」


「それにレイの場合、あなたのほうに落ち度は全然ないじゃない。向こうが聞いてきたらきちんと説明すればいいのよ」


「そりゃそうだけど。……でもああいうのって、わたしにはやっぱ向かないと思う」


「そう決め込まずに、よくお考えあそばせ、元奥様。」


よく考える。それはそうだ。このまま仕事人生だけを生きて、一人で年を取っていくのなんて想像しただけでもいやだ。実家の母親の介護だってそう遠くない未来に待ってるわけだし。


考えたくないことを考えないように、考えないようにしている。でも時は待ってくれない。わたしって、いい年をして、まだどこか「白馬に乗った王子さま」を夢見ているところがあるんだろうか。


ドルチェが来た。


エリはズッパイングレーゼをスプーンで掬って楽しそうに口に運んだ。でもわたしのトルタサケーは、チョコレートがちょっと苦すぎるような気がした。人生のほろ苦さのように。

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