第5話父、困惑する

ガタガタと小さいが、作りの良い馬車は揺れながら、帰路を走る


アエリアの居た屋敷から離れ、本屋敷へと向かう馬車の中には、アエリアの妹のエリーシュとその護衛騎士ライザッハが乗っていた



「はあ、ヤバかった……」

「本当、夢のようでした……」


エリーシュとライがお互いがつい漏らした言葉


それを聞いて二人で、大きな声で笑う


「エリーシュ、あれ本当にアエリア様か?」


「間違い…ないとは思いますが…少し不安ですね」


「見た目も変わりすぎているし、何よりもあの剣の腕、ヤバすぎるだろう?どこであんな…」


「それを言うなら魔法もです。私以上に回復魔法が得意な方って、殆どお会いしたことないんですよ?」


「いやいや、剣の腕こそ相当だって。兄上ですら勝てるか分からないレベルだと思うぞ、あれ」


「まさか!王国筆頭騎士様ですら、ですか?」


「ああ、少なくとも兄上の剣も僕は見ることができない。しかし兄上とアエリア様は同じ高みに居ることは確かだと思う」


「それ程で……そうだ、あれ、私のお姉様ですからね?」


エリーシュはにこりと笑ってから


「あげませんよ?」


そう言った


「いや…取ったりしないよ…てゆうか今となってはそらすら恐れ多いよ」


「あげませんよ」


「ぐっ……いやでも、たまに剣を教えて貰うくらいは良いだろ?」


「ふふ、仕方ありませんね、たまに、だけですよ?」


そう言うと二人はまた、大きな声で笑う


「そう言えばエリーシュ、たまにアエリア様をお母様って呼んでたな…そんなに似てるのか?」


「うわ、恥ずかしい……聞いてたんですか」


「偶然、な」


「似てる似てないで言えば、姿はそっくりです。話し方や性格は違う気はしますが、たまに夢にいらっしゃるお母様と雰囲気はよく似ていました」


「ああ、あの秘密の夢か…」


エリーシュは夢に母が出てくることがある

それはまだ赤ん坊の頃の夢だ

それには、父や兄、そしてあのアエリアも出てくる


そして、おそらくは自分が生まれてから母が亡くなるまでの記憶の夢ー


その夢の中でアエリアはいつも母にべったりで、ちいさなエリーシュには優しく微笑み、話しかけていて

それを母は見守っている


本来であれば知りえない母の思い出

それがエリーシュにはあった


これはライにしか話していない事であり、ふたりの秘密だ


「ほんとう、お姉様そっくりなんですよ。美しいお母様に……だからつい、お母様と…15才にもなって恥ずかしいですが」


「そんな事はないさ。まあそうだな、あんなアエリア様は初めて見たが美しい人であることには同意できる」


「あ、ダメですよライ。惚れてもダメです」


また少し笑ってから


「俺、アエリア様につい師匠って言ってしまうじゃないか」


「そう言えば言ってましたね。師事してるのだからと思っていましたが、あれ?違うのですか?」


「あれさあ、本当にそっくりなんだよ……雰囲気というか……しごき方がと言うか……僕らの師匠に」


「それは、また…」



急にガゴンと音がして、馬車が止まる

ぞわりとするライ

何かあったのかとさけぶ


「どうした!」


ライが声を張り上げると

御者がひょいと顔をだして


「ご当主さまの馬車です」


そう言った

ふう、とライは息を吐く

少し気を抜きすぎていたかと、ライは気を張り直す


反面エリーシュはにこりと笑う


「まあ、お父様がいらっしゃっているの?」


二人が馬車から降りるとそこには当主専用の馬車が止まっていて向こうからも降りてくる様だった



背の高く、体格の良い男性

髪は長くキラキラと輝く金髪である

エリーシュと同じ金髪だ

アエリアは母似で、ほのかに赤みがある黒髪


すぐにエリーシュは駆け寄る


「お父様!どうしてこちらに?」


「お前がアエリアの所から帰ってこないときいてね。何かあったのではと思って来たのさ」


娘を見て安心したのか、優しい笑顔ではほほえむ父、シルバ


「まぁ、大丈夫ですわ。大変良くしていただいておりましたのよ」


「なんだと…それは本当なのかい?」


「ええ、勉強も見て頂いておりましたし、魔法についても御指南頂いておりました」


「今なんと?」


当主であるシルバは困惑の顔をする

シルバの知るアエリアは無知であり、無能であったからだ

そんなシルバの後ろには、少し小柄だが髪の短い女性が佇んでいる


困惑するシルバの後ろから前に出てくるとライが言った


「姉さん、お久しぶりです」


「うん、息災かい?我が愚弟」


「それはあんまりですよ・・・姉さん」


ライには筆頭騎士である長兄のほかに、次男、長女、そしてライと四人兄妹である


兄弟が全員、騎士として育てられている


その中に会って、飛びぬけて強いのが長兄

次に、この長女であるマリアである


「ご当主、少しライと遊んでも?」


「ん?ああ、かまわん」


そう言うとライを連れて少し馬車から離れる


「さあ、構えてみなさい」


「はい」


言われるがままにライは剣を抜いて構えると


「ん?なかなか頑張っているじゃない…というか、相当腕を上げてる」


「本当ですか?」


「その構えだけで分かるほど、良くなりすぎ」


あれだけあった隙がなくなっているとマリアは思う

ふいに、マリアが剣を振るう


ギィン!


それをライは難なく受け止めた


「へえ、何があったの?まるで別人のようね」


それについて、ライは驚く

アエリアの教えにあったのは1か月だけだ

それでこの姉が驚嘆するほどに強くなっている事に


「それについては、帰ってからお話致します」


「うん、もういいかな。ご当主、もう結構です」


「そうか、それでは帰ろうか」


「え?お父様、お姉さまには会っていかれないので?」


「かまわん。アレに会う暇などないのでな」


そう言うとさっさと馬車に乗り込んでしまった


「じゃあライ、屋敷でな」


そして馬車は走り出す、本屋敷へと向かって


「お父様ったら…」


「仕方ないだろ、以前のアエリア様しか知らないんだからな」


「それは、そうですけど…」


「さあ俺達も帰ろう、来週からは学園が始まるし準備しないと」


「そうですわね…」


そうして、再び二人の乗った馬車が走り出したのだった



昼前に出た馬車は、夕方になってようやく本屋敷に到着する

すると屋敷は慌ただしく動き出す

当主がこんなに早く帰ってくるとは思っていなかったせいだ


使用人たちが慌てて夕食の準備を済ませると、当主シルバとその護衛騎士マリア、エリーシュとライがテーブルを囲んで、アエリアの居る離れの屋敷での一か月であったことを報告したのだった




「信じられんな…あの、アエリアが…」


シルバが戸惑う


「お前よりも…いや、兄上よりも強いかもしれないだって…?」


「はい、僕は足元にも及ばない程でした」



シルバとマリアはその報告を受け、困惑していた


痩せていた、というのならばそうなのだろう。シルバはアエリアにもうすでに5年も会っていない

だが、学園にも通わせず居なかったものとして扱っていたアエリア


まれにジンからの報告はあったが、たいして気にも留めていなかった


そのアエリアが、独学で勉強し、剣を、魔法を凄まじい精度でものにしているなど考えられない事であった


さらには


死んだ妻に、よく似ていると


そう聞かされてシルバの内心は荒れ海のように困惑していた


エリーシュの、お姉様がすごい話を延々と聞かされているうちにシルバは今すぐにでも会いに行かなければという気になってしまっていた


気づけば、ライとマリアはいつの間にか食席より離籍しており、道場でライが教わった剣を確かめていた



二人の振るう剣は差があまりないように見える


「くっ!本当に強くなりすぎだろうお前!」


「ですが、こんなものではまだまだ子供だと言われました!!」


剣を撃ちあいながら、叫ぶように会話を交わす

その撃ちあいは、かろうじてマリアの勝利で終わった


しかし、マリアからしてみれば信じられないほどの上達ぶりである


はあはあと息を荒げ、床に大の字で転がるライは息を整えながら言う


「アエリア様は、僕が修練している剣技がガドエス剣術だと言うと、それならわかると教えてくださいました」


「まさか!私達のガドエス剣術は門弟でなければ、知ることどころか覚えることすら難しいのよ!」


「ええ、ですが僕が見たことのない奥義まで知っておられましたよ」


「それこそ・・ありえない……」


そこから、ライのアエリア様はどれだけすごいのかを聞かされて


いつの間にかマリアはアエリアに会いたくてたまらなくなっていくのだった

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