最高傑作
『僕たちが生み出してきた沢山の命――――そのどれか一つだって、失敗なんてなかったんだ。たとえどんなに広くても、この世界は必ずどこかで繋がっているんだから――――』
「お父、さん……」
ティオはその時、かつて夢の中で見た父、ヴェロボーグの言葉を思い出していた。
一つだって失敗なんてなかった。
父はまだ幼いティオにそう言いながら、確かに優しく微笑んでいた。
「異なる起源を持つ文明同士が共に手を携えることが、完成された種の条件……っ!? つまり我らエルフも、ここにいるオークも、全てが完成された種だというのか……っ!?」
「ギャギャギャ! ヤッベェーー! 知らねぇうちに完成しちまってたわーーーー! ギャギャギャ!」
「そう、ヴェロボーグの見いだした完成された種の答え。それはこの空虚な宇宙を命と願いで満たし、その果てに訪れる、同じ願いを共有する文明の出現を導くことだった」
ホールに響くラエルノアの言葉。
ついに開示された完成の条件に一同は驚き、様々な思いをその胸に抱いた。
「ま、待ちたまえエルフと人の姫よ! 創造主の前で口にするのは若干気恥ずかしいが、我らルミナスエンパイアはこれでも宇宙の守護者を自認している! 数えきれぬほどの命を救い、交流を持ち、手を差し伸べてきたつもりだ! それでは駄目だったのか?」
「フフ……駄目だなんて事はないよエイト。君たちルミナスは立派な宇宙の守護者だ。君たちが多くの種を救い、守ってきたことが完成された種への到達を早めたことは間違いない――――けれど、君たちは交わりの基点となるにはあまりにも強すぎた」
「我々が、強すぎた……?」
「そうだ、第七世代の戦士よ――――君たちを生み出す際に最も心を砕いたのはスヴァローグだった。スヴァローグは自分の理想とする
「っ!」
完成された種の条件ならば、既に自分たちが満たしていると声を上げたルミナスエイトに、ラエルとストリボグは諭すような口調でそう語る。
「ヴェロボーグは焦っていた。他のどのようなシミュレーション世界でも未だ完成された種に到達したという報告はなく、外宇宙の滅亡は確実に迫っていた。故に、完成の条件を確信したヴェロボーグが最後に生み出した種――――太陽系人類は、意図的に弱く作られている」
「弱くというのは正確じゃないね――――正しくは、あえて強く作らなかったんだ。短い寿命、あらゆる刺激に弱い肉体、振れ幅の大きい感情、未熟なコミュニケーション能力――――」
「うっ……改めて羅列されても全然最後の種っぽくないですねぇ……? ティオのお父様も、せめてもう少し我々にも良い所をつけて下さってもよかったですのに……」
「そう悲観しなくても良いよクラリカ。なぜならここにいるルミナスもオークも、どちらもこうした太陽系人類の弱さに惹かれてやってきた種だ。ルミナスは弱い人類を守るため、オークは弱い人類から略奪するため。そして――――」
ラエルノアは言いながら、正面に座っていた自身の父、エーテリアスに微笑みかける。
「人類にはそういった弱点と引き替えに、ヴェロボーグから与えられた長所がある。それが、尽きることのない欲深さと探究心だ。人類は自らの欲と探究心のためならどんな手段でも使う。そんな人類の強さに惹かれてやってきたのが――――父上たちミアス・リューンのエルフ――――」
「ラエル…………その通りですよ…………」
エルフの王、エーテリアスはラエルノアのその言葉を聞いて静かに涙を零した。
かつて、最愛の妻であるフラヴィが挑発的な瞳を自分に向けて語った言葉を思い出し、ラエルノアの姿にフラヴィの面影が重なったのだ。
「ヴェロボーグは、自身が残したデーターベースの中で太陽系人類を最高傑作だと綴っていたよ――――ヴェロボーグは決して、太陽系人類に長所を与えなかったわけじゃないんだ」
「欲も探究心も、バランスを一歩間違えば瞬く間に文明を滅ぼす危険なパラメータだ。ヴェロボーグはその命と知恵の全てを注ぎ込み、まさに寸分の狂いもない完璧な調整を太陽系人類に与えている――――弱すぎず、強すぎず、迷い、失敗を繰り返し、互いに対立しながらも妥協点を探り、そして種全体として前進することを止めない――――そのような種族になるようにと」
「お父さん……」
「そうか……ティオの父上は、それほどまでに……」
ラエルノアとストリボグの話を聞いたボタンゼルドは、かつて自らが存在した宇宙の人類を思い出していた。
同じ地球という名の星。太陽系と名の付いた恒星系でありながら、そこに住む人々は互いの滅亡すら厭わずに何百年もの間争いを続けていた。
そのような自らの世界を思い浮かべた時、比べることも出来ないほどに繁栄を謳歌しているこの世界の人類は、正にヴェロボーグが辿り着いたほんの僅かな違いによってこの境遇を導いたのだろう。
「ヴェロボーグは太陽系人類が、多くの文明の交わる基点となることを狙った。そして、その狙いはとっくに成功していたんだ。ヴェロボーグが最後に残した言葉の通り、私たちは既に始まりの地に到達する条件を満たしていたんだよ」
「そっかー! でもさ、なんかわかっちゃえばアッサリだよねー?」
「確かにな! ようは全員仲良くしろってことだろ!? 楽勝だぜ!」
「お、オークと仲良く……しなくては、いけないのか……?」
「ギャッギャッギャ! ギャッギャッギャ!」
ラエルノアとストリボグの話に、納得した表情で頷くユーリーとミナト。
アーレンダルは自身のすぐ隣で意味不明に笑い転げるゲッシュB911に心底嫌そうな表情を浮かべていたが、一つ大きな溜息と共に言いたいことを飲み込んだ。
「確かに、本来この完成された種の条件は、無数のシミュレーション世界で創造主たちが何百億年と真面目に活動し続けていれば、やがて到達できるであろう目標だったんだ。創造主がひたすら文明を生み出していけば、仲良くなる種もそのうち生まれただろうからね」
「――――だが、我々外宇宙の生命は神ではない。基本的には君たちとさして変わらぬ弱い存在だ。何億という年月を生きたことも、無数の命の生殺与奪を握ったこともない。私はこの任務を甘く見ていた――――私たちより先に任務を開始した者たちが誰も外宇宙に戻ってこなかったのは――――皆その任務の最中で挫折し、傷つけられ、滅びていたからだったのだ」
「ま、マジかよ……? じゃあ、俺がしょっちゅう呼ばれてる他の異世界で魔王だの邪神だの、管理コンピュータだのが宇宙中の皆をボコボコに殺しまくってても誰も助けに来ねぇのは……」
「その世界の創造主が、すでにその世界への干渉を放棄している可能性が高い」
「ちっ…………やっぱそうかよ…………」
答えが分かってしまえば、幾らでも到達する道筋を試行できる完成された種。
しかし無数の異世界を渡り歩くミナトと、争いに明け暮れる世界で生まれたボタンゼルドには、それがいかに果てしない地獄のような道のりなのか、感覚と本能で理解できた。
珍しく感傷的な表情を浮かべて舌打ちしたミナトを、横に座っていたキアは何も言わずによしよしと撫でた――――。
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