エルフのうねり


「はわぁ……なんだかとっても不思議な感じでした。エーテリアス様、本日は本当にありがとうございましたっ」


「喜んで頂けたなら嬉しいです。私たちエルフとあなた方地球人類の思考は似て非なる物。初めの式典などはとても苦労されたのではありませんか?」


「あ、あう……それは……えーっと、そうかも、です……大変でした」


 エーテリアスとの和やかな時間を終え、エルフの荘厳な宮殿の中を進む一行。


 気をつけなければ思考がダダ漏れになるという状況にはまだ慣れていなかったが、それでもエルフの王であるエーテリアスの人柄を知った一行の表情は、当初よりも遙かにリラックスした物になっていた。


「私たちの方こそ、ミアス・リューンの一方的なしきたりを押しつけてしまって申し訳ありませんでした。ラエルが生まれてから間もなく三百年――――私たちエルフにとっては瞬きするような時間です。このような僅かな時間では、どれほど大きな変化でもそれが世界の端まで伝わりきることはないのです」


「ラエルが生まれたことであなた達の衰退は止まり、ラエルは救世主とまで言われている――――しかしそれでも、長年続けてきた文化やしきたりが突然がらりと変わることはない――――ということか?」


「仰るとおりです、ボタンゼルド様。私たちエルフはもの間、今のような生活を変えることなく続けてきました。それがたった三百年で変わることはあり得ません。ですが――――」


 まっすぐに続く樹木の回廊が、まるでエーテリアスに頭を垂れるように独りでに左右へと分かれ、道となり、階段となり、坂となっていく。


 エーテリアスは自身に寄り添うように飛ぶ美しい蝶にそっと手を添えて微笑みながら、深い憧憬と未来への希望を込めて言葉を続けた。


「ですが――――事実としてフラヴィが私に授けてくれたこの熱い想いと、ラエルという新たなる命の輝きによってミアス・リューン全体の衰退は止まっているのです。たとえ表向きは何も変わっていないように見えても、その奥底ではが起きていることでしょう――――三十億年起きることのなかった、大きなうねりが」


「そうだね――――こうして起きてしまったことは変えられない。がいたとしても、そんなことは私にとってはどうでもいいことだからね」


「ふふ……私はなどと思ったことは一度としてありませんよ。かつて貴方の母が私に何度も語ってくれたように――――たとえこの先どのようなことが私たちの身に降りかかろうと、貴方の存在こそが私とエルフと、そしてであったと信じているのです」


 語りながら、隣に立つラエルノアを見上げて笑みを浮かべるエーテリアス。


 二人の姿は父と娘ではあるものの、その様子はエーテリアスがボタンゼルドたちに見せてくれた、かつて彼がラエルノアの母と共にあった時の光景にそっくりだった。


「ラエルは本当に良い父上に恵まれたのだな…………エーテリアス殿、俺もティオと同じく、今日こうして貴方と知り合うことが出来たことを光栄に思う!」


「私もエーテリアス様とここまでゆっくりお話することが出来たのは初めてで、とても有意義な時間を過ごさせて頂きました。ぜひ次は私の祖国である木星へいらして下さい。地球では決して味わうことの出来ないでおもてなしさせて頂きます」


「も、もちろん僕もですっ。なんだかとっても勉強になりましたっ!」


「ありがとうございます皆さん。ラエルは私たちエルフではとても追いつけないほどの輝きを持つ娘ですが、そんな彼女と共にいてくれることに――――心からの感謝をヴィエ・センティオ


 間もなく宮殿の外郭へと着こうかという頃。


 大きく左右に割れ、たちまちのうちに巨大な門の形を取った巨木の下で、改めてエーテリアスはボタンゼルドたちに対してうやうやしく頭を下げた。


 そして、そんなエーテリアスの周囲に待機していたエルフの近衛兵たちが集い、ボタンゼルドたちを乗せてきたシャトルへと続く道の左右に整然と列を成した。だが――――


「――――お待ち下さい、我が君。どうかこのアーレンダルにしばしの時をお与え下さい」


「……? 一体どうしたのですかアーレンダル? 貴方の気が乱れているように感じますが――――」


 だがその時、左右に並ぶ近衛兵の間を颯爽と飛び越え、シャトルへと続く道の中央に片膝をついて一人の輝くような美しさを持ったエルフの青年が現れる。

 青年はその身に纏った濃紺の甲冑から兜だけを脱いで地面へと置き、純白のマントを後方へと翻して頭を下げる。


 金色の長い髪に尖った耳。均整の取れた体躯は決して細すぎず、完璧に計算されて生み出された彫刻のように美しかった。


「やあアーレンダル、君とは二週間前にも会ったばかりだね。いつも理知的な君が一体どうしたというんだい?」


「星辰の姫――――いや、此度こたびの私は、エーテリアス様と他でもない君に、我がを捧げるために参上したのです」


「魂の願いを……? いいでしょう、貴方にそれほどの覚悟があるというのならば、どうぞ思うまま貴方の思いを形にして下さい。このエーテリアスが聞き届けましょう」


「(ラエル――――彼の言うとはなんなのだ?)」


「(一人のエルフが一億年に一度だけ行使することが許される、至上の願いの権利だよ。でもさっきも話したとおりエルフは欲を罪と見なすから、この願いを行使すると次の一億年の間はそのエルフの生活や権利に様々な制約が課されるんだ。まあ――――普通ならまず使われることのない、名前だけの古いしきたりさ)」


 現れたエルフの青年――――アーレンダルは、一切の濁りないまっすぐな瞳でエーテリアスとラエルノアを見つめる。

 エーテリアスからの許可を受けたアーレンダルは、再び深々と頭を下げた後、力強い声で自身の願いを告げた。


「どうか、エーテリアス様のご息女であるラエルノアを、ことをお許し頂きたいのです。私は此度のグノーシスとの戦いも、銀河外郭でのマージオークとの戦いでも武功を上げました。それら全ては、思い焦がれるラエルノアのため――――どうか」


「アーレンダル……君は、ラエルのことをそこまで……!?」


 それは、正に一世一大の告白だった。


 想いを形として発したアーレンダルの振る舞いは見事なもの。その瞳にも声にも一切の揺れはなく、そこから彼がどれほどこの想いに対して誠実であるかが手に取るようにわかるほどの魂の告白だった。


「お、おおおお!? まさかこれが今さっきラエルやエーテリアス殿が言っていた、なのか!? とても欲がないようには見えないぞ!?」


「フフ……そうだね。実はアーレンダルはこう見えて私と殆ど同い年なんだ。私がミアス・リューンにいた頃はよく二人で遊んだものだよ。地球の言葉で言えば、ということになるのかな?」


「私は本気だ、ラエルノア。たとえ今の役目を追われようと、と罵られようと構わない。私は君と共に――――」


 一般的な地球人類の感性ならば、たとえ男性であっても直視することが難しいと思えるほどに美しく、どこまでも純粋な瞳をラエルノアへと向けるアーレンダル。


 ラエルノアはその瞳を見つめて笑みを浮かべると、ゆっくりとした足取りでアーレンダルの方へと歩み寄り――――そのまま一瞥いちべつもせずに


「悪いけどよ。諦めて他の人を探すと良い。じゃ、私たちはこれで」


「なっ!?」


 残されたのはあまりにも冷徹なその言葉のみ。


 去って行くラエルノアの美しい背にアーレンダルは手を伸ばそうとするが、あまりにも衝撃を受けた彼の心はそれ以上動くことが出来ない。


ohおお……これは、あまりにも……うむ……」


「ああ無情、ですねぇ……さあティオ、私たちも帰りましょう」


「はわわ……な、なんだかとっても気の毒で……僕まで胸が痛いですよぅ……!」


 ラエルノアの後を追い、アーレンダルの左右を痛々しい面持ちでそろりそろりと通り過ぎていくボタンゼルドたち。


「アーーーーッ!? なぜだラエルノア!? ラエルノアアアアアッ!?」


 やがて飛び立っていくシャトルの影に向かい、壮麗なエルフの宮殿からはいつまでも悲痛な叫びが木霊していたのだった――――。


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