すでに滅びは遠く


「貴方がエルフの王様? ふふっ……失礼、私が思い描いていたよりも、とても可愛らしい方だったもので」


「――――貴方は?」


「初めまして、エルフの王。私はフラヴィ・ノアと言います。遠い宇宙の彼方からやってきた皆様との出会いをより実りある物にするため、地球連合代表特使を任されました。以後、お見知りおきを」




 それは今から約三百年前のこと――――。




 何度となく通信のみによるやりとりを重ねた末、ついに地球人類が初めて異星文明とその手を触れあわせた日。


 地球人類であれば、十を超える世代が過ぎ去るであろう遠い日の記憶。

 しかし、エーテリアスは今でもその時触れた手のぬくもりを覚えている。


 エルフとは違う――――火傷してしまいそうなほどの熱を帯びた、美しい手。

 恐れではなく、好奇心と深い興味をたたえた瞳。


 エーテリアスはその時。目の前に現れたフラヴィの瞳に射貫かれ、その場で気絶してしまいそうな程の胸の高鳴りを感じた。


 彼女の容姿に惹かれたわけではない。そのような欲求はエルフには希薄だ。

 エーテリアスが惹かれた物。それは彼女の持つだった。



 フラヴィは地球人類としては途轍もなく優秀で、恐ろしいほど貪欲だった。



 エルフの文化も、思考も、価値基準も。与えられればなんでも持ち帰り、翌日にはほぼ完璧に理解した上でミアス・リューンとの会談に臨んだ。


 フラヴィは自身と地球人類の要求と欲望を隠さなかった。

 エルフがその気になれば、地球文明などものの一時間で滅亡させることが可能だというのに。


 あくまでであり、共に手を取り合って共存共栄するという結論を決してぶらすことなく、粘り強く交渉を続けた。


 エルフの重鎮の中には、そんなフラヴィを初めとした地球人類の態度と言動に嫌悪を示す者も多かった。しかし、王であるエーテリアスは――――


「フラヴィ様は、私達が恐ろしくはありませんか? 貴方たちの星では、私達の侵略を心配する声も多いと聞きます」


「フフ……エルフの王であるエーテリアス様の前で嘘偽りは御法度ごはっとです。ですから、私も正直にお話させていただきますね」


 出会ってから暫くして、エーテリアスの問いを受けたフラヴィは、その灰色の瞳に挑発的で悪戯っぽい色を浮かべ、一切の淀みなく言葉を続けた。


「私はこの出会いをだと信じています。それは私にとっての幸運であり、全人類にとっての幸運です。ミアス・リューンとの出会いで、地球圏は劇的な変化に見舞われるでしょう。恐らく、その過程で不幸な争いや予期せぬ問題が生まれ、多くの命が失われることにもなるでしょう。しかし――――」


 フラヴィは淡々と、しかしどこまでも明瞭に語った。


「しかし、それでもでしょう。太陽系という狭い領域を離れ、どこまでも広がる宇宙の果てに旅立てることに胸を躍らせる人々が、新しい人類の時代を切り拓いていくでしょう。、目の前で輝く宝石の誘惑をはね除けられるほど、その宝石を手に入れるためならば、どんな手段でも使うほどのです――――」


「強くなく……浅ましい……?」


「ええ……そうです。どうかくれぐれもお気をつけ下さい。今はまだでも、気がつけばそんな弱くて浅ましい種にいいように利用されてしまうかもしれませんよ?」


 フラヴィはその言葉とは裏腹に、とても優しい表情をエーテリアスに向けていた。

 彼女が自身に向けるその瞳に、エーテリアスはまた胸が高鳴るのを感じた――――。


 

 ――――――

 ――――

 ――



「ラエルの母であり、私の最愛の妻でもあるフラヴィと過ごす日々は――――とても刺激的で、幸せでした。そしてその日々は、私に退という問題の答えを教えてくれたのです」


 エーテリアスの私室。

 

 エルフの王である少年の言葉にじっと耳を傾けるボタンゼルド達に、エーテリアスは再び自身の脳内イメージを描き出す。


「私たちのです。本当に僅かですが、新たな出会いや、変化していくこと、愛する人と共に時を過ごすことに喜びを感じる欲求があったのです。しかし、あまりにも満ち足りたミアス・リューンの環境は、いつしかその欲を忘れ、あまつさえ否定するまでになってしまいました」


「エルフの皆さんにも地球の人たちのような、欲求が……」


 思わずそう呟いたティオの脳内に、エーテリアスとラエルノアの母、フラヴィが共に笑みを浮かべ、いつまでも語り合う光景が浮かび上がる。


 その幼い顔に満面の笑みを浮かべ、時間を忘れてフラヴィと話すエーテリアス。


 そして定められたフラヴィとの別れの時間が訪れれば、胸にぽっかりと穴があいたような寂しさと辛さがエーテリアスの胸を襲った。


 それはエルフの王であるエーテリアスが確かに感じた、だった。


「魂に備わる願いから目を背け、それを無き物として扱えばやがて命の輝きは衰えます。エルフは確かに他の種族に比べれば欲求そのものが心に占める割合は多くはありません。しかし決して存在しないわけではないのです。私は、彼女と出会ったことで、それを初めて知りました――――」


「そうだったのか…………」


「当初、私たちエルフは創造主の残した最後の種であるあなた方を研究すれば、衰退を止める手がかりを得られると思っていたのです。創造主の残したテクノロジーや遺産には大して興味がありませんでした。結果として創造主を見つけることは叶いませんでしたが、エルフの衰退を止めることは出来たのです――――」


 ようやくという様子で語り終えたエーテリアスは、ゆっくりと周囲に伝達し続けていた脳内イメージの明度を下げていく。


 しかしエーテリアスが述べたに、クラリカは真っ先に目を見開いて確認の声を発した。


「エルフの衰退が止まったですって? では、先ほどエーテリアス様が仰っていた、エルフの持つ力の減少は、もうすでに解決したということなのですか!?」


「はい。万年に渡って計測したわけではないので不確実ではありますが、私がフラヴィと結ばれ、こうしてラエルが生まれてから――――エルフの力の低下は止まりました」


「そ、そんなことがあるのかっ!? 実際にラエルの母上と交流したエーテリアス殿だけでなく、他のエルフたちの力も衰えなくなったと!?」


「そうです――――だから私たちエルフにとって、ラエルは運命に予言された星辰の姫――――救世主メア・ラ・リューンと呼ばれているのです」


 そう言ってエーテリアスはその目を開き、目の前に座る最愛の娘――――ラエルノアに微笑んだ。

 どこか儚さを感じさせる少年然としたその父の純粋な眼差しに、ラエルノアは珍しく照れるように、困ったような笑みで返した――――。




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