さらばボタンゼルド! また会う日まで!


「くそっ! なんという数だ! 倒しても倒しても切りがない!」


「やっぱり迎撃用のバーバヤーガだけじゃこの数を相手にするのは……! こんな時にミナトさんとクラリカさんがいてくれれば……」


 随伴護衛迎撃機_LN.07D_バーバヤーガ。

 たった今ティオとボタンゼルドが乗るこの巨大な人型ロボットは、本来単独での交戦を想定されていない。


 火力を担当する機体を守り、敵の攻撃を引き寄せ、受け止める盾。

 それこそがバーバヤーガの役割だ。

 故に、数百にも及ぶオークの大軍勢を相手にしなくてはならないこの状況は、バーバヤーガ単機では完全に火力不足。


 装甲に施された強固な反物質コーティングは剥がされた。

 敵の弾を受け流す空間湾曲フィールドも、苛烈な攻撃の前に破壊された。


 搭載された四万発を超える反物質ミサイルは全て撃ち尽くし、残された武装はその細長い両手のかぎ爪による格闘攻撃のみ。


「くっ! ティオ、君はなぜこのような敵軍の中枢にたった一人で飛び込んだのだ!? 君の友軍は一体何をしている!?」


「僕以外は誰も動けなかったんです……! オークに攻撃を受ける少し前に、僕達がお世話になっている船のメインエンジンが突然動作不良を起こして――――僕以外のTWタイタンズ・ウェポンのパイロットも、それぞれ事情があって不在で…………」


「それでこうして一人で飛び出してきたのか…………見た目に似合わず、無茶なことをする!」


 二人が話している間にも、オークの駆る機動兵器群は次々とバーバヤーガの巨体へと群らがっていく。


 バーバヤーガは両手先端のかぎ爪から十条のレーザーブレードを発生させて次々と敵機を切り裂くが、何機かはその攻撃をかいくぐり、至近距離からバーバヤーガの装甲へと棍棒のような近接武器を叩きつける。


 すでにローブのように機体全域を覆っていた装甲板は殆どが吹き飛ばされ、バーバヤーガの機体各所からはプラズマの火花が散っていた。


「じっとしていられなかったんです……! 戦えるのが僕だけなら、僕が皆を守らないとって……!」


 そう言って奥歯をぎりと噛みしめるティオ。

 

 今のボタンゼルドには、なぜこのような幼い少年が戦場で戦わなければならないのかはわからなかった。

 しかしティオの瞳に宿る強い決意と、若さ故の危うさはボタンゼルドにも痛いほど理解できた。


「フフ…………俺も。俺が戦うことで仲間を守れるのなら、全て俺がやってやろうと。そうすれば誰も死なせずに済むと――――そう考えていた」


「ボタンさん……」


「しかしティオ――――それでは駄目なんだ! 君が本当に大切な物を守りたいのであれば、誰よりもまず君自身が生きなくては!」


「僕、自身が……?」


 コックピット内部が大きく揺れる。


 四方八方から降り注ぐ豪雨のような攻撃は、もはや機動力の落ちたバーバヤーガでは回避しきれない。


 もはやバーバヤーガの大破爆散は目前に迫っている。

 ボタンゼルドは長年の戦闘経験から、自分とティオに迫る死の気配を感じ取る。


「うわああああっ!? ご、ごめんなさいボタンさん……! 僕、自分一人でここに来たつもりで……このままじゃ、ボタンさんも僕と一緒に……!」


 ティオはその焦げ茶色の大きな瞳に涙を浮かべ、自分の肩に乗るボタンゼルドにそう告げた。


 ティオのその言葉と表情には、たった今偶然乗り合わせただけの珍妙なオモチャと化したボタンゼルドに対する、嘘偽りのない謝罪の思いに満ちていた――――。


「ティオ……君は……」


 その真っ直ぐで純粋な瞳。そしてかつての自分を思わせる危うさとひたむきさ。

 ボタンゼルドはその少年の瞳の中に、自分がこのような姿となってまで生き長らえた意味を見出した気がした。


 やはり死なせるわけにはいかない。

 この少年を、ここで死なせるわけには!


「心配するな――――俺が君を死なせない」


 そしてそう決意したボタンゼルドの脳裏に、突如として強烈なイメージが確信と共に浮かび上がる。


 自身の役割。己に与えられたを――――!


「そうか――――! ティオ、今すぐ!」


「ええっ!? 押すって……確かになんか押せそうですけど……!?」 


「ようやくわかったんだ! ! 俺を押せば、君はここから安全な場所に脱出することが出来る! 俺はそのためにここに来たんだ!」


「脱出ボタンっ? でも……それなら僕が脱出した後、ボタンさんはどうなるんですかっ!?」


 突然のボタンゼルドのその言葉に、ティオは困惑の声を上げた。


「説明している暇はない! 君はまだ――――生きなくてはならない!」 


「ボタンさんっ!?」


 ボタンゼルドはそう叫ぶと同時、操縦レバーを握り締めるティオの手めがけて飛び上がると、キリリとした顔が浮かび上がるボタン部分をティオの手の甲に自ら叩きつけたのだ。


『スキルリリース――――絶対脱出バニシングイジェクト


「うわ――――!? これ――――ボタンさん!? ボタンさ――――!」


 瞬間、ボタンゼルドの体からボタンゼルド以外の存在の声が響いた。

 操縦席に座るティオの姿がまばゆい閃光に包まれ、その声が遠くへ離れていく。


「フッ……短い時間だったが、悪くない夢だった。脱出ボタンというのも、案外良いものだな――――」


 ティオの姿が光の中に飲み込まれて消えるのと、バーバヤーガが巨大な炎に包まれて爆散するのはほとんど同時だった。


 再び閃光の中に飲み込まれていく意識の中、ボタンゼルドは満足感を胸に、そのまま宇宙の闇に消えていった――――。



 

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