7日目 開放の時は近し ⑤

「蓑田君の優しいところが好き。いざとなった時に頼りになるところが好き。飾らない素朴な人柄が好き。今はもうあなたの全部が大好きっ……!」

 中条さんは僕の顔へと向き直って、

「不束者ですが、幾久いくひさしくよろしくお願いいたします」

 丁寧に、噛み締めるように声を絞り出した。

 手錠による同棲生活のはじまりの時も似たことを言ってたっけ。どこまでも礼儀正しい人だ。

「こちらこそ、至らぬところが多々あるかとは思いますが、何卒よろしくお願いいたします」

 かしこまった告白後の余韻となったけど、それもまた僕たちらしいや。

「私から告白するつもりだったのに、先を越されちゃったなぁ」

「そう思ったので強行しました」

 なんとなく中条さんから告白が来るなと思ったので、先に言われてしまう前に僕から半ば強引に告白した。自分から言いたいと思ったから。

 そりゃ手錠のせいで色々と大変だったけど、得たものも大きかった。

「本当に私でいいの? 融通は利かないし、女にしては口数も少なくてトークも上手くないし、年齢も蓑田君より四つ上だし」

「そこも含めてあなたが好きです」

「それにそれに! 私には複雑な家庭事情が――まぁ私が元凶なんだけど。それもあって、色々と苦労かけてしまうけれど平気?」

 不安の色全開の瞳で中条さんは問いかけてきたけど、そんなの杞憂きゆうな話だ。

「告白する前にその辺の覚悟も決めました。一緒に乗り越えていきましょう」

 恐らく中条さんのご両親は交際に反対するだろう。名家出身でもないただの平凡な大学生の僕をおいそれとは認めまい。

 けれど、それを乗り越える気概がないから中条さんのことは好きだけど付き合うことはできない、とはならない。

 僕の背中を抱き締める中条さんの手の力がいっそう強くなった。

「あぁ、大好きよ……利己君」

「僕もですよ――いづみさん」

 僕たちは自然とファーストネームで呼び合った。

「もう一回呼んで?」

 甘えた声で可愛らしくおねだりされたら何度だって呼ぶさ。

「いづみさん、好きです」

「私も好き。愛してる、利己君……!」

 思考がとろけてしまいそうな台詞の応戦で身体が火照ってくる。

 うっわぁ。なんだか頭の中がクラクラしてきて変な気持ちになってきた。

 抱擁ほうようをやめてお互いに見つめ合う。

 いづみさんが目を閉じたので、僕は彼女の綺麗な唇に自分の唇を近づけて――

「――んっ……」

 唇を重ねた。

 いづみさんの唇は弾力があって、甘い味がした。

「あ、あははー。ファーストキス、だね。キスしたらなんかぼうっとしてきちゃった」

 唇を離して僕を見つめるいづみさんはとても色っぽい。頬も赤い。

「利己君っ」

「はい、いづ――んっ!?」

 今度はいづみさんの方から唇を押し当ててきた。さっきの重ねるだけのキスじゃなくて、数秒に渡ってお互いの唇を味わう。

 みなとみらいの夜景をバックに何度かキスを繰り返した。

「利己君だけにしてもらうのはフェアじゃないからね」

 にひひと笑ういづみさんが最高に愛おしい。

「帰りましょうか。私たちの愛の巣に」

「はい――今なんと?」

 私たちの、愛の巣……?

「このまま同棲しちゃってもいいんじゃない? もうありとあらゆることをしちゃった仲なんだし――え、えっち以外は」

 た、確かに生活感があることはほぼやってしまっている。それでいて生活の波長が合っているので同棲に関しては一切の障害がない。

 ないんだけれども……。

「同棲については、か、考えさせてください……」

「そっかぁ」

 超魅力的な提案なんだけどね!

 毎日いづみさんと一緒にいられるなんて、大学の勉強もいっそう頑張れそうだ!

 けど、今の気持ちの高まりっぷりで毎日一緒にいたら色々と持たない気もする。

「へへ。私、今最高に幸せ。恋って、すごいね」

「僕も好きな人と両想いになれて、これほど満ち足りた気持ちになったことはありません」

 恋人がいることの幸福感、すごいや。

 僕たちは手を繋いでいづみさんのマンションまで歩いて帰った。

 部屋に着いても一緒にいられるのに、ローペースで歩いたのだった。


    ◆


「はぁ~。利己君とのお風呂もドキドキしたけれど、足を伸ばせる一人風呂もいいわね~」

 パジャマ姿のいづみさんがほくほく顔で洗面所から出てきた。

 顔が赤くなっていてとても色っぽい。

「先に入ってくれてよかったのに」

「レディファーストですから」

「ふふっ、ありがとうね」

 洗面所で衣類を脱いで浴槽に浸かる。一人だと結構な広さだ。

 少し寂しさも抱くけど、これから何度でも一緒に入る機会はあるんだ。

「いづみさんがさっきまでここに入ってたんだよなぁ……」

 いづみさんがシャンプーやボディソープなどを使ったのか、浴室には甘くていい香りが漂っている。

 お湯も、いづみさんの柔肌と接触してたんだ――

「って、ダメだダメだ!」

 これじゃ残りを堪能する変態じゃないか!

 余計な煩悩は一切捨てて入浴を堪能し、身体を洗って浴室を出たのだった。

「お風呂ありがとうございました」

「いえいえ――」

 視線が合うと、いづみさんの台詞がストップした。

「どうしました?」

「お風呂上がりの利己君って、なんだかエロスを感じるなぁ……」

 いづみさんがうっとりした顔を向けてくる。

 僕がソファに座ると、いづみさんもソファに座ってきた――身体をピッタリとくっつけて。

「……あの、暑くないですか?」

「ん~? 大丈夫♪」

 いづみさんは僕の肩にもたれかかってきた。

 なので僕は彼女の肩に手を回して抱き寄せた。

 同棲生活のおかげで躊躇ためらいなくアクションが起こせる。

 トイレ、入浴、睡眠――こいつらを乗り越えた僕たちに死角はない!

「明日まで一緒に交番に行きます。明日で最後にします」

 僕が宣言すると、いづみさんは僕を見上げた。

「別にもう行く必要はないよ?」

「皆さんにご挨拶したいので」

「そっか。律儀ね」

 彼女はふぅと息を吐くと、僕の胸を優しく撫でる。

「私、利己君の彼女なんだよね……」

「はい、僕がいづみさんの彼氏です」

 肩に置いていた手を頭へと回してポンポンすると、いづみさんは嬉しそうに笑う。

「私、今すごく幸せ」

「僕もです」

 蜂蜜はちみつのように甘い時間が流れる。名付けてスイートタイム。

「けれど仕事はしっかりやらないと! 公私はきっちりと切り替えなくちゃ!」

 いづみさんは自分の頬を二回叩いて気合いを入れた。

「でも今は――オフモードだし、いっかぁ」

 公の場にいるいづみさんからは想像もできない頬の緩みようだ。

 こんな表情が見れるのも僕だけの特権なんだよなぁ……。

 他の人が知らないいづみさんを、僕だけが知っている。

 そう考えるだけで謎の優越感が湧いてくるので僕は首を振った。

 初めての彼女ってすごいな。今ならどんな困難だって乗り越えられる気がする。


「利己君――ちゅっ、ちゅう……はぁっ」

 ベッドに入った僕たちは、どちらからともなく抱き合ってキスをはじめた。

「好き……好き――大好き」

 いづみさんはせきを切ったように愛の言葉を繰り返す。彼女の愛情がとめどなく溢れ出してくる。それを浴びる僕の心身は幸福感で満ち満ちてゆく。

 僕もそれに応えるように愛の言葉をささやく。

 何度も何度も、しつこいくらいにお互いを求め合う。

「利己君とのキス、すごく気持ちいい……」

 お互いにハートのブレーキが利かない状態になってしまった。

「はぁ……なんだか、変な気持ちになってきたぁ……身体が熱くて、頭もぼうっとするよぉ」

 僕の劣情は高まるばかりで――いづみさんも真っ赤な顔で荒く呼吸している。

「えへへ。私の心、利己君に逮捕されちゃった♪」

「あまり挑発すると、さすがの僕ももう抑えられませんよ」

「ふふっ、相手にとって不足なし!」

 いづみさんがいたずらっぽく笑って僕の顔を見つめてくる。

 よかろう――ならばおおかみになってやる!

 僕はベッドでいづみさんの身体を強く抱き締めた。

 今夜は長くなりそうだ。

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