7日目 開放の時は近し ③
「………………」
ミキちゃんは視線を泳がせて目をしばたたかせている。
「ミキちゃんはさ、どっちが本命なの?」
中里君が本題に切り込んだ。
二人とも怒りの感情を必死に押し殺して耐えているように見える。
ミキちゃんは「えへへ……」と気まずそうに苦笑いしてたけど誤魔化しきれないと悟ったようで、
「――ごめんなさい」
「欲しいのは謝罪じゃなくてどっちが――」
「――二人とも本命じゃないの」
「「えっ」」
箕輪君の言葉を遮った彼女の口から衝撃的な真実が告げられた。
ミキちゃんが放った一言に、二人どころか僕たちまで
「ミキの本命は、この人」
ミキちゃんはスマホ画面を二人に見せている。当然僕たちの席からは見えない。
「ダイちゃんとユウくんは見た目も性格も違って別腹の楽しみがあったから、つい両方と付き合っちゃった」
悪気があるのかないのか分からぬ釈明をするミキちゃん。
「だから、二人は遊び相手だったの。ごめんなさい」
ミキちゃんは二人に頭を下げた。
「――最っ低なクソアマだな」
「まったくだよ」
二人から冷たい視線を浴びるミキちゃんは気まずそうに俯く。
「……キレてぇが、キレてもなんにもならねーよな」
「そうだね。真実が聞けて一応よかった、のかな」
馬鹿正直な思いを打ち明けたミキちゃんに、二人の怒りのメーターは一気に下がっていったようで、代わりに
「どうすればミキのこと許してくれる?」
ミキちゃんは上目遣いで不安げな瞳を二人に向けている。
「学校サボらずに登校しよう。箕輪君も、そして僕も。何事もなかったようにね。今回の出来事は忘れよう」
ささやくように漏らした中里君の言葉に箕輪君は
サボらず通学、か。穏便な条件でひとまずは
「そんなんでいいの……?」
あまりに軽い罰にミキちゃんは目を丸くしている。何か裏があるんじゃないかと勘ぐっているのか険しい顔をしている。
「よくはないけど、どうにもならないしね」
「ただしミキがサボったその時こそ、俺たちは何するか分かんねぇからよ。気をつけろよな」
「は、はぃ~」
ミキちゃんは二人に何度も頭を下げてファミレスから逃げるように去っていった。
見送りが済んだ僕と中条さんは二人の席へと移動する。
「……二人ともお疲れ様。辛いと思うけれど、気を確かに持ってね」
「あぁ。これも経験だと思うことにすらぁ」
「苦い経験でしたけどね」
二人は椅子の背もたれに深くもたれかかって大きく息を
「――悪かったよ、中里。お互い遊ばれただけの存在だったんだな」
「僕の方こそ悪かった。どっちも彼女の本命じゃなかったんだね」
今回の騒動を経て芽生えたのは二人の友情。
「今日だけは学校サボって二人で遊び行こうや」
「いいね。ゲーセンとスポーツセンターでも行こうか」
って、結局サボるんかい!
二人は苦笑する僕と中条さんに挨拶してファミレスから出ていった。
「まったく……全員明日からはサボらずに学校行きなさいよ」
「今日のサボタージュは止めなかったんですね?」
「多感な年頃の二人の心が傷ついてる今、必要なのは正論ではなく共感よ。ストレスを発散して傷を癒すこと。私は教師じゃない。警察官の立場から見た、もっともベターな対応はこれだと考えてるわ」
「さすがは中条さん」
「褒めても何も出ないわよ」
こうして、高校生たちの青春群像劇(?)は幕を閉じたのだった。
◆
「お疲れさん。無事解決したかい?」
交番に戻った早々、まだ退勤しないのか平林所長が声をかけてきた。
「はい。結局二人とも女の子の本命ではなかったオチでした」
「ありゃま。酷い話だ。悪女だ悪女」
中条さんからの報告に平林所長は苦い顔をした。
「ですが、今回の件がトラウマになることなく彼らが今後理想の相手と結ばれることを切に願っています」
「中条さん、案外ロマンチシストですねー」
平木田さんが茶化すも誰も乗ってこなかったため会話は打ち切りとなった。
今日の中条さんもいい仕事をしていた。
僕を誤認逮捕した時とは別人だ。
けれどまだ安心はできない。真価が問われるのは僕の時と似た状況にぶつかった時だ。
その時に僕が隣にいるかは分からない。中条さんには再び一人立ちしてほしい。
いや。
僕の
僕が発端で彼女に降りかかった呪いは二つ。
一つ目は恐れ。
そして二つ目が僕への依存。
手錠はいずれ外れて、僕は
中条さんは僕と違って退職しない限りは警察官としての職務が続く。
僕が隣でアシストしなくても一人で判断、決断できなければならない。
僕がいなくても、僕の誤認逮捕のトラウマに負けずに戦い続けなければいけないんだ。
うぬぼれがすぎるかな? 実のところ僕に大した影響力はないのだろう。けれど、この一週間は僕たちにとって大変濃い時間だ。僕も中条さんも、お互いに影響を受け合っていると考えている。
とにかく今は、できることを細々とやっていこう。
「おうお前ら。今日も真面目に厳粛に警察官やってるかー?」
面々が
「坂町警部! お疲れ様です!」
平木田さんが元気よく挨拶する。現金な子である。
「――っ!」
気のせいか、中条さんの目がピクリと反応したような?
「おうお疲れ――ん?」
坂町警部は僕と中条さんを繋ぐ手錠を見て
「おい中条、なぜ未だに手錠が外れてないんだ」
「それは……」
坂町警部の主張はまるで既に手錠が外れていて当然のような口ぶりだった。
中条さんの顔は今までに見たことがないくらいに強張り、顔色も青ざめている。
「合鍵が出来上がったからお前の机のキャビネットに入れたって、昨日メールしただろ?」
「……はい」
彼女は合鍵ができたのに忘れてたから落ち込んでいる?
それとも――
「いつまでも蓑田君を拘束してたら申し訳ないだろ。一刻も早く解放してあげろ」
「は、はい」
中条さんは弱々しく返事をすると、自身の机のキャビネットから鍵を取り出して手錠に差し込む。
鍵を右向きに回すとカチャリという音とともに手錠が外れた。
「外れました――ようやく、お互い自由に動けますね!」
手錠が外れた音が最高に気持ちいい。これ以上の解放感はない。
僕は満面の笑みで中条さんに振り向くけど。
「そう、ね……」
中条さんは浮かない顔で、顔色も悪いままだ。
「……今までご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
中条さんは深く深く頭を下げた。もう何度目かも分からぬ彼女からの謝罪。
僕はそんなこと望んでないのに……。
「――蓑田君」
平林所長が声をかけてきた。
言われなくとも。
「中条さん」
僕が名字を呼ぶと、彼女はビクッと肩を震わせた。判決を待つ被告人のように唾を飲み込んで僕の顔をおずおずと見る。
「今日はもう僕も交番まで来てしまったんです。定時まで一緒にいますよ」
手錠が外れたからはいサヨナラとはならない。僕は被害者とはいえ、これまでたくさんの厚意をいただいてきたんだ。それに報いたい。
それに、伝えたいこともあるんだ。
「――いえ、一緒にいさせてください。お手伝いさせてください、お願いします」
僕が頭を下げると、
「……本当しょうがない子ね。変わってるわ……」
中条さんは言葉こそうんざりしたような口調だけど、その瞳には涙が浮かんでいる。
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
満面の笑みで彼女も頭を下げる。涙はギリギリこらえた。
明日以降のことは、今夜にでも考えればいい。
今は僕が中条さんの左腕になる。その気持ちは手錠が外れた今も変わらず胸に抱き続けている。
僕は正規の警察官でもないしほとんど役には立たないけれど、素人の視野だからこそ発見できる事柄だってきっとある。
「蓑田君、よかったッス! これで行動の制限が解消されたッスね!」
「手錠の件は一件落着ですね」
「手錠の件『は』、ッスか……?」
村上さんは腕を組んで首を傾げたけど、僕はそれ以上何も言わなかった。
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