7日目 開放の時は近し ②
思春期の少年を刺激する発言はNGだ。僕も余計なことは言わないでおく。
高校生二人は終始無言だった。
交番に到着し、二人を椅子に座らせた。
「それで、あなたたちはどうしてあんなところで喧嘩してたの?」
中条さんが事情聴取をはじめた。
「コイツが俺の彼女に手を出してたんだよ。人様の女にちょっかい出すとか許せるかよ!」
ヤンキー君改め――
二人に加えて箕輪君の彼女「ミキちゃん」の三人全員が高校二年生だ。
「それはこっちの台詞だ。ミキちゃんは僕の彼女だぞ。勝手に俺の女扱いするんじゃない」
中里君も負けじと眼鏡をくいっと動かして箕輪君に反論した。
「は!? テメェ頭沸いてんのか!? 俺の女の名前を馴れ馴れしく口にすんじゃねぇ!」
「君こそふざけた妄言はやめてくれ」
主張は平行線だ。まぁ、話し合いで収まるなら最初から殴り合いにまで発展しないか。
「二人とも、そのミキちゃんって子と付き合ってると主張するのね?」
「あぁ、チャットのやりとりだってある」
「僕だってありますよ」
二人は証明してやるとばかりに揃ってスマホのチャットトーク画面を中条さんに差し出した。
これはもう、間違いないな。
二人は愛する彼女を巡って拳で語り合い――という名の喧嘩をしていた。同じ主張で相手に拳をぶつけ合っていた。
つまり、ミキちゃんとやらは箕輪君と中里君で二股をかけているのだ。
「二人ともミキちゃんと付き合ってるなら、ミキちゃんは二股をかけていることになるわ。二人ともそんなこと知る由もなかったんでしょ?」
二人は険しい顔で頷く。
「だったら、これは二人だけの問題ではないわ。当事者のミキちゃんも呼んで三人で話し合いの場を設けた方がいいわ。ミキちゃんの本当の気持ちを二人で聞き出すの」
二人は少々考えるように視線を明後日の方向に向けていたけど、
「まあ――仕方ねぇよな」
「ミキちゃんと三人で話し合おうと思います」
ミキちゃんと話し合う覚悟を決めた。
「辛い結果が待ってるかもしれないけれど、それを乗り越えた先にあなたたちの本当の運命の相手が待ってることを心の片隅に置いていてほしい。頑張って」
右手で握り拳を作って二人を
「頼みがあんだけど……あんたらも近くで見ててくんねーかな」
「私たちも?」
箕輪君の頼みに中条さんは目を丸くした。
「そうですね。警察官から監視されてないと僕らは怒りで何しでかすか分かりません」
中里君も箕輪君の意見に同調した。それはいいけどこれまた物騒な台詞を
中条さんはふうっと鼻で息を漏らして、観念したように微笑する。
「――分かったわ。私とこの私服警察官が一緒に現場に行くから、時間と場所を設定できたらまた交番まで来てくれるかしら」
「いえ、今から会いに行きます」
「今から行くの!?」
軽い口調で言い放つ中里君の言葉に、つい驚きで声を荒げてしまった。フットワーク軽いなぁ。
「ミキちゃんは学校サボりがちだから、今連絡してもすぐ返信が来るはずだ」
ミキちゃん素行悪すぎない? 悪女ですわ。罪深き女の子ですわ。
それから君たちも学校は? どうせもう少しで春休みなんだから残りの日数くらい頑張って登校しようよ。月曜の朝からサボって校外タイマンとは、濃いな。
「じゃ、ミキちゃんにチャット送るわ」
箕輪君がスマホ画面をタップしてメッセージを作る。
「今からファミレスで会おうと送ったぞ」
送信して間も置かずに、
「お――『行く行く! ダイちゃんに会いたい~!』と返信が来たぞ」
すぐさまミキちゃんから快諾の返信が届いた。
「………………」
中里君が渋い顔をしているけど無理はない。自分の彼女のはずが、赤の他人の男からの誘いに会いたいと即返信してきたのだから。
なんというか……心中お察しします。
◆
ファミレスまでの道を四人で歩く。
中条さんは例によってジャケットを羽織って
「二人はどうやって知り合ったの?」
僕は気になっていたことを聞いてみた。
まさかミキちゃんが引き合わせたとかではあるまい。
「僕がミキちゃんに電話したらコイツが出たんですよ。で、『テメェ誰だよ!? ミキちゃんの何なんだよ!? ちょっかい出すなら容赦しねぇ!』とほざいてきたので、お互いに時間と場所を決めて会う約束をしたんです。僕としても心外な発言だったんで」
「で、出会ったその瞬間からタイマン開始よ。男に言葉はいらねぇ。拳で勝者を決めようぜってなったのよ」
いやいや、男にだって言葉は大いに必要だよ。
「失礼だけど、中里君は喧嘩するタイプには見えないけれど」
中条さんの
「喧嘩なんて人生初ですよ。普通に生活してたらまず喧嘩なんてしませんよ。でも、愛するミキちゃんのことを思うと、頭に一気に血が上ってしまいました」
中里君は知的な見た目に反してずいぶんと血の気の多いバイオレンス――いや、情熱的な性格だった。
「ふん。どうせ
箕輪君は拗ねてしまった。どこまでも対照的な二人だな。
「それぞれどうやってミキちゃんと出会ったの?」
「俺は合コン」
「僕はマッチングアプリです」
へぇ。今時の高校生はマッチングアプリもやってるのか。十八歳未満がやっていいのかは知らないけど。
そうこう話しているうちに箕輪君が指定したファミレスに到着した。
「ミキちゃん、もう来てるな」
箕輪君の視線を追うと、一人の女の子が四人掛けテーブル席に座ってスマホをいじっていた。
マジで学校サボってるのね。君たち勉強しなさいよ。今年進学就職でしょ。
「俺はミキちゃんのところに行くわ」
「僕は少し遅れて乱入するよ」
「私たちは近くの席に座って静観してるわね」
中里君、中条さん、僕はミキちゃんが座っている席の前のテーブル席に座った。
配置が完了したところで箕輪君はミキちゃんが待つ席へと向かった。
僕たちは彼らの会話に耳をそばだてる。
「ようミキちゃん。突然の呼び出しでごめんね」
「ううん、どうせ学校サボタージュして暇だったし、むしろ誘ってくれて嬉しいよー」
ミキちゃんは箕輪君の顔を見て微笑んだ。けど放った台詞はとんでもなかった。
暇なら学校行こうよ。
ミキちゃんは茶髪に濃いめのメイク、チョーカー、
ヤンキーの箕輪君とは合いそうだけど、インテリ系の中里君とは果たして波長が合っているのだろうか?
「今日は俺の知り合いを呼んできたんだ――おい!」
「えっ、マジそれ超楽しみっ!」
ミキちゃんはキラキラした目で周囲を見回すけど、スタンバっていた中里君が箕輪君の号令を受けてテーブル前に立つと、
「――え」
案の定表情が凍りついた。先ほどまで花が咲きそうな笑顔だったのに瞬間冷凍されてしまった。
「どうも、箕輪の知り合いの中里です」
「ユ、ユウくん……」
中里君の凍てついた視線にミキちゃんの眉はぴくぴくと動いている。
中里君は無表情で自己紹介を済ませると箕輪君の隣に座った。
「えっと――ダイちゃん? これって?」
ミキちゃんは戸惑ってますって表情で小首を傾げて箕輪君を見る。
「そりゃこっちの台詞だ。コイツもミキちゃんと付き合ってるとほざいてんだよ」
二人揃ってミキちゃんに射抜くような視線を送る。見定めるように、無表情で。
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