4日目 町を守る皆さまの人生事情 ①
「蓑田君、朝だよー」
……ん? 名前を呼ばれたような。
まぁ、いいや。
夢の世界へとリバースする。
「蓑田君ったらー、起きてー」
優しい女性の声が至近距離から聞こえてくるけど夢に違いない。
僕は毛布を頭までかぶった。
「……そう。そっちがその気なら――」
ベッドの中で何かがもぞもぞと動いている。
温かい何かが近づいてくる気配を感じる。
そして、それが僕の唇に触れた。
「――――へっ!?」
温かくて柔らかな優しい弾力が僕の感覚を刺激した。
「おはよー、寝坊助さん」
目を見開いた先にはニコッと微笑む中条さんがいた。すっぴん顔も
「い、今……」
僕が左手で唇を隠して
「んふ、私の人差し指と中指の感触はお気に召しましたかなぁ?」
彼女は右手でピースを作り、いたずらっ子のようにニヤニヤしている。
「心臓に悪い起こし方ですね……」
「起きないのが悪い」
「ごもっともで」
完全に昨日の朝と立場が逆転してしまった。
中条さんってこんないたずらもするんだ。
同棲しなければ気がつかなかった一面だ。
「中条さん、昨夜は夢を見ませんでしたか?」
「夢? 見てないと思うけど……」
中条さんは何も覚えていないようだ。つまり、昨晩の寝言の真相は闇の中。
「そうですか」
「なぁに? 私のことが気になるの?」
「いえ、僕の勘違いでした」
そういうことにしておく。
◆
「聞いてくださいよハコ長!」
「また村上の下らない話に付き合わないといけないのかい」
「露骨に溜息
「当直明けで疲れてるんだよ」
パトロールから戻った村上さんが当直明けだけどまだ交番内にいる平林所長に話しかけたことを皮切りに、息抜き程度の雑談タイムに入った。
「この前申し込んだアイドルライブの抽選、またも外れたッス! いい加減推しの子に会えないと、オイラの生きる活力がなくなってしまいそうッス!」
「相変わらず運がない奴だね」
熱く語る村上さんの話を平林所長は軽く受け流した。
「ハコ長、つれないッス……」
「村上さんの趣味はなんですか?」
僕は椅子の背もたれにもたれかかって
「おっ、蓑田君いいところに着目したッスね!」
僕の問いを受けた村上さんはがばっと前屈みになって満面の笑みを浮かべた。
「何を隠そうオイラは、
「な、なんですか、それは……」
漢字がたくさん羅列しそうなワードを口にしてきたな。
「
「そ、そうでしたか……副隊長ということは、メンバーが何人かいるんですか?」
「いんや、オイラ一人ッス!」
「オンリー活動でしたか」
隊長は一体どこへ消えた。
「一人でも楽しめる。それが大人の休日ってやつッスよ!」
「なるほど」
「いやいやなに納得してるんですか。寂しいでしょ」
僕の隣にやってきた平木田さんが会話に混ざってきた。
「だったら一緒に行きましょうッス!」
「……あいにく予定が埋まってましてぇ~」
「そ、そうッスか……」
誘いを断られた村上さんは
「僕でよければ今度一緒に行きませんか?」
「うおおおっ!! 蓑田氏、君だけがオイラのマイフレンズッスー!」
立ち上がった村上さんが椅子に座る僕に熱い
ついでに僕のすぐ隣に座っている中条さんは村上さんに冷ややかな視線を投げかけている。
「ちなみに村上は以前中条にアプローチしてフラれてるよ」
「ハコ長ーーッ!! それ絶対言っちゃアカンヤツッスよーーッ!?」
唐突に村上伝説が
「そうだったかい? じゃあ、今は平木田を狙ってることも黙ってた方がいいか?」
「黙れてないッス! 洗いざらいバラされたッスよ!?」
村上さんはしれっと秘密を暴露してきた平林所長に食ってかかる。
「ぶっちゃけ平木田さんは、村上さんのことどう思ってるんですか?」
僕は素で気になったことを質問してみた。
「うわぁ、ドストレートに聞くッスね……」
村上さんは顔を青く染めて自らの後頭部に手を当てる。
「ん~そうですねぇ」
平木田さんは唇に手を当てて少々考えた末に口を開いた。
「年齢が離れてますし、外見性格的にも恋愛対象には見れないです。ごめんなさい」
「オイラの個性が全否定されたッス……そして告白してもいないのにフラれたッス……」
村上さんは目に涙を浮かべて天井を仰いだ。
「平木田さんの好みはどんなタイプなんですか?」
僕の失言でいたたまれない雰囲気になってしまったので、平木田さんの話題に持っていこうとする。
「えぇ~、知りたいんですかぁ?」
平木田さんは僕にニヤニヤ顔を向けてくる。
って、僕は何を言ってるんだ。こんな、他人と距離を縮めるような話題を振って……。
それに人畜無害を
これも、中条さんや彼女を取り巻く人々と接しているからだろうか?
「いえ、やっぱり結構です」
なんか面倒そうなので速攻で話を打ち切った。
「ええっ、知りたくないんですかぁ!?」
平木田さんは僕に驚愕した表情を向けてくる。
「蓑田君、あなたも存外罪深い人ね」
静かに会話を聞いていた中条さんはジト目で僕を睨んできた。
そんな表情もできるんだとドキッとしつつ、僕は目線を中条さんとは反対方向に逸らした。
「岩船さんは休みの日は何してるんでしょうね?」
逸らした先で岩船さんのデスクが目に入ったので、彼の名前を出してみる。
岩船さんは非番でお休みだ。今頃何をしているのかな。
あれだけの男前だ。女性と楽しく遊んでいるのかも。
「あいつは見た目の通りで硬派だけど、猫や子供が好きなんだ」
「意外ですね」
岩船さんはあの外見かつ愛想がないので、猫や子供好きなのは驚きだ。
「実家で猫を二匹飼っていて、オフの日はいつも実家に転がり込んで猫と転がっているよ」
「転がるのが好きなんですね」
「あと実家には甥と姪がいて、一緒に遊んでいるよ」
「面倒見がいいんですね」
あの岩船さんのオフの姿か――
◆ ◆ ◆
「健吾お兄ちゃん!」
「わーい! またきてくれたんだ!」
「おう、今日も遊びに来たぞー」
岩船さんは真顔で甥と姪に挨拶する。
「あいかわらず顔こわいね」
「クール!」
「ははは、元々こんな顔だよ」
笑い声を上げている岩船さんも無表情だ。
「おっ、猫ちゃんズも元気だったか~?」
岩船さんは猫と一緒に大きな身体でゴロゴロとローラーのように転がりはじめる。
「お兄ちゃんと猫のツーショット、いびつ~」
「なんど見てもにあわない~」
猫と遊ぶ叔父の姿に二人は爆笑する。
「何を言うか! 俺ほど猫を愛し、猫に愛された男はいないぞ!」
猫たちはミャーミャーと尻尾を振って岩船さんに甘える。
「俺も尻尾を振ってやろう、ほれ、ほれ」
「どこにしっぽついてるの~?」
「いい子にしか見えないのだ、ほれ、ほれー」
「うわぁっ、にげろー」
「俺に捕まったら世にも恐ろしい罰ゲームな」
「ええっ!? いきなり言うなんてズルいよー」
「ハハハッ、大人とは汚い生き物なのだ! 罰ゲームは全身くすぐりの刑だ!」
真顔で笑い声を放つ岩船さんが猫ちゃんズとともに甥姪を追いかけ回す。
――うーん、普通に怖い光景だ。僕のようなチキンな性格の子供だったら泣き叫びながら本気で逃げ続けるだろうな。
◆
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