マカルーシュカ
茉井葩
マカルーシュカ
むかしむかし、とある国のシムジィーという港町に、醜いと忌み嫌われている女の人がいました。
女の人は、周りから古い先住民族の言葉で醜い一族を意味する、カトラトビと呼ばれていました。
カトラトビのトビは一族を意味します。
そうです。元々は彼女の家族や親戚を含めた一族そのものを指していたのです。でも、今では彼女しかいません。
みんな、醜いという理由で厄介者扱いをされ、いじめられ、時には無実の罪で牢獄にいれられ、また時には奴隷として捕まって連れて行かれ、様々な酷い理由で彼女を残し、みんな居なくなってしまったのです。
当然最後のカトラトビが街に行けばみんな彼女に石を投げつけました。
元々カトラトビは薬草に詳しい一族だったので、最後のカトラトビもまた薬草を売りにきました。
みんな最後のカトラトビの薬がとても効く事を知っています。何故なら、みんな最後のカトラトビの薬で、怪我や病気が治ったのですから。
しかし、街の人々が、最後のカトラトビに感謝をする事はありませんでした。
最後のカトラトビの薬を安く買い、時には強奪し、そして用が済めばカトラトビをさっさと追い出そうと、冷たい水をかけたり、石を投げたり、ゴミを投げつける者もいました。
最後のカトラトビはこんなふうに人々から迫害されていくうちに、誰とも喋らないため、やがて声の出し方を忘れてしまいました。
人々は益々最後のカトラトビを馬鹿にしました。
彼女の薬のおかげで元気でいられるというのに。
ある日、最後のカトラトビが薬草を摘んで帰ると、家の前に赤ん坊が一人捨てられていました。
最後のカトラトビは慌てて赤ん坊に駆け寄りました。
彼女はほっとしました。赤ん坊は生きています。
しかし、彼女はお乳は出ません。赤ん坊はどう見ても生まれたて、お乳が必要なのは明らかでした。
彼女はすっかり困り果ててしまいます。
街の人々はきっと赤ん坊の為にお乳をくれたりはしないでしょう。
最後のカトラトビは赤ん坊を見つめます。
赤ん坊はすやすやと眠っていました。
最後のカトラトビは小さい頃に亡くなった赤ん坊の弟を思い出していました。
貧しさ故に母は十分なお乳が出ず、やがて弟は大きな病気にかかりました。しかし街の人々は無情にも助けてはくれず、結局弟は大きくなることはありませんでした。
最後のカトラトビは赤ん坊を抱えたまま走りました。
街の人々があてにならないのなら、動物に頼る事にしたのです。
動物たちは人間とは違って、カトラトビを差別しませんでした。
最後のカトラトビは必死で動物たちに訴えようと喋れない口を動かしました。
やがて、動物たちの中からヒキガエルが飛び出してきて言いました。
「人間の子にはやはり人間のお乳の方がいいでしょう」
そして隣にいたねずみに向かって言いました。
「ねずみの国には食べるだけで子供を生んでいなくてもお乳が出るようになるという木の実があると聞きます。取ってきてあげなさい」
ねずみは頷いて、直ぐ様沢山の仲間を引き連れて、木の実をどっさり持ってきてくれました。
最後のカトラトビは彼らにお礼を示し、急いで木の実を食べました。
すると丁度お腹を空かせたのか、赤ん坊が泣き出しました。
最後のカトラトビが赤ん坊の顔を自分の乳房へ近づけると、赤ん坊はお乳を吸いました。ごくごく飲んでいます。
最後のカトラトビは涙を流しました。
これでもう大丈夫です。
この子にいつも祝福がありますように、と、思いを込めて、この子の名をつけました。
「お前の名は、マカルーシュカよ」
彼女は驚きました。言葉がするりと喉を震わせ口から飛び出てきたのですから。
久しく失われていた声が出たのです。
最後のカトラトビは奇跡が起きたと益々涙を流し、小さなマカルーシュカの頬に頬ずりをしました。
やがて、マカルーシュカは母の愛情を受け、すくすくと成長し、立派な青年に成長しました。
マカルーシュカは孝行息子であり、養母である最後のカトラトビをよく助けました。
美しいマカルーシュカが薬を売りに行けば、若い娘は皆高いお金を勝手に出しました。
マカルーシュカは正直者なので、決められた金額しか受け取りません。
若い娘は皆美しいマカルーシュカに夢中になってしまいました。
最後のカトラトビの息子があんなに美しいなんてあり得ない、捨て子だろう、と街の人々も彼の素性には気がついていました。
ある日、最後のカトラトビは息子にお嫁を貰ってはどうかと言いました。
マカルーシュカをいつまでも自分の所に縛り付けるのは申し訳ないと思ったのです。
マカルーシュカはお母さんが大好きなので、お母さんと過ごすのは苦ではありません。
しかし、お母さんを心配させるのも嫌でした。
「解ったよお母さん。素敵なお嫁さんを見つけてくるよ」
マカルーシュカはお母さんからパンとお金と何かの役に立つようにと薬を貰い、住処を後にしました。
マカルーシュカはまず先に街に行こうとしますが、ヒキガエルがマカルーシュカを呼び止めます。
「あの街の人間はお止めなさい。お母さんを不幸にしてしまう」
マカルーシュカはそれを聞いて街に行くのは止めようとしますが、ヒキガエルがまた引き止めました。
「あの街の人間はあなたのお嫁さんには相応しくない。だからあの街の外れにいる案山子にあなたのお嫁さんの住む場所をお聞きなさい。案山子はきっと答えてくれる」
それを聞いたマカルーシュカは、ヒキガエルにお礼を言って街の方へと向かいました。
マカルーシュカに多くの娘さんが話し掛けましたが、マカルーシュカはまっすぐ街の外れに向かっていきました。
ずっと先へと歩いていくと、メアゴトワという川の麓に農村がありました。
マカルーシュカはこの村だと思い、村の案山子に呼びかけました。
「案山子さん、案山子さん。ヒキガエルのおじさんからあなたが私のお嫁さんが何処にいるかご存知だと聞きました。教えていただけないでしょうか」
案山子はマカルーシュカに言いました。
「あなたのマフラーをくれるのなら教えてもいいよ」
マカルーシュカはマフラーを案山子の首に巻いてあげました。
「この先の先のずっと先にユイという村がある。そこにミランとマリヤ夫妻が住んでいて、その家には三人の娘がいる。その娘の一人があなたのお嫁さんになる」
「その娘さんとは誰なのでしょう?」
「それはあなたが見つけなくてはいけない。タッサ峠に行きなさい。そうすればあなたはあなたの花嫁を見分ける事が出来るでしょう」
マカルーシュカは案山子にお礼を言うと、早速タッサ峠に向かいました。
タッサ峠に着くと、小柄なお爺さんが倒れていました。
マカルーシュカは慌てて駆け寄ります。
お爺さんはお腹を空かせているようで、パンを分けてあげました。
お爺さんはお礼をいいました。
「ありがとう、お若いの。お礼にあなたに贈り物を授けよう」
お爺さんはマカルーシュカの顔を長い髭で擽りました。
「あなたはこれから五年間髭を剃ってはいけない、髪や眉毛を整えてもいけない、体も洗ってはいけない。四年と十一ヶ月の間ここから出てはいけない」
マカルーシュカはこのお爺さんが賢者だと気が付き、真剣に耳を傾けます。
「全て守れば五つだけ願いが叶うだろう」
マカルーシュカにそう告げるとお爺さんは去っていきました。
マカルーシュカは早速タッサ峠に籠もりました。
お爺さんの言う通り髭も髪も眉毛も伸ばしました。
お爺さんがなにか呪いでもかけたのか、とても早く伸びて、一年もしないうちに、マカルーシュカの顔を毛が覆い顔を隠してしまいました。
二回目の冬が終わろうとしている頃、一人の男が峠にやってきました。
冬は終わり頃とはいえ、峠にはまだ雪が残っています。
男はやがて倒れてしまいました。
マカルーシュカは男を介抱してやりました。
男は目を覚ますとマカルーシュカの顔を見て吃驚したようでしたが、怯えながらも素直に御礼をいいました。
マカルーシュカは男に何故こんな時期に峠を越えようとしたのか訊ねました。
男は真ん中の娘が風邪をひいたため薬を買おうと峠を越えようとしたと答えました。
「でもお金を落としてしまいました。もう薬は諦めるしか…」
マカルーシュカはお母さんから渡されたお金を男に差し出しました。そして、お母さんの薬も少し分けてやりました。
男は驚き、そして涙を流しマカルーシュカに御礼を言って峠を後にしました。
マカルーシュカはそれからずっと峠に独りでいました。
やがて、お爺さんの言った四年と十一ヶ月が過ぎた頃、マカルーシュカは峠を降りました。
マカルーシュカがユイ村に着いたとたん、村人は怯えだしました。
マカルーシュカを毛むくじゃらの化け物だと思ったのです。
マカルーシュカが話しかけようとすると、村人は悲鳴を上げて家の中に逃げていきました。
しかし、一人駆け寄るものがいました。
「あなたはあの時の恩人様‼」
駆け寄ってきたのは峠で遭難しかけたあの男でした。
男はマカルーシュカの手を握り、何度も礼を言いました。
「あなたのおかけで真ん中の娘は元気になりました。本当にありがとうございます。ずっと御礼をしたいと思っておりました。是非家に夕食をご馳走になってください。申し遅れました。私めは、ミランといいます」
男はマリヤと妻の名を呼びました。
マカルーシュカはこの男の娘の誰かが自分のお嫁さんになるのだと解りました。
マカルーシュカを見たおかみさんのマリヤと美しい上の娘と下の娘は吃驚して悲鳴を上げてしまいます。
しかし、真ん中の娘は、ひと目見て、お父さんが教えてくれた自分の恩人だと理解し、喜んでお水を持ってきてくれました。
その後、おかみさんもマカルーシュカが真ん中の娘の命の恩人だと知ると喜んで丁重に饗しました。
ただ、上の娘と下の娘は目も合わせず、嫌悪的な態度を崩す事はありませんでした。
夕食をご馳走になったマカルーシュカは、ミランとマリヤにここに来た訳を話しました。
ミランは喜んで三人の娘を呼び、誰かこの方の元にお嫁に行きなさいと言いました。
「私は嫌よ」「私も嫌よ」
上の娘と下の娘は嫌がりました。そして二人とも真ん中の娘の背中を押しました。
「あなたが行きなさいよ」「そうよ。姉さんの恩人なんだから姉さんが行きなさいよ」
真ん中の娘はそれもそうだと思い、マカルーシュカのお嫁さんになることを決めました。
マカルーシュカは可哀想になったので、嫌なら断ってくれて構わないよ、と言ってあげました。
真ん中の娘は首を振りました。
「こんなにも急にお父さんとお母さんと離れる日が来たのが寂しいだけなのです。決してあなたのお嫁さんになるのが嫌なのではありません」
マカルーシュカは、真ん中の娘に婚礼の準備ができたら迎えに来るから、その間の一ヶ月、家族とお過ごし、と優しく伝えると、真ん中の娘は心の底から嬉しそうに微笑み、マカルーシュカにお礼を言うと、マカルーシュカに半分に割れた銀貨を差し出し、いつまでもお待ちします、と言いました。
こうしてその日、二人は昔ながらの風習に従い婚約式を行いました。司祭の前で婚約の誓いを立てるのです。そしてその晩、婚約した男女は語り合いました。マカルーシュカはお母さんの話を、真ん中の娘もまた父と母の話をしました。お互いとても親想いの働き者だったので、二人は一晩ですっかり打ち解けました。
真ん中の娘に見送られ、マカルーシュカはお母さんの待つ家に向かって歩きだします。
数日後、マカルーシュカが懐かしいシムジィーに帰ってくると、人々は悲鳴を上げて石を投げつけてきました。
だれも、マカルーシュカだと気がついていないのです。
しかし、マカルーシュカを出迎えたお母さんの最後のカトラトビだけは違いました。
最後のカトラトビは直ぐ様息子に気が付き、息子が帰ってきたことを喜びました。
そして、丁度五年が過ぎたので五年ぶりに髭を剃り、髪を切り、眉毛をととのえました。
マカルーシュカは以前にも増して美しい若者になっていました。
マカルーシュカはまず一つ目の願いを言いました。
「花嫁を迎える為に、そしてお母さんが快適に過ごせるように家を新しく奇麗にしておくれ」
すると、剃った髭が箒になって、家中を履き始めました。
髭の箒が掃いた所から古い家が新しくピカピカになっていくので、すっかり見違えるように真新しい家になりました。
マカルーシュカは続いて二つ目のお願いを言いました。
「花嫁の為に婚礼衣装を用意したいんだ。だしておくれ」
すると切った髪の毛があっという間に美しい婚礼衣装に変わりました。
白と黒の衣装に金糸の刺繍が施されていて、まるでお姫様の衣装のようでした。
マカルーシュカは続いて三つ目の願いを言いました。
「花嫁を迎えに行きたいんだ、だから、馬車を出しておくれ」
すると今度は髭の箒が馬車に、整えるために切った眉毛は立派な若い馬と宝物に変わりました。
マカルーシュカは馬車に沢山の宝物を乗せてると、お母さんに言いました。
「お母さん、では私は花嫁を連れてきます」
マカルーシュカは馬車に乗って花嫁の待つユイ村へと急ぎます。
ユイ村に着くと、美しいマカルーシュカに村の娘は騒ぎ立てました。
その中にはあの上の娘と下の娘もいましたが、マカルーシュカは娘達には目もくれず、真ん中の娘が待つミランとマリヤの家へと向かったのでした。
家の戸を叩くと、真ん中の娘が戸を開け、出迎えました。首にはマカルーシュカに渡した半分の銀貨の片割れが光り輝いており、それを見て、マカルーシュカは微笑みます。
真ん中の娘はマカルーシュカの瞳と目が合うと、なんて優しい目をした人だろう、と思いました。
あの時のマカルーシュカの目が隠れていたため、今、目の前にいる若者がマカルーシュカだと真ん中の娘は気がついていません。
「何かご用でしょうか?」
真ん中の娘がマカルーシュカに問うと、マカルーシュカは娘に微笑んだまま言いました。
「私はこの村に花嫁を探しに来たのです。世界で一番美しい花嫁を。そして見つけました。私と結婚してくれませんか?」
真ん中の娘は驚きましたが、直様「ごめんなさい」と結婚の申し出を断りました。
「私にはもう心に決めた方がいるのです。それに私より美しい娘さんはこの村に沢山います。だから貴方の花嫁さんは私ではありませんよ」
それを聞いて、マカルーシュカは嬉しくなりました。やはり真ん中の娘が自分のお嫁さんになる人なのだとおもいました。
「いいえ。間違えてはいませんよ。婚礼の準備が整いました。一ヶ月過ぎたのであなたを迎えにきたのです」
そしてマカルーシュカは真ん中の娘から貰った半分の銀貨を差し出して、真ん中の娘にキスを贈りました。
真ん中の娘は、目の前の若者がマカルーシュカだった事に驚きましたが、あの後、マカルーシュカが無事に故郷に辿り着く事が出来たこと、そして約束通り自分を迎えに来てくれたことを、大層喜びました。
そして、真ん中の娘はマカルーシュカが持ってきた婚礼衣装に身を包むと、お父さんとお母さんにお別れの言葉を言いました。
真ん中の娘の両親であるミランとマリヤは美しく着飾った娘を見て感動して泣いてしまいました。
マカルーシュカは、持参金として馬車に積んだ宝物わを真ん中の娘の家族に分け与えました。
貰った宝物と美しいマカルーシュカを見て、上の娘と下の娘は悔しげに唇をかんで、終始俯いたままでした。
こうして、マカルーシュカは優しい真ん中の娘を連れてお母さんの元に帰りました。
ところが、お母さんの最後のカトラトビが何処にもいません。
マカルーシュカは大慌てで探しました。
真ん中の娘も必死で探しました。
最後のカトラトビは自分がいてはマカルーシュカのお嫁さんも嫌だろうと思い、家を飛び出していたのです。
マカルーシュカは祈るように四つ目の願いを言いました。
「お願いだ、お母さんに合わせておくれ‼」
マカルーシュカの祈りに答えるように、真ん中の娘が足に怪我をして動けないでいる最後のカトラトビを見つけました。
真ん中の娘は慌てて駆け寄り、手当をしました。
最後のカトラトビは息子のお嫁さんとは知らず、親切な娘さんに御礼を言うと直様立ち去ろうとしますが、真ん中の娘は手を離す事はなく、じっと最後のカトラトビの目を見つめています。
カトラトビが不思議に思っていると、やがて真ん中の娘は優しく微笑みました。
「おかあさん、帰りましょう。あなたの息子さん、私の夫マカルーシュカが心配していますよ」
真ん中の娘の言葉に最後のカトラトビは驚きました。
何故マカルーシュカのお母さんだと解ったのでしょう。最後のカトラトビはマカルーシュカの実のお母さんではありません。顔はまったく似ていないのです。
真ん中の娘は優しい手付きで最後のカトラトビの手を握ると、目を細めて笑いました。
「直ぐに解りましたわ。優しい目がマカルーシュカにそっくりなんですもの」
やかて真ん中の娘が寄り添うようにして最後のカトラトビを連れて帰ってきたのを見てマカルーシュカは泣きながら駆け寄り母の手を握りました。
最後のカトラトビも泣きながら息子にいいました。
「お前は本当に素晴らしい人を見つけたね」
それからマカルーシュカと真ん中の娘は沢山の子供たちを授かりました。
最後のカトラトビはやがて老衰で亡くなってしまいますが、愛する息子夫婦と可愛い孫達に看取られ、とても幸福な最期を迎えたのでありました。
マカルーシュカにはまだ五つ目の願い事が残っていましたが、彼はもう十分幸せだったので願い事が浮かびませんでしたが、子供たちが大きくなると五つ目の願いを言いました。
「子供たちが私のお母さんや私の妻のように素晴らしい人と巡り会えますように」
こうしてマカルーシュカの子供たちも素晴らしく素敵な人と結婚する事が出来たといいます。
マカルーシュカは子供たちが結婚したあとも妻である真ん中の娘といつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
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