足掻き

 ここは再びベッドの上。

 ここで寝て、前回は死んでしまった。

 考えてみれば、これは家に不審者が入ってきたということだろうか。

 ……この家は危険だ。


「アカリ。どっか別の場所に行った方がいいと思うんだけど……どうだ?」


 ベッドの横で、微動だにせずにちょこんと座っている彼女に問うた。


「いい考えだと思いますよ? 前にも言った通り、あなたの未来を決めるのはあなた自身な訳ですから、私に決定権はありませんよ」

「そっか。そうだったな。……よし。外に出て──」


 ──ドンドン!


 その時、不意にドアが叩かれる音がした。


 少し驚いたが、そうだったと思い、記憶を遡る。

 確か、前回もここで人が母が入ってきたんだっけか。

 一応、外に出ることは伝えた方がいいか?


 そう思案していると、引き戸がガラガラと開かれ、母が中に来た。

 こちらへと、表情を崩さずスタスタと歩いてくる。


「今日の調子はどうだい?」

「今日は、いいよ。……外に出ようと思っているんだけど、いいかな?」


 そう問うた時、母は少し俯いて黙り込んだ。


「……」

「母さん? どうしたの?」

「えっ。いいや。なんでもない。……そう。外に出るのね。わかった」


 母は、そう独り言のように、呟いて足早にこの場を後にした。


「なぁ。アカリ。……今のって。少し不穏な気配がするんだけど……」


 普通。家の外に出ることなど、自由だとは思うが。

 あの人は、それをすぐに承諾しなかった。

 前回は、家にいて死んだのだ。

 これは、ますます家の中にいるのが危険に感じる。


「今のは、何か露骨でしたね」

「こんな場所早く出よう」


 そう言うと同時にベッドから立ち上がる。

 裸足であるせいか、少し床が冷たい。

 しかし、そんなこと気にしてる暇も無い。

 アカリの少し冷たい手を引いて、引き戸の前に立つ。


 物音立てぬよう、そーっと開き、首だけを出し、外を見回す。

 ……と、そこには広い廊下があった。

 かなりの大きさだ。

 俺の家は豪邸か何かか?


 そう思った、瞬間だった。


「うわぁぁぁん!」


 幼い少女の悲痛な叫びが、この沈黙を破壊するかの如く、辺りに鳴り響いた。

 その声は、広い廊下で絶え間なく木霊する。

 聞こえなくなったと思ったら、また叫びが聞こえる。


 それは、僕を恐怖させるのに十分すぎるほどのものだった。


「ア、アカリ。こ、こ、この声は……?」


 振り返り、絞り出すように、震え声でそう問う。

 そんな僕の様子とは打って変わり、アカリは表情一つ崩さずにそこにいた。


「大丈夫ですよ。とりあえず別の場所に行きましょう」


 僕は彼女の言葉に軽く頷く。

 鳴り止まない心臓を抑えながら部屋を後にする。


 何かに背中を押される様に隣の部屋へと飛び込む。

 しかし。

 そこには。


 ベッドに寝かされた大勢の人がいた。

 なにか、細いパイプの様な物に身体を繋がれている。

 その様子を一言で表すのなら、「不気味」であった。

 早鐘の様に鳴っていた心臓が、さらに素早く動く。


「あぁぁぁぁあぁ」


 その声は僕の声だ。

 もう僕の頭は考えることを諦めていた。

 時間が経つのに比例するように、恐ろしさも増幅していく。


 怖い。

 怖い怖い怖い。

 この場所は本当に危険だ。

 しかし今気付いた。

 ここは僕の家ではない。


「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ」


 叫びながら、部屋を出た。

 だが、そこには白い服を着衣した、何人もの人がいた。

 もう。僕は無理だと察した。

 なにが無理なのかすらも、考えることができない。


 僕の身体は拘束され、アカリの体を離してしまう。

 チクリと左腕に何かが刺される感触がした。

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