第3話 婚約破棄の謎に迫れ①

「さて、ここなら邪魔は入らない」


 上等なソファーに身を沈め、王子が蠱惑的に微笑む。事情を知らない人間が聞いたら誤解してしまいそうなセリフ。だが残念ながら、これから始めるのは仕事の話だ。艶っぽい意味は含まれてはいない。


「あ、はい……」


 ここは学院の中央に鎮座する、中央棟。その最上階にある客室である。基本的に生徒は1階部分までしか出入りできない場所で、こんな場所に来るのは初めての事だった。しかも目の前に座っているのは太陽の王子事、ケリン・カリオン様だ。正直滅茶苦茶緊張している。


「実は君に相談したいのは、婚約者の事だ。まあ正確には"元"婚約者だけどね」


「え!?」


 思わず驚いて声を上げてしまう。王子が婚約しているのは勿論知っていた。だがそれが破談になっていたとは、今初めて耳にした事だ。


 王族の破談なんて格好の噂の的である。そのため、普通なら直ぐに耳に入って来る物だ。にも拘わらず噂すら聞いた事も無いという事は、事情があってまだ未発表という事だろう。


 そんなの軽々私に話さないで欲しいんですけど!?

 一介の学生に過ぎない私に、未発表の情報とか流されても困る。


「破談は向こうからの希望でね。そこで君には、何故彼女が婚約破棄を言い出したのか調べて欲しいんだ」


 馬鹿なの?

 この王子様は?


 只の女学生。しかも男爵家の小娘如きが、公爵家の令嬢の素行なんて普通調べられる訳がない。明かにムリゲー臭漂う依頼を、王子は笑顔でサラリと頼んで来た。正気を疑うレベルだ。


 まあ超能力があるので、やろうと思えばできなくもないのだが。明らかに厄介そうな話に首を突っ込むのはごめん被る。


「王子、それは流石に――」


「名前はマーマ・レード。レード公爵家の令嬢さ。よろしく頼むよ」


 私の言葉を遮って、王子は笑顔で話を進める。王族と言うのは世間知らずなのが通例だが、どうやら彼もその例に漏れない様だ。


「……」


「ああ、心配しなくても良い。報酬なら弾むよ」


 開いた口が塞がらないとはこの事だ。私が呆れて固まっていたのを、報酬の心配だと王子は思った様だ。そんな問題じゃないってのに。


「じゃあ公爵家に行こうか」


「へ?」


「午後から婚約破棄の事で詳しく話を聞くため、公爵家に行く事に成っているんだ。君も付いて来てくれ」


「む、無理です!授業があるんで!」


 午後からは授業だ。いきなり付いて来いと言われても困る。そもそも、それ以前にまだ仕事を受けるとは言ってない。王子からの仕事を断るのは正直あれだが、出来もしない仕事を受けるのはもっと不味い。


「それにその……王子の御依頼は……私、やり遂げる自信がございません」


 私はソファーから立ち上がり頭を下げる。


「ですから……申し訳ないんですが……」


「ああ、別に解決出来ないなら出来ないで構わないよ。僕も無茶を言ってるのは分かっているつもりだ。それでも、一応でもいいから引き受けてくれないか?他に頼れる相手が居ないんだ」


 それまで笑顔だった王子の顔に、少し陰りが見えた。色々と女性との噂の絶えない方ではあるが、婚約破棄されて平気な訳がない。しかも王族の婚約破棄ともなれば一大スキャンダルとなる。きっと周りの誰にも相談できず、藁にも縋る思いで王子は私に依頼しにきたのだろう。そう思うと、なんだか放っておけなくなる。


「分かりました。気休め程度かも知れませんが、頑張って見ます」


「本当かい?ありがとう」


 王子はソファーから立ち上がると、私の手を取ってその場に跪き、その甲に口づけを落とす。


「おおおおお、王子!?」


「よろしく頼むよ。名探偵レア・ホームズ」



 こうして私は第三王子、ケリン・カリオンに突きつけられた婚約破棄の謎に挑む事に成る。

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