第23話 ドラゴンの逆鱗が性○帯ってアリですか?
質の良い家具が置かれている部屋に一人の男がいる。
ソファに座るその男は司祭服を着たままワインを喉に流し込む。
優雅なひとときに思えるが、表情は固く膝は小刻みに揺れていた。
──コンコン
「入りなさい」
ノックの音に反応した男は苛立ちを感じさせない声でそう言った。
これくらいの感情を制御できなければ司祭という地位には就けないのだ。
「呼びました?」
軽い口調とともにドアが開かれる。
部屋に入ってきたのはどこにでもいる好青年といった出立ちの人物だ。
座るよう
「昼間の騒動は知っているな?」
「ドラゴンのことっすよね。ビックリしましたよ」
いつもと変わらない日を過ごしていたフェブルス領都の住人だが、今日に至ってはその限りではない。
神話に登場するドラゴンが姿を現したのだ。
「本当に龍神だと思うか?」
「うーん、この国の神話によると龍神は黒竜のはずなんすよね。なのにあのドラゴンは白色でした。まあ少なくとも意思疎通できる存在ではあるみたいっすね」
最初は住人たちもパニックになっていた。
だがドラゴンの背中に金髪の少女が乗っていることに気づき、そのままフェブルス邸へと着陸したことで騒動は収まってきた。
いや、別の意味で騒がしくなったが正しい。
今も外では龍神様が降臨されたとお祭り騒ぎになっているのだ。
「少しでも情報が欲しい。今回は嫌でも行ってもらうぞ」
「えー、まあいいっすよ」
司祭の言葉に抗議の声をあげたかと思いきや、打って変わって青年は了承した。
「前回はあんなに嫌がっていたのにどういう風の吹き回しだ?」
「今はあの化け物はいないみたいなんで」
彼の言う化け物とは、少し前まで居た人間とは思えないほどの魔力を有した存在のことだ。
魔力感知が得意な彼はそれはそれは震えるような夜を過ごしていたのである。
「では余裕があれば例の銀髪の少女に毒を盛ってこい」
「あー、失敗したんでしたっけ?」
「うむ、訪問したが
今は龍神の話題でそれどころではないが、ほんの少し前まではフェブルス邸で毒による事件が起きたと噂になっていたのだ。
その噂も彼らが流したものだが、司祭はそれを聞いたというていでフェブルス邸へと赴いたのだ。
毒に倒れたレークシアを救い恩を売るために……。
「──私も同行してよろしいですか」
突如として低い声が響く。
声のした方向には最初から居たかのように黒づくめの男が立っていた。
事実その通りなのだが、司祭と青年は驚く様子もなくその状況を受け入れている。
「ふむ、お前たちなら大丈夫か。では必ず成功させてこい。あの少女は突破口になりうるからな」
「はっ」
「了解っす」
怪しい会合が終わり青年がドアを開けたまま去っていく。
礼儀がなってない行為に思えるが、すぐにドアはひとりでに閉まり司祭だけが部屋に残った。
外の喧騒をよそにカストロ司祭は静かにワインを口に含んでいく。
これからの展望に考えを巡らせながら。
そうしてグラスを空にして、部屋を出ようと歩きだした。
しかし途中で足を崩してしまう。
「これくらいで酔ってしまうとは、やはり歳か。……早く大司教になって永遠の命を」
ギラつくような目を一瞬輝かせる。
だがそれもすぐに消え、人が変わったような笑みを顔に貼りつける。
教会に救いを求めにきた者たちを癒すために──。
◇
あー、鬱だ。死のう。
竜の姿で飛んだままネガティブ思考になる。
なんであんなことをしてしまったんだ。
いきなりドラゴンに変身して飛び立つとか頭おかしいでしょ。
頭の中では先ほどの実家での光景が繰り返され、恥ずかしさと後悔が波のように襲ってくる。
そりゃなんであんなことをしたかはわかってるよ。
両親の言動に
だから腹いせ、というか八つ当たりでピヨちゃんを置いてきてしまった。
我ながら大人げないとは思う。
でも私を家に置いてくれていた理由が昔の自分と重なった同情心やら寝不足解消のためだとは。
別にそれ自体は構わない。
赤ちゃんを育てるのが大変なのは身をもってわかったし、親切にしてくれたことには変わりない。
腹が立つのは自分自身にだ。
あれだけ消滅したいと願い、人との関わりは持たないようにしてきた。
迷いを生じさせないために。
私が消えても悲しませないために。
それなのにいつの間にか流されて、
本当になにをやってるんだか。
「サラマンダーより、ずっとはやーい!」
……いきなりなにを言ってるんだこの子は。
知ってるセリフなので背中に乗るアリスさんに向けて疑念が生じてしまう。
『サラマンダー?』
「
おう、愛馬のわりに扱いが雑だな。
サラマンダーくんが可哀想だよ。
さっきまでの
「ハァ……ハァ、レークシア様の鱗すべすべですわ。あら? この鱗だけ他と違うような……」
──ビクッ! ゾクゾクゾク!
アリスさんの手が首元の鱗に触れる。
その瞬間電流が走ったかのように脳へと快楽が突き抜けていった。
『あ……なにこれ……』
「もしや
『らめ……さわらないで……』
あまりの気持ちよさに念話の魔法がうまくいかず声にならない声が頭の中で繰り返される。
なんとかアリスさんに伝えようとするが、鱗をサワサワと触る手は止まりそうにない。
むしろどんどん激しく──。
「あ、領都が見えましたわ。お父様の制止を振り切って来たので寄ってもらってもよろしいですか?」
『わかりましたから手を止めて……』
透明魔法を使おうと思っていたが意識がヤバい。
はやく着陸してこの子を降ろさねば!
私が死ぬ!
ビクビク震える体を抑え、よだれを垂らしながらなんとかフェブルス邸の庭を見つけ着陸する。
ドシンッ! と土煙が舞うほど荒っぽい着地になってしまったが、それは爬虫類萌えのこの子のせいです。
街が騒がしいのも私のせいじゃない。
わたしわるいドラゴンじゃないよ……。
庭に突っ伏し快楽に身を委ねながらそんなことを思う。
とりあえずア○顔を晒さないためにもしばらくドラゴンの姿でいよう。ビクンビクン。
「陣形をとれー! 魔法士、合図したら煙を晴らせ!」
しばらくビクビクしていると土煙の向こうから力強い声が響いてきた。
まだ頭がぼーっとするが、なんとか魔力感知を発動する。
「お父様! アリスです! レークシア様をお連れしました!」
「アリス!? 無事なのか!」
背中から降りたアリスさんが声を張る。
すると誰かが魔法を発動したのかすぐに土煙が晴れた。
あ待って。まだ顔がシャンとしてない。
体を包む快楽を惜しみながら最低限見られる顔をつくる。
まあドラゴンの表情なんてわからないだろうけど。
煙が消えた眼前には感知した通りに陣形をつくる人たちがいた。
敵襲だと思った辺境伯が戦闘員を率いてやって来たようだ。
前に私を殺そうとしたでっけえ大剣を持っている。
「こちらがレークシア様です! どうです! 美しくも威厳のある白竜ですわ!」
なんかアリスさんが意気揚々と私の紹介を始めた。
やめてくれ。
いまの私に威厳はない。
「たしかに龍神の名にふさわしいお姿だ。まさかお目にかかれる日がこようとは。だがどこか元気がないような」
「本当ですわね。レークシア様大丈夫ですか?」
そう気遣いながらまた首元の鱗をサワサワと……って待て!
また逆鱗に触る気じゃないだろうな!
──ガバッ
身の危険を感じすぐに体を起こす。
このままだとまた触られそうなので急いで人間の姿に戻った。
「……すみません。ちょっとしたトラブルです」
「おお、本当にレークシア様でしたか」
「やはりどちらのお姿もお美しいですわ」
辺境伯が驚いているなかアリスさんが恍惚とした表情で見つめてくる。
最初のころは凛々しい姫騎士のような印象があったけど見る影もない。
いやそもそもそんな印象あったか?
「おっほん、ともあれまたお越しいただき光栄です。お疲れのご様子ですしどうぞお部屋でおくつろぎください。コレットはいるか?」
辺境伯が周囲の人に私の専属侍女であるコレットさんの所在を尋ねる。
すると見知った人が前に出てきた。
「コレットは今日は休みです」
「スカーレットか、ではレークシア様を頼む。……アリスは執務室に来なさい」
パパんがアリスさんを恐い顔で見る。
さっき制止を振り切って私を探しにきたとか言ってたしお説教でもされるのだろう。
危うく私も死にかけたしちゃんと叱ってください。
「お、お父様、こうしてレークシア様をお迎えできましたし
「そういう問題じゃない!」
「レークシア様、どうぞこちらへ」
目の前で説教が始まるなか、以前も私に仕えてくれたスカーレットさんが先導を申し出る。
さらばアリスさん、ちゃんと反省してくるんだよ。
アリスさんのすがるような視線に気づかないフリをして、私は屋敷に入っていった。
ん、気持ちいい。
あ、そこ。
もっと、ちょうだい。
「気持ちいいですかレークシア様?」
「ひゃい」
え? なにをしてるかって?
マッサージだよ。
他になにがあるんだ。
あのあとスカーレットさんに連れられて以前も使っていた部屋に通された。
少しだるかったのでベッドに横になっていたらマッサージの申し出を受けこうなったのだ。
「あの、お聞きしてもよろしいですか?」
おずおずとした声音でスカーレットさんが聞いてくる。
彼女のこうした声ははじめて、だよね。
壁をつくって接していたので自信がない。
「なんでしょう?」
「……どうしてコレットを専属侍女に選ばれたのですか?」
「え?」
ここでコレットさんの名前が出るとは思わなかったので聞き返してしまう。
「どこか
そう語る彼女の声は震えていた。
けれどマッサージする手はしっかりと動いている。
プロ根性に感心するが、そのせいでうつ伏せから顔を上げられない。
いや、泣き顔を見られないようあえてそうしているのかもしれない。
スカーレットさんの嗚咽が小さく部屋に響く。
唐突な展開にどう答えたものか考え込んでしまう。
コレットさんを専属侍女に任命したのは毒の件があったからだ。
あのままでは彼女の人生が終わってしまう。
だから龍神の侍女という立場に置いたのだ。
それがなければ他人の人生を背負うようなことはしていない。
そう正直に言えたら楽なんだが。
このことは
「スカーレットには感謝しています。仕事ぶりは完璧ですし、こんなに心地よいマッサージまでしてくれるのですから」
とりあえずスカーレットさんのせいではないと言葉をかける。
アリスさん助けてくれー!
パパんに説教されている場合じゃないよー!
「ではどうして。まさかあの噂は本当なのですか?」
「噂?」
「屋敷に毒が持ち込まれたという噂です」
アリスさん助けてー!
パパんも説教してる場合じゃないよー!
「え、えっとー、肩が凝ってるので揉んでくれると嬉しいです」
しどろもどろになりつつ肩揉みを要求してしまう私。
いや肩が凝ってるのは事実なんだ。
ディアナを抱いたり添い寝したりで体がガチガチなんだ。
変に動いて怪我をさせたらと思うと寝返り一つ打てなかったんだもの。
「やはり事実なのですね。だからコレットを……でもいくらレークシア様がお優しいとはいえ許されることではありません!」
「たしかにそうかもしれませんが」
「レークシア様はわかっておりません!
そう言うや否やスカーレットさんが顔を隠しながら激しく泣いてしまう。
どう言葉をかけていいかわからなかったため、ひとまず抱きしめてみることに。
って何をやってるんだ。
こうするとディアナも泣き止んでくれたので癖になってしまった。
「うぅ、ごめんなさい。レークシア様のせいじゃないのに。でも他のメイドが陰で
嗚咽を漏らしながら私の服に顔を押し付けてくる。
コレットさんだけが龍神の侍女として選ばれたため陰口を言われたのだろう。
スカーレットさんはプライドが高そうだから弱音を吐けなかったのかもしれない。
「今まで辛かったですね。私のせいです。そこまで頭が回りませんでした」
「いいえ!
くしゃくしゃになった顔で私のことを見つめてくる。
美人な顔が台無しだ。
「私もあのときそう思いました。もっと周囲に目を向けていればと。でも十分ではなかったようですね」
スカーレットさんが私を想ってか首を振る。
すごい勢いだったので止めさせる意味も込めて綺麗な黒髪──よく見ると緋色のインナーカラーの髪を撫でてみる。
キモいことをしている自覚はある。
こんな時ばかりは龍神でよかったと心から思うわ。
そんなことを考えながら私は言葉を続けた。
「──私の侍女になってくれますか? もちろん専属の」
私の気が回らなかったせいでスカーレットさんを傷つけてしまったんだ。
それにきっと彼女と私は似ている部分がある。
「あ……でも、でも」
大粒の涙が目から溢れる。
きっと嬉しさからだろうが、私を試したり責めたりするようなことを言ってしまった自責の念もあるのだろう。
それなら私のセリフは決まっている。
「龍神の言うことが聞けないのですか?」
「うぅ、誠心誠意お仕えいたします」
力が抜けたのかスカーレットさんが床にペタンと座り込んでしまう。
手を差し出したら震える両手で掴まれそのまま額を押し付けてきた。
またしても他人の人生を背負ってしまったと後悔の念が押し寄せる。
だけど手に零れ落ちる涙はどこか心地がよかった。
◇
あー! 今日だけで色々ありすぎでしょ!
夜もふけてベッドで一人身悶える。
スカーレットさんの涙に触れたあと少し話をした。
彼女はフェブルス家に仕える側近の娘であり、なんと伯爵令嬢らしい。
厳格な親のもとで育ち、自分にも他人にも厳しい性格になったという。
そのためメイド仲間からは少し距離を置かれていたようだ。
そんななか龍神の侍女に選ばれなかったことがご両親に伝わりカンカンに怒られたと。
しまいにはまとまっていた婚約話まで流れてしまったそうだ。
そりゃ突然泣き出してもおかしくないわな。
いままでがんばっていたのに私の行動のせいで崩れてしまったんだから。
まあ一緒に辺境伯のところに行ったら私に生涯仕えると独身宣言みたいなことを言いだしたけど。重いです。
現実逃避しながらさらに思考にふける。
ていうか一番気になるのは
そんなイメージ盛ってないよ!
どういうこと!?
街の方からは今もどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
なんでも私を讃える宴がそこかしこで開かれているらしい。
マジでやめてくれ。
あのときの私はア○顔だったんだ……。
布団をかぶってふて寝を決め込む。
でもぼーっとしていると逆鱗を撫でられた快楽が思い起こされる。
「あ……結界があって触れない」
だめだとわかっていても下半身に自然と手が伸びてしまう。
うぅー、ちょっとだけなら。
魔力感知を働かせて人がいないことを確認する。
よし、あとは結界を解いて。
──ピク! ビクビク! ゾクン!! ヘブン!!!
やばい、やばいやばいやばい!
ありえないほど気持ちいい。
こんなの癖になっちゃう……。
布団から顔を出し新鮮な空気を吸う。
ついでに
うん、少し休んだらもう一度……。
──ガッ!
「っぐふ!?」
「飲め」
暗闇の中いきなり首を絞められる。
突然の事態に混乱し、酸素を求め口を開いてしまう。
そこへ液体が注がれて──。
「ちょっと待つっすー!!!」
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