リメイク版 使い魔は……

NEO

第1話 はじまりのはじまり

 ウィンザー王立カリーナ魔法学校。

 魔法大国として世界に知られる国で、この学校はその最高峰とされる優秀な魔法学校だ。 全寮制のこの学校で、あたしは自室で暇だったので一人で『ハルヒダンス』を踊っていた。

 四の月に十五才で入学した初等科一年生で、それから二ヶ月経った六の月。

 寮で同室になったスコーンが机に教材を広げて、一週間後に迫った一学期中間試験の勉強で唸りながら頭を抱えていた。

「……リズ、そのダンスやめて。イラつく!!」

 スコーンが、私に消しゴムを投げつけた。

 それをパシッと受け取って投げ返すと、あたしは笑った。

「今になって、勉強をはじめるから悪いんだよ。あたしは終わった!!」

 あたしは笑った。

「あのさ、同室のよしみで教えてくれようとはしないの?」

 スコーンが不満そうに口を尖らせた。

「だって、聞かないんだもん。教えようがないじゃん!!」

 あたしは笑った。

「聞きたいことが分からないの!!」

「そりゃダメだね!!」

 あたしは笑った。

 ああ、あたしはリズ・ウインドでこっちがスコーン・ゴブレット。

 まだたった二ヶ月の付き合いだが、仲はいい方だと思う。

 窓の外は雨期で雨。あいにくの天気となれば、行くところがないので自室でダンスでもしているしかなかった。


 このカリーナ魔法学校は、一番大きな中央棟と左右に西棟と東棟があり、男女別の巨大な寮が挟むような形で配置され、三つの大きな図書館が主な建物だ。

 スコーンがソフトクリームが食べたいとせがむので、私は寮から購買や学食のある中央棟に向かっていた。

「はぁ、この距離が長いんだよねぇ。帰る頃には、ソフトクリームなんて溶けちゃうよ」

 あたしは苦笑した。

 ちなみに、ここの購買も学食も学生は無料である。

 ソフトクリームは学食でフレッシュな野郎をもらうのが一番美味しいが、あたしは持ち帰りを考えて購買でガチガチに凍った野郎を取り、氷の魔法でさらに氷漬けにして、やたら重たいキューブ状の氷塊を抱えて、寮へと急いだ。

 中央棟を出て東棟を抜け、寮の部屋に帰る頃には一時間も過ぎていて、猛勉強中のスコーンの頭にほとんど解けてしまった氷塊をぶつけて分解し、自分の分のソフトクリームのパッケージを取り、蓋を開けて食べはじめた。

「……なんで、頭をぶん殴るの。憶えた部分忘れちゃったじゃん」

 スコーンがご機嫌斜めでソフトクリームを食べはじめ、同時にノートにペンを走らせはじめた。

「それじゃダメだな。集中力が足らん!!」

 あたしは笑った。

「そんなに難しくないはずなのにな。なんで、分からないんだろう」

 スコーンが頭を抱えた。

「ルーン文字初級でしょ。教科書を読めば、全部答えが書いてある!!」

 あたしは笑った。

「それはそうなんだけど……。リズ、メダカに餌あげて」

 もはや、勉強の鬼と化しているスコーンが、窓際に置いてある小さな水槽で飼っているダカ三匹を指さした。

「はいはい、全くしょうがないな!!」

 あたしは笑って、水槽の脇においてあったメダカの筒を手に取り、軽く振って餌を与えた。

「分量が分からないけど、適当でいいでしょ?」

「うん、極端に多くなければ……」

 スコーンがいった時、あまりに校内が広いために全員に支給されている小型無線機ががなった。

『リズさん、ビスコッティです。スコーンさんの様子は、どうですか?』

 無線の向こうは、なにかと助けてもらっている中等科一年のビスコッティだった。

「どうもこうもないよ。これじゃ、赤点かもね!!」

 あたしは笑った。

「不吉な事いわないで!!」

 スコーンがちょっと泣いた。

『そうですか、分かりました。ところで、もうすぐ夕食の時間です。学食に行きませんか?』

「うん、いいね。よし、いこう!!」

『分かりました。迎えにいきます』

 無線が切れ、私は笑った。

「スコーンはどうするの?」

「……お弁当かってこい。話はそれからだ」

 スコーンの機嫌が、マックスで悪くなった。

「アハハ、分かった!!」

 あたしは笑った。

 しばらく待つと、黒い髪の毛を腰まで伸ばした、ロングヘアの優しそうなお姉さんがやってきた。

「お待たせしました、行きましょう」

 彼女こそビスコッティで、私はなぜかいつも扉が開けっぱなしの部屋から出て、ビスコッティに続いて歩きはじめた。

「スコーンが、弁当買ってこいって!!」

「そうですか。でも、パブタイム直前で残っているかどうか……」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 パブタイムとは、二十四時間無休の学食で、唯一アルコールが提供される時間で、当然あたしやスコーンのように十八才未満の未成年は入れず、二十時か二十二時の間は大人の時間だった。

「なければないで、購買で適当に選ぶよ。今は味どころじゃないだろうから」

 あたしは笑った。

「それはいい考えです。シュウマイ弁当がおすすめですね」

 ビスコッティが笑った。

「それにしても、学食って遠くない?」

「はい、それは私も思いますが、この学校は広いですからね……ん?」

 ビスコッティが足を止めた。

「あれ……」

 中央棟へと続く長い廊下の前後を塞ぐように、いわゆる落ちこぼれ組の集団が私たちを挟んだ。

「……出たな。嫌がらせ」

 あたしはため息を吐いた。

「退きなさい!!」

 ビスコッティが怒鳴り、腰のナイフを抜こうとしたようだったが、持っていなくて焦った様子だった。

 魔法使いは自衛すべしという教えのもと、この学校では刀剣類や拳銃まで所持が可能だ。

 邪魔なので部屋に置いてきたが、あたしはショートソードと学校から支給される拳銃を所持していた。

「あれ、もしかしてナイフを置いてきた?」

 ビスコッティのナイフ技は、屈強なこの学校の警備部の人間でさえ、一目置くほどの強さだった。

「……ただのご飯だと思って、迂闊でした」

 ビスコッティがため息を吐き、素早くあたしのホルスターから支給品の拳銃を抜いた。

「それ、整備してないよ。卒業生からのお下がりだから、まともに動作するかどうか……」

 あたしは苦笑した。

「なんで整備しないんですか!!」

 ……ビスコッティに怒鳴られた。

「だって、有事以外は拳銃に弾丸を入れる事は禁止されているし、無駄だと思って……」

「それが甘いんです。今は有事です!!」

 ビスコッティが私に拳銃を返し、自分のを抜いたがバラバラに分解して床に落ちた。

「……あたしより酷いじゃん」

「……普段、ナイフしか使わないので」

 ビスコッティが肩を落とした。

 なぜか分からないが、あたしはいつも嫌がらせの対象になるようで、この程度は序の口だった。

「で、なんなの?」

 あたしは両手を挙げて、小さく苦笑した。

「……二人とは想定外だったが、一緒にこい」

 私とビスコッティは適当に縛られて担がれ、廊下の途中にある通用口から外に連れていかれ、校庭の体育倉庫に放り込まれて閉じ込められた。


「……私がいながら」

 あたしとスコーンのお姉さんを自認しているビスコッティが、すっかりしょげてしまった。

「あーあ、またこれかい!!」

 あたしは笑った。

「脱出するのは簡単だよ。慣れっこだから」

「そうですか……悲しいです」

 ここからの脱出よりも、ビスコッティが落ち込んでしまった方が厄介だった。

 まあ、ともかく。あたしは二人分の縄を切ろうと考えた。

 使うのは魔法だが、初等科では攻撃魔法に準じる魔法は、まだ授業で教えていない事あって、原則的に使用禁止である。

 しかし、あたしは出身の村にある魔法学校でみっちり仕込まれているので、攻撃魔法も使える。

 そういう新入生は、入学時に使用禁止の誓約書にサインさせられるので、あたしとて無理はしない。

 しかし、この場合は使うべきだった。

「えっと……」

 あたしは呪文を唱えた。

「エア・エッジ!!」

 真空の刃があたしの体の周りを回って縄を切る……はずだったが、効果がなかった。

「あれ、これ抗魔ロープじゃん。半端な魔法じゃ効かない」

 あたしは小さな息を吐いた。

 普通のロープと違って、魔法では切れない縄とあっては、あたしも困ってしまった。

 対策はあるが自爆魔法に近いので、これはダメだった。

「ビスコッティ、機嫌直った?」

「はい、大丈夫です。これ、どうしましょう?」

 ビスコッティが苦笑した。

「うーん、警備部が監視カメラで気が付けば……」

 瞬間、ドカンともの凄い音が響き、体育倉庫の扉がぶっ飛び、校内でよく見かける警備部の人で、群青色を着たお姉さんがワイヤーカッターを片手に笑みを浮かべた。

「うん、いたな。助けよう」

 お姉さんは巨大なワイヤーカッターで私たちの縄を切断し、自由になったあたしたちを校内警備用の車に乗せ、時間がすでにパブタイムになってしまった学食ではなく、そのまま寮まで運んでくれた。

「うん、油断するなよ」

 寮の前で私たちを下ろした車は、そのままどこかに去っていった。

「……いけね、スコーンの弁当忘れたし、あたしも腹減った」

「私が買ってきます。お詫びです」

 寮に入るとビスコッティは廊下を急ぎ足で、購買に向かっていった。

 あたしが部屋に入ると、縄傷を見てスコーンが目を丸くした。

「ま、また虐められたの。ダメだよ、戦わないと!!」

「そんな事したって、腹が減るだけだよ。今、ビスコッティが弁当を買いに行ってくれてる」

 あたしは笑った。

「そっか、ならいいけど……。今日の勉強は終わったよ。ご飯食べたら寝よう!!」

 スコーンが椅子から立ち上がって、大きく伸びをした。

「そうだね。疲れたよ」

 あたしは笑って寝間着に着替え、小さく笑みを浮かべたのだった。

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