第60話 おかしいだろうが
まだまだ食べられるな。なんて自分の腹の具合を考えながら隣を見やると、こちらを見ていた綿岡と目があった。
「まだ食べられそうか?」
「もちろん、これくらいなら」
「じゃあ、から揚げを食べないか。さっき気になった屋台があったんだ」
そこからは色んな屋台を回って、食べたいものを少しずつ購入して食べることにした。
から揚げに始まり、フランクフルト、イカ焼き、焼き鳥、ポテト。
最後にリンゴ飴を食べたいという綿岡、俺はあまり好きではなかったから、隣の屋台でかき氷を購入した。
イチゴのシロップに練乳がかけられている。美味そう。
屋台のお兄さんから受け取ってストローのスプーンで一口パクリ。
火照った身体に染みわたる。たまらん。
「美味しそうだね、かき氷」
リンゴ飴を購入して、こちらにやってきた綿岡。
「あぁ、美味いよ」
「リンゴ飴、わたし初めて食べるんだけど、思ったよりサイズ小さいかも」
「小ぶりな品種を使ってるって聞いたことがあるな。普段食べてるようなリンゴで作ると大きくて食べきれないだろ」
「確かに」
近くのベンチが空いてなかったので、通行人の邪魔にならないように、道の端で食べた。
綿岡は終始楽しそうで、パリパリとリンゴ飴を食べ進めている。
一口が小さいのもあって食べにくそうだが、美味しいようだ。
「ねえ、かき氷ちょっと欲しいって言ったらダメ?」
その途中、綿岡にそう言われたので「いいよ」と返答する。
「やった、ありがとう」
しかし、すぐにどうしようかと迷った。ストローのスプーンは俺が使っているものしかない。
さっきの屋台に行って一本貰って来ようとしたその時、彼女はこう付け加えた。
「今、両手塞がっちゃってるから、食べさせてほしいな?」
その発言に少し戸惑った。もろ間接キスだから。
成人してこんなことに一々どぎまぎしているのもどうかと思うが、彼女を意識して今日告白しようと決意したタイミングで、こんな機会が訪れたら多少は動揺してしまう。
「ほれ」
と言っても、俺も大人だ。その戸惑いを彼女に察せられるわけにはいかない。
普段通りの表情で、かき氷をすくって差し出した。
途端に、目の前で固まる綿岡。大きな瞳を揺らして、ちょっぴり頬を紅潮させて「えっと……」とためらっている。
「なんで頼んでおいてためらうんだよ」
そんな彼女に思わずツッコミを入れた。おかしいだろうが。
「いや、その……
「俺の感性はそこまで
ほれほれと彼女を急かすように、口元にかき氷を突き付ける。したがな。バレてないからセーフだ。
綿岡は動揺しながらも、スプーンの上にのったかき氷を食べた。
「……冷たくて美味しい」
「それはなにより」
純粋な疑問だけど、なんでためらうなら綿岡は食べさせてほしいなんて言ったんだ?
意識しないようにしていたから触れなかったけど、食べさせてくれと言った彼女は間接キスなんて気にしませんといった感じだった。
なのにどうして、いざ俺が彼女に応じるとそんな反応をする。
俺をからかっただけだろうか。だとしたら、残念だったな。自爆しただけだ。
「もう一口食べるか?」
「……うん、食べる」
食べるのかよ。
お返しに俺からもからかってやろうと思ったが、素直に受け入れられてしまった。
ストローにかき氷をのせて差し出すと、また綿岡は頬を染めたまま食べた。
「間接キスだけど、大丈夫か?」
彼女もわかっているだろう。わかっていなければ、ためらう動作は見せていない。
だがあえて言ったのは、意識させてやろうと思ったから。
この後告白するんだ。これくらいの積極性は持たないといけない。
綿岡はコホンと咳払いして言った。
「他の男の人とするのは嫌だけどね、硲くんとなら嫌じゃないよ」
「お、おぉ、そうか」
バクバクと心臓が激しく脈打つ。それってどういう──。
「ふふ、今度は良い反応してくれたね」
「俺を
「人のこと言えないでしょ」
俺の察する通り、からかっただけのようだった。心臓の鼓動が急速に落ち着いていく。
──あれ、他の男は嫌じゃなくて、なんで俺だけいいんだ?
彼女がからかったのはわかったが、嫌なら俺が差し出したものを演技でも口にしないだろう。
綿岡は真っすぐ俺の瞳を見ていた。視線が絡む。今日はやけに目が合うような気がする。
彼女の頬は紅い。俺もおそらく同じだ。
『もうすぐ花火の打ち上げが始まります──』
アナウンスが鳴った。時計を見ると八時過ぎ。
「ずっと立っているのも疲れるし、座って見たいね。どこか空いてたりしないかな」
綿岡に訊ねられた。
「良い場所があるんだ。そこで見よう」
******
完結まであと2話。
残りの2話は文字数多めです。
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