第48話 散策と遭遇
お盆休みは終盤に突入している。
地元に帰ってきてから、友達と遊んだり家族とご飯を食べに行ったり、毎日何かしらの予定があったけど、今日は朝から晩まで暇だった。
リビングのソファの上でスマホを弄りながら、ごろごろと寝転がって時間を潰す。
写真フォルダを開き、この長期休暇のうちに撮った写真を見返していると、勢い余って先日行ったコラボカフェの写真が出てきた。
作中の料理を再現したメニュー、オフィシャルストアで購入したグッズたち。こっそり撮ったプリントTシャツを着用した硲くんの後ろ姿。
楽しかったなぁ。
こんな写真を見ていたら、パピロンがしたくなってくる。
ここ最近、暇さえあればゲームをプレイしていた。それこそ、指にたこができるくらい。
休日はそれが顕著で、一日のほとんどをゲームで潰してしまうこともあった。
良くないのはわかっているけど、わたしももう大人だ。自由にゲームをする権利はある。
そんな体たらくだから、たった今ゲームが無い予定の無い日に、何をすればいいかわからなくなっているわけで。
わたし、ゲームにハマる前まで休日をどう過ごしていたっけ。
社会人になってからは、目覚ましを付けずにお昼まで寝て、起きたらぼーっとテレビを眺めていることが多かったような……。
ダメだ。何もせずに過ごしていた。参考にならない。
実家に持って帰ってきたら、お母さんがうるさいだろうなぁと考えて、下宿先の部屋に置いてきたけど、とっても暇だ。
よくよく考えたら、あのゲーム機ってテレビに繋げなくてもできるし、持って帰ってきて自分の部屋でやればよかった。
馬鹿だなぁ、わたし。
なんとなくゲーム用のSNSアカウントを開いてみると、一番上に硲くんの呟きがあった。
『蟹、美味い』
添付されている蟹の抜き身とお鍋の写真を見つめる。いいなぁ、蟹食べてる。この調子なら風邪は治ったのかな? 良かった。
彼もお盆休みを楽しんでいるだろうか。
最後に会った硲くんは、熱があったせいかもしれないけど、少し元気が無かったような気がする。
しっかり楽しんで、元気を取り戻してくれていたらいいな。
「優菜ー」
キッチンで昼食に使った食器を洗っていたお母さんに呼ばれた。身体を起こす。
「はーい」
「暑い中ごめんだけど、夕飯のお遣いに行ってきてくれない?」
「いいよ、暇だし。夕飯は何にするの?」
「オムライスの予定」
「やった」
オムライスは好物だった。
このままだと一日ソファの上で過ごしそうな気がしていたから、ちょうど良かった。
部屋着だったので着替えようと立ち上がり、自室に向かう。
「ちょっと待ってね、お金渡すから」
「ううん、いらない。わたしに払わせて」
社会人になったんだから、これくらいは出したかった。
キッチンの隣を通りかかった時、良いことを思いついたので、振り返って訊ねる。
「ねえ、お母さん。夕飯のお遣いってすぐに行ってこなきゃダメ?」
「全然、ご飯作り始める時にあればいいけど……どうして?」
「久しぶりに地元に帰ってきたから、どこか変わったところが無いか散策してこようかなと思って」
「そんな短期間で変わってないわよ」
地元を出てから数か月ほどしか経ってないので変わってないのはわかるけど、これは出歩くための建前のようなものだ。
気分転換にお洒落をしていこう。
黒のシャツに白のサロペットを合わせて着用し、麦わら帽子をかぶる。夏って感じ。
化粧をして日焼け止めクリームを塗って車庫にやってくると、先日友達と会うために久しぶりに足になってもらった自転車を見つけた。
高校に通学するために買った新品の自転車は、五年以上経った今では所々錆びついてしまっている。
この前乗った時は挙動が少しおかしく感じて、ガタがきているのかなと思ったけど、まだまだ乗れそうな感じもした。
跨って、ゆっくりと漕ぎ出す。日差しが強い。
「どこから回ろうかな」
声に出して呟く。
とりあえず町内をぐるりと一周回ってみよう。そう結論付けた。
#
ゴールデンウィークに一度帰ってきたけど、こうして町内を回ることは無かったから、ちゃんと出歩くのは約半年ぶりになる。
お母さんは短期間でそんなに変わらないと言っていたけど、案外変化はあった。
市営住宅の近くにあった学習塾が無くなって駐車場になっている。子供の頃、何度か連れてきてもらったイタリアンがケーキ屋に変わっていた。
住宅の数も増えているように思うし、人口が増加したのだろうか。
町内の目ぼしい場所は全て回り終えたので、そろそろ買い物に向かおうかなと考え始めた。
けどその前に、この喉の渇きを何とかしたかった。
飲みものを買おう。
近くに比較的安い自動販売機があるので、そこに向かう。
人の行き交いが無かったので、自転車を歩道に乗り上げよう。小さな段差を自転車に乗ったまま超えたその時だった。
ぎゃりぎゃりと音を立てて自転車の制御が効かなくなった。
「わっ」
慌ててブレーキをかけるも、止まらない。前方にあった電柱にぶつかりそうになって、無理やり両足で止めた。
ほっと胸を撫でおろす。あとちょっとでぶつかるところだった。ぎりぎりセーフ。
……けど。
「どうしよう」
しゃがみこんで自転車を見ると、大胆にチェーンが外れてしまっていた。
「無茶させちゃったかなぁ、ごめんね」
まだまだ乗れそうという自分の評価は間違いだったことに気づく。
外れたチェーンなんて自分では直せない。サイクルショップに持って行かないと。
ため息を吐くと、背後から「大丈夫ですか?」と声を掛けられた。
後ろを振り向くと、知っている顔がわたしを見下ろしていた。
視線を合わせた瞬間「え」と呟いて、気まずそうに口角歪めた目の前の彼。
わたしも似たような表情をしていると思う。
「優菜」
「樹くん」
かつて別れた元恋人がそこに立っていた。
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