第42話 どす黒い感情

「いや、そういうのではないよ」


「そうなんですね、いかにも恋人っぽいペアルックをしてたので、そうかと思っちゃいました。ねえ、隼人くん」


「そうだね、後ろ姿を見ていると、パピロン好きのカップルがいるなあくらいにしか思わなかったよ」


 それに関しては、否定の余地がない。俺たちもそう思ったし。


「さっき近くのオフィシャルストアで一緒に買ったんですよ。それがたまたまペアルックみたいになっちゃって」


「そんな感じ」


 綿岡は特に照れた様子など見せず、平然とした顔で答える。槍を投げられても相槌を打って避けられるくらいには、俺も冷静だった。


 激しく否定したところで、俺の綿岡に対する好意が筒抜けになるだけだ。


 ……まあ、彼らは俺の気持ちを知っているだろうが。綿岡もいるからな。


「他にもたくさん買ったんですよ。例えば──」


 喋っている途中、突然綿岡は「あ」と声を出して固まった。

 

「どうした?」


「商品の入ったレジ袋、店内に忘れちゃった。取ってくるね?」


 そう言って、正面の二人にお辞儀をした後、彼女は店の中へと戻っていった。言われてみると、確かに持ってなかったな。


 一人取り残された俺。ニマニマと口角を上げて俺を見つめてくる小寺カップル。


「……なんでしょうか」


「いやぁ、順調そうだなぁと思って」


「優菜さん、すごく綺麗な方ですね。硲さんに素敵な彼女さんができそうでなにより」


 小寺一人なら強く出られるが、琴美さんもいる以上、そうはいかない。


「順調もクソもないけどな、付き合おうっていう気持ちはないから」


 落ち着いた口調でそう言うと、琴美さんは眉をひそめて不思議な物を見るような目で見上げてきた。何か言いたげだった。


 目があってしまったので逃げるように小寺を見ると、彼ともしっかり視線が絡まった。


「二名様でお待ちのコデラ様。ご案内させていただきます」


「呼ばれちゃった」


「ことちゃん、先に行ってて。もう少し硲と話したい」


「えー、わたしも話したいよ。……あ、男同士の話ってやつかな?」


「そうそう」


「そっか、それならごゆっくり」


 後で聞かせてね? と小寺に言い残した琴美さんは、店員さんに連れられて店内へと消えていった。物分かりの良い彼女だな。


 ──で。


「なんだよ」


 今の自分が、見なくても不貞腐ふてくされた顔をしているのがわかった。


 綿岡とのことを追求されるのは、話の流れで理解していたから、そんな顔にもなる。彼女とのことは、正直触れないで欲しかった。


 自分でもどうしたいのか、どうしていいかわからないから。この複雑な気持ちを消化するには、まだ時間が必要だ。


 だが、小寺の発した言葉は少し毛色が違った。


「硲がなんでそんなに強情なのか知らないけどさ。後悔しないようにしなよ」


「……それはどういう──」


「優菜さん、前にモテそうだって言ったよね。可愛い子だし、捕まえておかないとすぐに彼氏できちゃうよ」


 俺の言葉を途中で遮るように、そう口にした小寺の瞳は優しく、だが諭すような意思が感じられた。


 その彼の瞳と言葉が、なんだか無性にしゃくさわった。


「知らねえよ」


 自分の返答がつっけんどんだと言ってから思った。少し反省したが、すぐに別にいいやと考えを改めた。


 小寺は、俺の考えていることを想像して、その言葉を口にしたのだろう。


 彼は俺が過去に綿岡にフラれたことも知っている。


 だから、俺が何かつまらない意地でも張って、その態度を貫いているのだろう。そう高をくくっているかのように、俺には思えた。


 ──お前に何がわかる。


 どす黒い感情が心のそこで沸々と湧き上がるのを感じた。


「……硲?」


「ごめん、お待たせ」


 綿岡が戻ってきて、はっとした。


「あ、あぁ、おかえり」


 心配そうに眉を下げる小寺に気づかないふりをして、笑顔を作った。


「綿岡も帰ってきたし、俺ら帰るわ。早くいかないと、琴美さんが料理を頼めずに困ってるだろうよ」


「それはそうなんだけど……」


「帰ろうぜ、早くランクに潜ろう」


 俺の行動は強引だったと思う。逃げるようにしてその場から離れると、会釈をして踵を返した綿岡に訊ねられた。


「どうかしたの?」


「何が?」


「少しぎくしゃくしてるような感じがしたけど」


「どこが? 普通だぞ」


「本当?」


 綿岡はいぶかしんでいたが、すっとぼけていたら「わたしの勘違いかな?」と独り言ちていた。


 強引に離れて正解だった。


 あのままだと、確実に小寺に八つ当たりをしていた。


 電車に揺られて、下宿先の最寄り駅まで到着すると、ぽつぽつと雨が降っていた。


 綿岡の折り畳み傘には、二人分入れるスペースはなく、何とか入れようと試みる彼女を笑って止めた。


「こんなの降ってるうちに入らないだろ」


 俺がそういうと、綿岡も傘の外に手を伸ばす。


「確かに。これならわたしも傘をさすのやめよっかな」


 実際、小雨に満たないレベルの雨量だった。ただ雲は分厚く、まだ夕方にもなっていないというのに、外はやや暗く感じた。


 俺の心中と同じような空模様だった。


 帰って二人でランクマッチを遊んだが、一時間ほどして俺は適当な言い訳をしてやめた。


 今、綿岡と喋りたくなかった。

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