第19話 マッチングアプリ

 今どき、マッチングアプリを使っている人間は多いし、普通のことだとは思うが、なんとなく綿岡に知られたくはなかったから、恭平に制止を促す。


「高校時代の友人だよ」


 な、と綿岡に視線を送ると、彼女はニコッと微笑んだ。


「綿岡優菜です」


「へえ、優菜ちゃん。俺は林恭平です。よろしく」


 恭平のやつ、いきなり綿岡を下の名前で呼びやがったぞ。少しイラっとしたので、横目で睨んでおく。


 友人、ねえ。と意味ありげに呟く恭平はにやにやと口角を上げた。


「……なんだよ」


 怪訝に眉を顰めると、彼は小さな声で耳打ちしてきた。


「良介って地元ここから遠いだろ? わざわざ会いに来てくれたのか? こんな可愛い子が。ひゅー、憎いねえ」


「あのなぁ」


 口調がうざかったので、耳たぶを引っ張ってやった。


「いててて」


 そんな俺たちのやり取りを見ていた綿岡は、くすくすと笑いながら口を挟んだ。


「わたしたち隣に住んでるの。ね、硲くん」


「あ、あぁ」


 聞こえてたのかよ。絵に描いたような馬鹿な男のやり取りをしていたから、聞かれてしまったのはかなり恥ずかしい。こほんと咳払いして、彼女の発言を補足する。


「偶然、俺の家の隣に住んでてさ。そういった経緯があって、仲良くしてるってわけ」


「へー、世間は狭いな」


「だろ? 俺も思う」


「これは小寺を交えて会議かなー」


「なんでだよ」


 面白い玩具を見つけたと言わんばかりに、好奇心に満ちた瞳を爛々と輝かせる恭平。月曜日が少し怖いな。


 その時、ラインの通知音が鳴った。その音は、恭平のズボンのポケットから聞こえた。


 手に取ったスマホを見て「あー」と呟く恭平。


「彼女外で待ってるらしいから行かないと」


「置いてかれてんじゃん」


「残念、もうちょっと良介を弄りたかったんだけどな。ま、二人の邪魔をしても悪いし、とっとと退散するか」


 恭平はじゃあな、良介、優菜ちゃん、また。とへらへらした顔で手を振り、去っていった。


 場を荒らして早々の退散、嵐のような奴だったな。


「愉快な友達だね」


「悪いな」


「うん、全然」


 たこ焼きを食べ終わった綿岡は、水で喉を潤している。雑談の途中で、「さっきの話だけどさ」と彼女が話題を振ってきた。


「硲くんって、その……女遊び酷いの?」


「……は?」


「林くんの話では、マッチングアプリの女性とたくさん会ってるみたいに聞こえたけど」


 さっきの恭平の発言。


 ──新しい彼女? 大学……では見たことないな。またマッチングアプリか?


 これは誤解を生んでも仕方がない。


 あいつ、マジでこれから出席届代わりに出してやらないからな。


 綿岡はじとっとした目つきでこちらを見てくる。


「硲くん、昔は真面目な印象があったのに。今ではプレイボーイになっちゃったか。時の流れは残酷だな」


「おいおい、早合点するな」


 てか、プレイボーイは死語だろ。いつの時代の言葉だよ。


 からかっているのか本気で言っているのかわからない彼女に、首を横に振って訂正する。


「逆に訊きたいんだけど、そんなことする人間に見えるか?」


「うーん、ちょっと?」


「それは心外すぎる」


 それなりに誠実に生きてきたつもりだから、その発言はショックだった。


「ふふ、冗談だよ」


「嫌な冗談はやめてくれ」


「で、実際どうなの? マッチングアプリ、使ってるんだ?」


 やけに問いただしてくるな。


 黙っていたら、俺のイメージが悪くなるだろう。嘘を吐くのは気が引けるし、正直に答える。


「正確には、使っていたかな」


「きゃー」


「なんだその茶化し方。もうアプリはアンインストールしたから、使ってない」


「ということは、それまでたくさんの女の子に会っていたってことだね」


「そんなわけないだろ、会ったのは一人だけ。元カノかな」


 やり取りをした人間は何人かいる。けど、皆そこまでには至らなかった。


「マッチングアプリで出会った人と付き合ったんだ?」


「あぁ、上手くはいかなかったけどな」


「それは仕方がないよ。恋愛ってとっても難しいから」


 と、どこか達観したように吐き捨てる綿岡。


 気になっていたことがある。綿岡のこれまでの恋愛遍歴だ。俺は高校を卒業して以降、短大生時代の彼女を知らない。


 今なら彼女にそれを訊けるタイミングだと思い、話を切り出した。


「お前も、結局別れたんだもんな。いつ別れたんだ?」


「高校を卒業してすぐだよ。好きだったけど、裏切られちゃった」


「裏切られた……というのは?」


「浮気だよ」


 彼女が浮気された話を訊いた。良くある話だった。


 高校受験に向けて、勉強に集中するために連絡を取り合うことを控えていた時期に、綿岡の彼氏が塾で知り合った女の子と浮気していました。


「何をしてたかとか、具体的なことは言わないけどね。わたしがいるのに他の女の子とそういうことしちゃうんだって思うと、すーっと気持ちが冷めちゃって」


 綿岡は彼氏の浮気を知ってから、それを信じたくなかった綿岡は彼氏の人となりを色々と調べたらしい。


 すると、綿岡と連絡を取り合っていなかった期間に、内緒に女の子と遊んでいたと。それも複数人。


「とんでもないな」


「でしょ? すごく誠実な人だと思ってたのにさ。それでもういいやってなって、別れちゃった」


「災難だったな」


 本物のプレイボーイは綿岡の元カレのようで。


「硲くんは、そんなことしちゃだめだよ」


「しねえよ」


「どうだか、元カレも口ではそう言ってたよ」


 綿岡の元カレを思い出す。運動部で、背が高くて、顔もそこそこいい。少なくとも俺よりは。


「いや、俺はしないわ」


「言い切ったね」


「だってそもそも、複数人の女の子からモテるような機会が無い。一人に好かれることすらなかなかできないのに、恋人をないがしろになんてできるかよ」


 それで、恋人にフラれたら本末転倒だしな。せっかく自分のことを好きでいてくれる相手を裏切るような真似はしたくない。


 そういう遊びをするなら、別れてからするかな。


 俺の言葉に綿岡はふふと笑った。


「確かにそうかもね」


「おっと、馬鹿にしてる?」


「ううん、褒めてる褒めてる」


「それは嘘だろ」


 モテない部分を肯定されて複雑な気持ちだが、彼女は笑顔になってくれた。


 自虐的な笑いを取ってしまったが、彼女の表情を見ているとまあいいかと思えた。

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