第39話「サンデーと黒スーツ」
【辰守晴人】
――フーと一緒に訪れた喫茶店は、なんというか個性的な店だった。個性的な従業員、というのが正しいかもしれない。
俺とフーが注文を済ませてしばらくすると、前髪さんとも青髪さんとも違う、ちんまりとした従業員が料理を持ってきた。
「むはぁ、コーヒーとマシュマロココア、それにスペシャルバブルガムサンデーだよーん」
「あ、ありがとうございます」
運ばれてきたコーヒーと、マシュマロココアは当たり障りのないものだったが、サンデーが凄かった。
巨大なガラス製の器に盛られたサンデーは、大量のフルーツやクッキー、ティラミスにプリンと、とにかくあるもの乗っけと言わんばかりのごちゃつきようだった。
普通ならとても一人で食べ切れるような量ではない。普通なら、だが……。
フーの奴は、俺がコーヒーを飲み切る前に巨大サンデーをペロリと平らげてしまった。見ているだけで胸焼けしそうだったが、なんとフーはおかわりを所望した。
「むはぁ、私ちゃんのスペシャルサンデー、随分お気に召したみたいだなー! 自信作だから嬉しいぞー」
注文を取りに来たのは、さっき料理を持ってきた従業員だ。灰色の髪に赤い瞳、見るからに日本人じゃない。
「このサンデー、あなたが作ってるの? すっごく美味しいね!」
「むふふ、褒めてもビタ一文負けねーよーお嬢ちゃん」
妙に特徴的な喋り方の人だ。お嬢ちゃんと言うが、傍目にはフーと同い年か、背が低い分年下に見えるけど。
「ここって最近できたお店なんですか? 温泉街のパンフレットに載っていなかったんですけど」
「むふぅ、なんと今日開店したばっかりだよー。さらに言うとオメーらが客第一号だしなー」
なるほど。であればパンフレットに載っていないのも頷けるし、席に案内をしてくれた前髪さんがやけに緊張していたのも納得だ。
それにしてもこの人、喫茶店の従業員にしては随分な喋り方だ。外国の人だからまだ日本語をよく分かっていないのか。不思議と悪い気にはならないから別に問題ないが。
「そうだったんですか、コーヒーも美味しいし、宣伝しときます」
まあ、宣伝と言っても龍奈と櫻子くらいしかいないけどな。いやしかし、龍奈に言ったら蹴りを喰らいそうだからやめておくか……。
「むはぁ、よく見ると可愛いやつだなー。ちょっと城に連れて帰りてーぞオメー」
「……はあ、どうも?」
城がどうとか、やはりどこかまだ日本語が怪しいけど、悪い人ではなさそうだ。
その後運ばれてきたサンデーは、さっき頼んだやつよりさらに大盛りになっていた。
むはぁの人が去り際にウインクしていたから、サービスしてくれたのだろう。
見てるだけでもお腹いっぱいになる量だが、フーは大満足したようだった。
* * *
山の中に急に現れた立派なチャペルは、見ているだけでまるで外国に来たような気分になった。
ブライダルフェアは正直よく分からないが、これを見れただけでも来た価値は充分にあった……そう思える荘厳さだった。
標識に従って、チャペルをぐるっと回るように進むとこれまた立派な建物が現れた。
「ここで受付でいいんだよな、それにしてもこんな山の中にあると、コラ画像みたいだな」
「……コラ画像ってなに? まあ、いいや……早く行こうよハレ!」
フーに手を引かれて、俺は建物の中に入って行った。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。本日はどのようなプランをご利用なさいますか?」
建物の中に入るなり、スーツを着た女性の係員が出迎えてくれた。さっきの喫茶店と違って、普通の人っぽい。
「伊里江温泉に宿泊しているんですけど、そこの中居さんに勧められて来たんです。実はどういう施設かもよく分かっていなくて……」
「伊里江温泉御宿泊のお客様ですね。では、こちらからいくつかプランをご提案させていただいても宜しいですか?」
「ええ、その方が助かります。すみません、なんか冷やかしみたいですけど……」
「いえいえ、お気軽にブライダルを体験していただくのが当社の理念ですから。それに体験していただいたたくさんの方が、当チャペルで式を挙げてくださるので、お客様もお気に召していただけましたら、是非当チャペルをご利用くださいね」
とても感じのいい係員さんに、少し心を打たれながら俺は奥へと案内された。
「――では、まずは館内のご案内をさせていただきます」
係員の人に促されるまま、俺とフーはブライダルフェアを満喫した。
披露宴で出される料理の試食は、フルコース試食というやつで普通に量があって驚いた。
フーの奴はついさっきまで特大サンデーを食べていたとは思えないほど張り切って試食していた。胃がブラックホールにでも繋がっているのか。
その後にあったのは模擬披露宴。俺たちの前に模擬挙式を挙げているカップルがいたので、その参列者という形で体験した。
ウェディングドレスに身を包んだ花嫁を見て、フーは目をキラキラと輝かせていた。旅館での浴衣も似合っていたけど、きっとフーはウェディングドレスも似合うんだろうなと、ふと思って勝手に恥ずかしくなった。
「――では、最後に模擬挙式と写真撮影でございます」
俺とフーは、ドレスとタキシードの試着のために別々の部屋に案内された。タキシードなんて初めて着るが、係員の人が試着を手伝ってくれたのでつつがなく済んだ。
「――可愛らしい彼女だな」
試着室を出た後、フーの試着が終わるのを待ち合い室で待っていたら、急に声をかけられた。
「……はあ、えっと……」
「……おっと、急に話しかけて悪いな……さっき俺達の模擬挙式に参加してただろ? 今度は俺たちが模擬披露宴でな、拝見させてもらうよ」
声の主は黒スーツを着た男で、よく見るとさっきの模擬披露宴でタキシードを着ていた新郎だった。
「ああ、そうなんですか。よろしくお願いします」
「――彼女さん、外国の方ですか? とっても綺麗な金髪ですよね」
男の人の傍から、女の人が現れた。この人はウェディングドレスを着ていた新婦の人だ。
凄い美人だけど、なんだか眼が怖い。何というか、神様はこの人の眼にハイライトを入れ忘れたのだろうか……吸い込まれそうな漆黒だ。
「えっと、そうですね。こんなとこに来ておいてなんですけど、実は最近知り合ったばかりでどこの国かは知らないんです……」
「……最近知り合ったばかり、ね」
カップルが一瞬視線を交わしたように見えた。初対面なのにやけにぐいぐい来るな、この人達。
「……披露宴、楽しみにしていますね。行きましょうかダーリン」
怪訝に思っていると、女の人が男の人を引っ張って行ってしまった。それにしてもダーリンときたか、ラブラブだな。
* * *
「……おまたせ、ハレ……どうかな、似合ってる?」
ウェディングドレスに着替えたフーは、後光がさして見えるほど可愛かった。いや、可愛いなんて言葉じゃ控えめ過ぎるくらいだ。
もはや一種の神々しさのようなものが漂っている。今ならどこの国出身か分かる。彼女は女神の国出身です。はい。
「……めちゃんこ可愛いかよ」
「ありがとう……ハレもカッコいいよ!」
今のは無意識に心の声が漏れただけなのだが、フーはくしゃっと微笑んでそう言った。
「……お時間おかけして申し訳ありません。フー様とてもお綺麗ですので、私共もつい気合が入ってしまいました」
「いえ、気持ちは分かります。むしろありがとうございます」
伊里江温泉の中居さんには感謝してもしきれない。まさかブライダルフェアがこんなにも素晴らしいものだったとは、この後旅館に戻ったらきちんとお礼を言っておかなければならないな――
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