第19話「三角関係とコウノトリ」


 【馬場櫻子】


 レイヴン襲来の騒動の後、わたし達は再び最初に連れてこられた応接室のような部屋に集まっていた。


 鳳さんは身体の調子も元に戻ったようで元気そうだ。


 いや、どちらかというとマゼンタさんが言った『スマホくらい好きなの買い直してあげるから』というのが効いたのだと思われる。それも抜群に。


「ったく、さっきの奴らは何だったんだよ」


 新しく出された紅茶に手をつける気配のないヒカリちゃんは、すこぶる機嫌が悪い。


「一人はバブルガム・クロンダイク。鴉の初期メンバーで、あのとおりトラブルメーカーよ。もう一人は初めて見たから最近加入した魔女かしらね」


 バブルガム・クロンダイク……末席を汚す、とかなんとか言ってたのに初期メンバーだったのか。ということは、もしかして鴉の中でも割と偉い人なのでは?


「やっぱり、ローズさんも元は鴉のメンバーだったんですか?」


「ええ、そうよ。とは言っても鴉が分裂する数年くらい前に加わったから期間はすごく短いんだけどね」


「ちなみに私もローズとは同期にあたるのよ。鴉はめちゃくちゃな奴が多かったけど、あのバブルガムは特別やっかいな奴ね。忌々しい」


「あら、でも貴女昔はバブルガムによく懐いてたじゃない。告白までしてたし」


「ふぁっ!? わ、忘れたわよそんな昔の話!」


 マゼンタさんが顔を耳まで真っ赤にして狼狽している。


 わたしはマゼンタさんが女の人を好きだということに若干の衝撃を受けたけど、それを初対面のわたしたちの目の前で勝手にカミングアウトしたローズさんにも驚いた。言っちゃっていいんですかそれ、みたいな。


 それにしても、さっきのバブルガムさんに対する態度といい、名前を間違えて覚えられていたところから察するに、たぶんフラれたんだろうな。マゼンタさん。


「盛り上がっているところに水をさすようで申し訳ありませんけれど、まだ本題に戻りませんの?」


 熱川さんが少し呆れたような声でそう言った。


「あらごめんなさい。脱線しちゃったわね。」


 ローズさんは手に持っていたカップを置いて姿勢を正した。


「先に言っておくと、今日伝えたかった用件は三つよ。一つ目はさっきも説明したヴィヴィアンのこと。二つ目は魔女狩りについてのこと。三つ目は鴉のことについて」


「ヴィヴィアンの件については正直こちらも情報が無いから、具体的な事を言えなくて悪いんだけど、用心はしておいて欲しいの」


 わたしはヒカリちゃん達と違って、まだ社長、ヴィヴィアンさんに会ったこともない。


 いったい何をどう用心したらいいというのだろうか。


 正直、八熊さんに渡された書類に判子を押してしまった時点で、何か取り返しのつかない事に巻き込まれた感じが否めない。


「それと、隠しても仕方がないから言っておくけど、近々貴方達の会社にうちから一人、魔女を派遣するつもりよ」


「目的はもちろんヴィヴィアン、及びVCUの活動の監視と報告。実質スパイみたいなことになってしまうけど、貴方達と同世代の若い魔女だからどうか邪険にせず仲良くしてあげてほしいわ」


 魔女協会セラフから魔女を派遣、つまりは派遣社員としてVCUで働くということ? 決定事項のように話しているけど、そんなことを社長や八熊さんがはたして了承するのだろうか。


 気になったけど、ヒカリちゃん達は今の話に特に質問をするでもなく、黙ってローズさんの話に耳を傾けているので、わたしも取り敢えず聴きに徹することにした。


「で、魔女狩りについてだけど、生き残った構成員達がどうやら一箇所に戦力を集め出しているみたいなのよね」


――生き残った構成員。


 確かさっきの話では、魔女狩りは鴉によってほとんど狩りつくされたって言っていたけど、元の規模が分からないために残ったという生き残りの数も今ひとつピンとこない。


「一箇所にって、どこにですか?」


「貴女達が住んでいる国、日本よ。実はここ最近で既に十数名の魔女が消息不明になっているの。痕跡からして魔女狩りの仕業だと断定しているわ」


「出来るだけ人目の少ない場所には行かずに、常に二人以上で行動すること。まあ、魔女狩りに関してはヴィヴィアンがついてるなら大丈夫だと思うけど」


――衝撃だった。


 魔女狩りについて、規模のこともそうだけど、存在自体がわたしにはどこか現実味のない話に思えていたからだ。ローズさんが本当の話をしているのは分かっている。うんと昔から魔女を迫害して、殺してきた話も疑っているわけじゃない。


 けれど、わたしはさっきまで、歴史の教科書に書いてある『〇〇年〇〇の乱勃発』という文字を読んで感じるような、昔はそんな事があったんだ、という程度の認識しかもっていなかった。


――現在いまに結びついていなかったのだ。


 鴉の魔女を目の当たりにしても実感は湧かなかったけど、わたしが今住んでいる日本に居て、既に被害にあっている魔女がいると聞いて、ようやく現実味が湧いてきたのだ。実に臆病なわたしらしいことである。


「魔女狩りがそこまで大っぴらに動いてんなら鴉が黙ってねぇんじゃねぇのか?」


「そう、それが三つ目。どうやら鴉も拠点の一つを日本に移したみたいでね、あの組織はいろいろ問題のある魔女が集まっているから注意して。見かけたり勧誘されても関わってはだめよ」


 ローズさんは少し険しい表情でそう言ったが、わたし達はさっき既に、くだんの鴉と自己紹介を済ませた仲なのだ。やはりあれはまずかったんじゃないだろうか。


「実際、十数年前にもレイヴンの毒牙にかかった魔女がいたしね」


 壁にもたれかかっていたマゼンタさんが、顔を伏せながらそう言った。


「どういうことですの? 鴉は魔女狩りを狩る組織ではありませんの?」


「あいつらもロボットじゃないわ。個人の欲望を優先する場合もあるってことよ」


 同族の魔女を守るために結成された組織の筈なのに、魔女を手にかけるなんて道理に外れている。鴉はわたしが思っているよりもずっと危険な組織なのかもしれない。


 魔女狩りに加えてそんな危ない組織まで日本に集結してるなんて、ローズさんが無理矢理わたし達を連れてきた理由が分かった気がする。


「私からの話は以上だけど、何か質問はあるかしら? 可能な範囲なら答えるけど」


「別に、アタシは特に無い」


わたくしもですの」


「あの~スマホだけどさ~最新機種の一番高いグレードのやつでもいいの~?」


「……好きなのを選ぶといいわ。無理矢理連れてきたせいでこうなったんだしね」


 鳳さん、ここに来てからスマホの話しかしてなくない?


「……あの、今回の件にはあんまり関係ないことかもしれないんですけど」


「なんでも聞いてみて。今日は魔女について見識の浅い櫻子さんに、少しでもわたし達の世界を知ってもらうという目的もあるの」


 微笑むローズさんに、後光が射しているように見えた。


 マゼンタさんが会社に来た時、ヒカリちゃんを始めみんな機嫌が悪くなったけど、どうしてこんな優しい人が率いる組織を邪険にするんだろうか。


 わたしはなんなら今すぐ例の契約書を見つけて燃やして魔女協会に鞍替えしたい。


 八熊さんの何年間か監禁される云々の話も、嘘じゃないのかと疑わしく思えてきた。


「じゃ、じゃあ質問なんですけど、どうしてロードのジューダスさんは鴉を裏切ったりしたんですか?」


 分からないことが多かったローズさんの話の中で、一番興味深かったのは鴉の話だった。


 その中でも何故裏切りが起きたのかは明言されていなかったから、実は少し気になっていたのだ。


「あら、何でもとは言ったけど意外な質問ね」  


 つい勢いで聞いてしまったけど、言ったそばから、昨日今日魔女だと分かった自分なんかが聞くような話ではない気がしてきた。


「す、すみません、わたしには全然関係のない話ですよね、やっぱりいいです!」


「――痴情のもつれよ」


「……え?」


 出しゃばった事を聞いてしまったと、顔が熱くなったわたしだったけど、ローズさんはさっきまでと変わらず、柔らかい微笑みのまま語りだした。


「ロードの三人、アイビス、レイチェル、ジューダスの三人はドロドロの三角関係だったらしいの。それが拗れて鴉はバラバラになったのよ。恋愛ってほんと怖いわよね」


 答えてくれたこともそうだけど、内容はもっと意外だった。


 まさかそんな昼ドラみたいな展開で一大組織が崩壊するなんて、誰か本にして残していたりしないものか。


――しかし今の話、前提から気になることがある。


「……あの、魔女同士で、恋愛していたんですか?」


 ローズさんはこともなさげに語ったが、同性愛の三角関係って、世間じゃ知らないけど少なくともわたしはなかなか聞かない話だ。


 そういえばマゼンタさんも女の人が好きみたいだけど、偶然なのだろうか。


「別に不思議なことじゃないでしょう、って、もしかしてそのあたりの話も知らないの?」


 ローズさんは少し驚いたような顔でわたしの顔をまじまじと見つめた。


「そ、そのあたりといいますと?」


「魔女は相手の性別を選ばずに交配が出来るの。『異単為生殖』とか『選別生殖』って言われてるわ。これは別に機密情報でも無いはずだけど、世間の人間達はあまり知らないのかしら」


 聴き慣れない単語が出てきたせいか、言葉の処理がうまく追いつかない。


「あ、相手の性別を選ばないって、つまりはどういう……」


「――つまりは、アタシと櫻子の間に子供を作れるってことだ」


 不意に、隣に座っていたヒカリちゃんがわたしの手を握ってそう言った。


 その瞬間――今までのヒカリちゃんの言動や行動が、走馬灯のように目まぐるしく脳を駆け巡った。


 やけに距離が近かったり、デートがどうとか嫁がどうとか、そういう冗談が好きなんだと思っていたけど……。


 もしかして、あれってそういう、そういうあれだったの……!? そもそもいつから!?


 それに、子供作るって、どうやって!? コウノトリさん困らせちゃダメだよ!!


――混乱に混乱を重ねたわたしの脳は、負荷に耐えきれずそこでショートした。

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