第15話「(株)VCUと魔女協会」


 【馬場櫻子】


――『株式会社VCU』

 テナント募集中の張り紙が所々に貼られた八階建てオフィスビルの四階に、この会社はある。


 従業員はわたしを含めて五人。専務の八熊さんと、ヒカリちゃん、熱川さん、それに鳳さんだ。


 社長は大抵、会社に顔を出さないらしく、日中何をしているかは八熊さんのみぞ知るところらしい。


 仕事内要は至って単純で、魔獣が出現したら出動して鎮圧、つまりは殺すことだ。


 新都は元々、魔女協会セラフから派遣された魔女が防衛にあたっていたが、うちの会社がそれを引き継ぐ形になるらしい。


 書類上、引き継ぎが終わるのが今日一杯で、わたしたちが正式に新都を防衛するのは明日からだ。


 だから昨日ヒカリちゃんが魔獣をやっつけていたけど、あれはまだ正式な仕事ではなく、たまたま近くに居たから魔女協会セラフの魔女が駆けつける前に処理したという形になる。


 魔獣三体同時出現という稀に見る災害に対して、民間人の死者がゼロということでヒカリちゃんは今朝のニュースやネットで大きく取り上げられていた。


「つーかよ、聞いたか? なんかスポンサーとかいうのが付くらしいじゃねぇか」


「らしいですわね。確か、制服まで提供していただくとか……まあ、わたくしは純粋に魔獣から市民を護りたいだけですから、広告塔のような扱いは正直言ってしゃくですの」


「別になんでもいいよ~、重要なのは出動時以外はゲームしててもお金が貰えるって事だし~」


 さっき会社を見上げていた時は、まさか女子四人でお菓子の並んだテーブルを囲って、延々と駄弁り続ける事になるとは想像もしなかった。


「あの、この仕事って、ほんとにこんな感じでいいの?」


 誰にでもなく、まあ強いて言えば三人に向かってわたしはそう言った。


「まあ、魔獣が出ねぇことにはぶっちゃけやることねぇよ」


「そもそも正式に仕事が始まるのは明日からで、今日は顔合わせがあるから集まっているだけですの。明日からも会社から支給された端末を肌身離さず持っていれば、基本的に何処で何をしてようが文句は言われませんの」


「ゲームし放題でたまに魔獣っとけばお金稼げるんだから、ぼろい商売だよね~」


 なるほど、いつもオフィスで女子会をするわけではないということらしい。


 端末とやらは、まだわたしは貰っていないけど、また今度貰えるのだろうか。


「……というかヒカリちゃん、重いんだけど」


 ヒカリちゃんは何故か十分くらい前からわたしの膝に頭を乗せている。ようは膝枕されているわけだ。


 最初はわたしもヒカリちゃんの髪ってすごい猫毛だな、なんて思いながらもふもふのツインテールをモフっていたのだが、そろそろ膝が痺れてきた。


「その重さはな、アタシの愛の重さなんだよ」


「いいからどいて」


 退きそうにないのでわたしが無理矢理立ち上がると、ヒカリちゃんは奇妙な断末魔をあげてソファとテーブルの間に崩れ落ちていった。


――コンコンコン。


 不意に、ぐだぐだで緩慢な空気が満ちたオフィスに、無機質な音が転がり込んだ。


 窓ではなく、ドアをノックする音、つまりはな来客ということ。


「誰だ? 窓から入ってこねぇってことは人間だな」


 ヒカリちゃんは地面から立ち上がってそう言った。ちなみにわたしはドアから入ってきたけど魔女である。


「お世話になっております。私、魔女協会セラフ所属魔女のマゼンタ・スコパでございます。八熊様はいらっしゃいませんか?」


 ドア越しに聞こえてきた声に、オフィスの空気が一変した。


 さっきまでの緩慢な空気が失せて、剣呑な雰囲気が立ち込める。


「セラフが何の用か知らねぇけどなぁ、八熊ならどっか行っちまったよ、出直してきな」


 ヒカリちゃんはさっきまで地面に転がっていたとは微塵も感じさせない威圧感を出し、いつもに増して刺々とげとげしい口調でドアの方へ怒鳴った。


 会社に訪ねて来た人に向かってこの対応はあんまりじゃないのかと思ったが、ヒカリちゃんの拒絶は呆気なく跳ね返されてしまった。


 ガチャリ、と開かられたドアから、招かれざる魔女がオフィスに入ってきたからだ。


「勘違いさせたみたいでごめんなさいね、別にあの死神みたいな男には用はないの。むしろ邪魔だったからちゃんと外出したのか確認しただけよ」


 確か、マゼンタ・スコパと名乗った魔女は、腰まで伸びた緩やかなウェーブの赤毛をかきあげながらそう言った。


「おい勝手に入って来てんじゃねぇぞ、つーか八熊に用が無ぇならなんだってんだよてめぇ」


 ヒカリちゃんは額に青筋を立てて、今にも飛びかかりそうな面持ちだ。 


 熱川さんはというと、ソファに深く腰掛けたまま脚を組み、眼帯で隠れていない方の眼でマゼンタ・スコパをじっと見ている。


 鳳さんはスマートフォンを横向きに倒して、何やらアプリをしているみたいだけど、横目でこっちの様子を窺っているようだ。


「貴方、死神男から口の聞き方を教わらなかったみたいね。まあいいけど。今日は用があって来たのよ」


 マゼンタさんはゆったりとした歩みでわたしたちが座るソファの前まで来ると、カツン、とヒールの音を鳴らしてこちらに向き直った。


「あの、わ、わたし今日からこの会社でお世話になってるんですけど、それってわたしもなんですか?」


「はしもちろん、というかむしろ貴女が主体の話なのよ。先祖返りの後輩ちゃん」


 なんとなく魔女協会とヒカリちゃん達があまり有効な関係でないことは察したけど、その理由なんてもちろん知らないし、そもそも魔女協会や魔女のことについてもわたしは全然知らない。


 魔法が使えるとか、魔獣と戦っているとかその程度だ。


 そんなわたしの事なんて眼中にないものと思ったけど、既に先祖返りの魔女である事を調べてきているあたり、そうでもなかったらしい。


「あら、ウチに先を越されたからといって、八熊の留守を狙って櫻子を横取りする気ですの? あまりお上品なやり方とは思えませんわね」  


 脚を組み直しながらそう言った熱川さんの言葉は、丁寧でこそあるのだが、少し怒気を孕んでいるように聞こえた。


「まあ、それも無いではない。けど、用件はもっと別よ。について、貴女達に話したいことがあるの。今すぐ魔女協会セラフの本部へ来てもらうわ」


「おい。来てもらうわ、って言われてのこのこついて行くと思ってんのかてめぇ!」


 相当頭にきたのか、ヒカリちゃんはとうとう立ち上がってマゼンタさんの方に詰め寄り、怒鳴りつけた。さっきまで膝の上で惚けていたヒカリちゃんの豹変ぶりに、わたしはどうしていいか分からない。


 止めたほうがいいよね? というか、わたしに止められるの? 熱川さんと鳳さんは何とかしてくれないの?


 頭の中は情けない自問でいっぱいだ。


「別に貴女達の同意は求めてないのよ、お嬢ちゃん」


 わたしが呑気に固まっている間にも、時間はしっかり等速で流れている。


 マゼンタさんは懐から小さな紙を取り出して、それを頭上にかざした。 


――瞬間、翳した紙がやにわに眩まばゆい光を放ち、オフィス全体が光の波に包まれた。


「……っな、なんだこれ!」


「……ひ、ヒカリちゃん!」


 わたしは咄嗟にヒカリちゃんに手を伸ばした。ヒカリちゃんもわたしの方へ振り返って手を伸ばしてくれたけど、手が触れ合う前にわたしの意識は光に飲まれ、そして消えた――

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