第3話

 図書室は、まるで呼吸しているようだった。

 静まり返っているはずなのに、森の木々のようにひしめく本たちが、そこかしこで息づいている。

 そして、夜更けに侵入してきたマリーナを、見ている。


 白のシュミーズドレスにガウンを羽織っただけのマリーナは、本の気配をひしひしと感じながら、燭台をテーブルの一つに置いた。

 窓から、濡れたような月の光が差し込んでいて灯りはじゅうぶん。

 読みかけの本を置いた書き物机に向かって、歩き出した、そのとき。


 すうっと誰かの呼吸が聞こえた。


 ぎくりと足を止めて、辺りを見回す。

 は、二人がけのソファの背もたれに寄りかかり、腕を組んで、頭を垂れていた。

 滴る月光に映える長い銀髪。持て余し気味の手足。うなだれているせいではっきりわからないが、細身であっても肩幅は広そうで、立てば身長もありそうだった。

 これまで、屋敷の中では見たことがない相手。


 マリーナは、立ち止まったまま、じっと様子をうかがう。

 すう、すう、と安らかな寝息を立てているそのひとは、まったく起きる気配はない。

 しっかり寝ていると確信し、マリーナは素早く目当ての場所まで駆け寄り、本を手にする。

 もう一度相手を見てから、窓際まで本を持って行った。

 立ったまま、月明かりで、読みそびれた数ページをすばやく読む。

 読んだら、すぐに立ち去る。

 そのつもりだったのに、よりにもよって読んでいたのは、行き違いのあった家族が和解する泣かせ系ヒューマンドラマだった。

 涙が溢れ出し、いつの間にかむせび泣いていた。


 すん、すん、と鼻をすすりながら、本を濡らさないように気をつけつつ、手の甲でぐしぐしと涙をぬぐう。

 その手元に、白いハンカチがすっと差し出された。


「あら、ご親切に、どうもありが」


 言いかけて、マリーナは続きの言葉をごくりと飲み込む。


(ハンカチ?)

 

 本に夢中になるあまり、その場に見慣れぬ人物がいたことなどすっかり忘れ去っていた。

 かくかくとした仕草で顔を上げると、銀髪を肩に流した、背の高い青年がすぐそばに立っていた。


 * * *

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