【コミカライズ】このたび、別居婚となりました。
有沢真尋
第1話
折り合いがつかないにもほどがある。
* * *
第四王女マリーナは、政略によって隣国の公爵家嫡男に嫁ぐことになった。
十八歳になるのを待って輿入れするそのときまで、結婚相手であるロムルスと顔を合わせる機会はなく、すべては関係者の行き来と書類上のやりとりだけで事が進んだ。
その書類に、「相手を想う恋文のひとつでも挟み込んでは?」という案が出ないわけではなかったが「何も思いつきません。どなたかが代筆してくださるなら、それで」とマリーナはまったく乗り気ではない。
(だって全ッ然どんな方かも存じ上げないのに、「わたくしの背に恋の翼があったのなら、愛しいあなたのもとへと飛んでいけるのに」とか「いまあなたは何をなさっているのでしょう。愛ゆえの不安に身が焼かれるような思いです」なんて書ける? 無理無理、絶対にボロが出てしまうわ)
ロムルスは才知の人としても名高く、学生時代から優秀で、卒業後はすぐに王宮勤務、すでに政治の中枢に食い込んでいるという(これは、「婚約者は素晴らしい人間である」とマリーナを納得させるために、少しばかり盛られた情報かもしれないが)。
こういう相手が厄介なのは、もし勉強一辺倒で筋金入りの堅物貴公子ならば「人間の背に翼はない。不安は精神状態であって、実質的に炎となって身を焼くことはない」などと言ってまったく情緒を解さない恐れがあること。
それよりもっと恐ろしく、なおかつありがちなのが貴族階級らしい教養と
(どちらに転んでも、この先の関係に特に良い影響があるとは思えないわ。欠片も恋心などないのに、いたずらに若気の至りのような恋の詩を書き散らすのは危険すぎる。わたくしが百年後、なんらかの理由で有名になったときに、子孫が「これが、そのときマリーナが贈った恋文です!」なんて出してしまいかねないし)
マリーナは本を読むのが好きで、王宮の図書館もよく利用していたが、先祖の書いた紙切れが「古文書」として厳重保管されているのを知っている。王侯貴族はみだりに後世に残るものを作り出してはいけないと、空恐ろしく眺めたものだ。
それでも、どうしてもと言われて、たった一度だけ手紙を書いた。返事はなかった。
かくして、当人同士は一度も会う機会もないまま、花嫁の一行は隣国へと向かうことになった。
第四王女としてさほど話題にもならず、のんびりと物見遊山がてら国境を越える。
さすがに迎えの使節団にロムルスは同行しているかと思われたが、それもなし。
「何かと忙しい息子で、すまない。いずれ機会は必ず作る。それまでは、自由に過ごして頂きたい」
屋敷で迎えた公爵夫妻に申し訳なさそうにされてしまうに至り、マリーナとしてもかえって居心地が悪い。
「気になさらないでください。会う気になれば会える距離なんです。近いうちにお会いできると信じておりますわ」
決して。
嫌味のつもりはなかった。
しかし公爵はさっと顔をくもらせて、「実はロムルスは、いま王宮内に部屋を与えられている。こちらに帰ってくることも少なくて」と言い出した。
「別居……」
マリーナが呟くと、公爵夫人は眉を寄せて瞑目してから、
「気にしてませんから!! まっっったく気にしておりませんから!! その、あのですね、」
頭を上げてください、と声に出して言うことができないまま、マリーナは必死に目配せをする。
言葉にしてしまえば、マリーナが到着早々義理の両親となる二人に「頭を下げさせたこと」が確定してしまう。
国・際・問・題。
(大事にしないでください! わたくしが公爵夫妻に対して傍若無人という印象になるのは何かと問題です! あるいは本国に「嫁いだ姫君が夫に軽んじられている」など伝わってしまえば、友好関係にひびが入りかねないです! 政略結婚の意味がなくなりますから!!)
「目にゴミでも入ったのでしょうか、お義母さま。目のゴミは辛い。本当に辛いですね」
その場に居合わせた者全員に聞こえるように、高らかに言う。
俯いているのは、目のゴミのせいである、と。そういうことにしておいてくださいと念じながら。
顔を上げた公爵夫人は、うつくしい翠眼をうるませていた。
マリーナは一瞬真顔になったが、すぐに優しげな笑みを浮かべてみせた。
「そうですね、涙を流すとゴミは流れると思います。さすがです、お義母さま!!」
声を張り上げる様は、ちょっとした、道化。
さすがにこのときばかりは、マリーナも不在の婚約者に対して幾許かのいらだちを覚えずにはいられなかった。
* * *
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