小説転生 ~俺がこの世界のバッドエンドを変えてやる~

星ミカゼ

第1話 プロローグ


 俺は29歳の社会人、ぽっちゃり体系のナイスガイだ。

 普通の大学を出て、普通の会社に入社したおかげで、変化の無いエブリデイを送っている。


 ……っと、後輩がプログラムを間違えていたので、怒らずに指摘する。


「あ、ここはこうやるんだよー」

「おお、確かに! 先輩頼りになりますね。憧れます!」


 目を輝かせて、俺を見てくる。


 憧れてくれるのは嬉しいけど、本当の俺を見たら後輩は幻滅するだろうな。



 というのも、会社では真面目キャラが定着している俺だが、実は超オタク。

 萌え系、ストーリー重視の小説で知らない作品など無いレベルだ。


 ただしラノベに限る。




 ――今日は休日。

 会社から無事帰還し、深夜一時にテレビの前でデゥフデゥフしていた。


「は、始まる。オープニングだ……ぁっは! ミミちゃん待っててね! 今すぐ俺が君のことをじーっくり見てあげるから!!」


 手にピンク色のペンライトを強く握りしめ、曲に合わせて一生懸命に振る。

 一般ピーポーが今の俺のことを見れば、かなりのオタクだと一瞬でわかるだろう。


 さて、そんな超オタクの俺が選ぶ、"ストーリー重視"のラノベはこれだ。


『家族を失った俺は、復讐を誓う。~今度こそ誰も死なせない~』


 別名、アンブルストーリー。


 タイトルを見た感じ、一見ただの現地主人公物のファンタジーだと思うだろう。

 しかし俺が訂正しよう。これは現地主人公物のダークファンタジーだ。

 それに、この作品はバッドエンドを迎える。


 これが、作品のあらすじ。


―――――――――――――――――――――――――――――


 暖かい家庭に生まれた主人公。

 幼い頃に妹が魔物に殺され、家族は魔王軍幹部に殺害されてしまう。

 そして主人公は復讐を決心した。


 魔王殺害を目標に、壮大な世界で冒険が始まる。

 仲間達との苦難の旅。

 主人公は、なんだかんだ楽しかった。


 しかし時には"残酷な真実"を目にすることとなる。


 この時の主人公は知らなかった。

 大好きなヒロインの一人が死ぬことを。


―――――――――――――――――――――――――――――


 これが、この作品のあらすじだ。

 初めからヒロインの誰かが死んでしまうことを、読者は知っている状態から始まる。


(まさか、あんなエンドになるなんてな……)


 ん、あんま面白くなさそうだって?

 ハッハッハ。誰だって読む前は、そう思うだろうさ。


 だが一度読み始めたら最後、君の好きなラノベランキング上位にランクイン間違いなしだ。




「――喉が渇いたな」


 アニメのエンディングまで、しっかり見終わった俺は、飲み物を取りに冷蔵この前に立っていた。


「あれ……」


 しかし、飲み水は一つも無かった。

 夜はまだ長い。

 せっかくだし、ジュースとおやつをいっぱい買ってくるか。


 そう考えた俺は、財布をポケットにしまい、外に出る。

 近くのコンビニに向かっている途中の赤信号、スマホでネット友と先ほどのアニメの感想を出し合っていた。

 だが、横断歩道の向こうから、三次元のオスとメスの声が耳に入ってきて、集中できない。

 ふと見上げると、高校生の4人組だった。


「ってかさぁー、まじアイツやばくなーい?」

「ハッハ。やっば、まじウケる!」

「ヤバヤバー、今度アイツんちでヤバイことしなーい?」

「やば! いいぜいいぜ、やってやろうぜ!」


 最近の高校生は"ヤバイ"だけで会話が成立するのだろうか?

 それだったら俺だって仲間入りできるぞ。


 ヤバイで〇ね♪ ってね。


 とにかく。声がでかくて近所迷惑だから、よそでやってほしい。



 赤信号が青信号へと変わる。

 俺はスマホをポケットの中にしまい、横断歩道をヨタヨタ歩き始める。

 その高校生達もこちらへ向かって歩き始めた。


 普通であれば、そのまま何も起こらずに、横断歩道を渡り切ることが出来ただろう。


 しかし、今日は普通じゃなかった。



 どこからか、ブーーン! と言ったエンジンの音が鳴り響く。

 その音がどんどん大きくなってゆくので、俺は周囲を見渡した。


 トラックがすごい勢いで高校生に向かって来ていたのだ――


 その速度は、「私の辞書に、止まるという文字はありません」と言っているようなものだった。

 とっさに俺は叫ぶ。


「お前ら! あぶないぞ!!」


 しかしヤバイトークで盛り上がっており、俺の言葉なんか、聞いちゃいなかった。


 俺は走る。

 彼、彼女らを助けるために走る。

 異世界転生もののラノベ主人公を見て、絶対に俺にはできないと思っていたこと。

 それを咄嗟に、今俺はやろうとしていていた。


(俺一人の命より、この四人の命の方が大切だ!)


 と、気が付けば本気で思った。


 トラックに気づき、恐怖で、ぼーっとしている高校生四人組。

 俺は全力で手を広げ、四人全員を前に突き飛ばした。


 よし……。


 心の中でそう呟いた瞬間。俺はトラックに、はねられた。

 そしてバウンドする間もなく、ぐちゃりと潰された。


 俺は童貞のまんま、多分死んだ――――





 俺はふと目を覚ます。


 死んだと思っていたが、どうやら死んではいないようだ。


 ここはどこだ?

 あの高校生は助かったのだろうか?

 自分の行動は、無駄ではなかったのだろうか?


 様々な疑問が頭の中を巡らせる。

 

 落ち着け、落ち着くんだ、俺。

 一つずつ状況確認をしていくんだ。



 まずこの場所だ。

 木と葉っぱが生い茂っているのが視界に入ってくる。しかも、ジャングルでもお目にかかれないような高さの木だ。

 耳に入ってくる音は、大自然の音。近くには水の音と匂いがする。


 次に、何故か船酔いした時のような気分。

 気持ち悪い。吐いていいすか?


 とりあえず、ここは誰かの家でも病院でも無いことは分かった。

 正真正銘の、外だ。


 そして――


 状況確認中。

 どこからか、声と足音が聞こえた。


 誰か来た!


 巨人の男と女が歩いていたのだ。


(う、うわぁぁぁ! やばい、食われる!!)


ㅤもちろんこんな巨大な生物、地球にはいない。

ㅤこの状況、ラノベだったら異世界だろう。

ㅤだがここは現実だ。

ㅤそう考えると、ここはきっと未来とか……はたまた他の星なのだろう。


ㅤ焦って逃げようとするが、俺の体は言うことを聞かない。

ㅤ俺は女の巨人に横抱きされた。


「まあ! 可愛い! この子、なんでこんな所にいるの?」


 ――よかった。どうやら、俺を食べるつもりは無いらしい。


(ん?)


 その女巨人に、恐る恐る目を合わせた瞬間。俺はあることに気が付く。


 この金髪、特徴的な猫耳……。

 そして俺がよく知っているこの顔……。


 女巨人は、俺の大好きなラノベ、『アンブルストーリー』に出てくる母親にそっくりだったのだ。


ㅤ俺は決心して、質問しようとした。

ㅤここはどこですか?

ㅤ貴方は誰ですか?

ㅤその猫耳触っていいですか?ㅤと。


ㅤしかし、俺の口からは呻き声しか出なかった――――

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