第173話「ケイン新しい依頼を受ける」

 ケインたちが冒険者ギルドにやってくると、若い受付嬢プシュケに詰め寄られてしまう。


「ケインさん、エレナ先輩に冒険者ギルドに戻るように説得してっす!」

「ええ?」


「エレナさんが辞めるとかいいだして、うちらの仕事が回んなくなってるんすよ!」

「そうなのか。それは大変なことだな」


 しかし、そう言われてもケインも困ってしまう。

 エレナは呆れたような顔で言う。


「なんでよ、プシュケには引継書をちゃんと書いたじゃない」

「引き継ぎって、まさかこの業務量を全部うちらでやれって言うんすか! 無理っすよ、無理!」


 プシュケがどんと受付の机に置いた引継書は、山のようになっている。


「これくらいできるでしょ」


 仕事のできる人はこれだと、プシュケはため息をつく。


「できないっすよ。うちはまだ入って一年っすよ。うちら受付嬢だけじゃなくて事務方もみんな困ってるっすよ」


 ベテランの受付嬢であるエレナは、ギルドマスターのゲオルグの補佐役でもあった。

 いや、補佐役というか脳筋で事務仕事が何もできないゲオルグの代わりに、渉外や経理の細々したチェックまで全部こなしていた。

 

 つまり、実質このギルドを切り盛りしていたのはエレナだったのだ。

 そのエレナがいなくなれば、それは仕事も回らなくなる。


「別にエレナ先輩をケインさんの側室に入れるとかは好きにしてもいいっすから、とにかく戻して欲しいっす。ほら、ケインさんの命令ならエレナ先輩も聞くんじゃないんっすか」

「えっと、そう言われても」


「あーもうなんだったら、うちもケインさんの側室になってあげてもいいっすよ。玉の輿とかうちも興味あるっすから、それでいいっすか!」


 プシュケがカウンターを越えて、ケインにからみついてそう言うと、ファンの冒険者から悲鳴があがる。

 人好きのいいプシュケは、こう見えて人気ナンバー2の受付嬢なのだ。


 エレナが退職するなら、人気ナンバー1ということにもなる。

 新人ルーキーにして、すでにエースの風格である。


「プシュケ!」

「冗談っすよ先輩。だいたいケインさん、側室いっぱい作るような人じゃないじゃないっすか」


 そうだと自分でも思うと、ケインは頷く。

 プシュケに冗談で迫られても、ちょっと腰が引けてしまうほどだ。


「でも先輩はマジで狙ってるっすよね、玉の輿」

「そんなことないわよ!」


「家宰かメイドか知らないっすけど、ケインさん家にちゃっかり入り込んでるじゃないっすか」

「それは、私はノワちゃんのお母さん代わりだから、ちゃんとしてあげたいと思って」


「ほらー! 完全に娘から落とすモードじゃないっすか。ケインさん気をつけたほうがいいっすよ。ギルドもこの調子で乗っ取られて、いつの間にかエレナ先輩がいないと仕事が回らなくなってるんすから、そこからいきなりいなくなってギルド潰すとか、どこの追放系の主人公だって話っすよ」

「そんなことないわよ!」


「そんなことあるっすよ。先輩がいないと仕事回らないのは、冗談でもなんでもなく事実なんっすよ。追放してないのに、なんでうちらがざまぁされないといけないっすか。ガチで仕事だけは辞めないでくださいっす」


 土下座しかねない勢いでプシュケはエレナにすがる。


「そんなことを言われても……」


 これにはエレナも困ってしまう。


「だいたい、いきなり寿ことぶき退社するとか困るっすよ。エレナ先輩年の割に乙女だから、きっと行き遅れて次のギルマスになってくれるって事務方の子らも安心してったっすのに」

「ハァ!? あんただけじゃなくて、事務方の子達も?」


 ギロッとエレナが事務室の方を見ると、どうなることかと顔をのぞかせていた事務員の女の子たちがヒュッと顔を隠した。


「あっ」


 口が滑ったと、プシュケは手を口で押さえる。


「プシュケと、あと事務員の子たちは、私から後で話があります。ケインさんごめんなさいね、変な話に巻き込んで」

「いやいや、いいですよ」


 プシュケは独特な愛嬌があるというか、ポンポンと運ぶ話は聞いてて小気味よくはある。

 さすが人気の受付嬢だなとケインは思う。


「こっちはこっちで、ちょっとお話・・をしてきますので、えっとケインさんは今回も薬草採取の仕事でよかったんでしたっけ」

「いや、今日は違うのにします」


「えっ!?」


 これにはエレナも驚く。

 薬草狩りのケインが、薬草採取をやらないなんて一大事である。

 

 辺りがざわついてるレベルだ。


「どういう心境の変化っすか!」


 みんなをプシュケが代表して聞く。


「いや、最近なんか嬉しいことが多すぎて、この辺りで厄落としをしとこうかなと思って。それで、下水掃除の仕事をやろうと思うんだけど。今年はまだやってなかったよね」


 ケインは、なんか紙が黄ばみ始めている古い依頼書を持ってくる。

 最近は、クコ山のゴブリンがほとんどいなくなったおかげで、ケインが行かなくても薬草の供給はまかなわれている。


 それなら、前から誰もやらないなあと思っていた下水掃除の仕事をしようと思い立ったわけだ。


「ああ、確かにその依頼ずっと放置状態でしたね。引き受けてくれる人がなかなかいない仕事だから、ギルドとしては凄く助かりますけど、本当にいいんですか」

「もちろんですよ」


 今年は初心者冒険者がいないので、依頼が受けられない状態で溜まっていたところではあった。

 しかし、下水のドブさらいはキツいし汚れるわりに、報酬はたいして出せないので心苦しいなと思うエレナである。


「うーんでも、一人では辛いんじゃないかと。街の下水を掃除するのに、何日かかるかわからないですよ」


 そこに、周りで話を聞いていた冒険者の中から、Aランクパーティー『流星を追う者たち』のリーダー、アベルがでてきた。


「よし! ケインさんがやるなら、俺達もやろう!」


 それに、パーティーメンバーである女盗賊のキサラはぎょっとする。

 

「いやよ下水掃除なんて、臭くなるじゃない!」


 メガネの魔術師クルツも抗弁する。


「そうですよ! ケインさんもですけど、下水掃除なんて高位冒険者がやるような仕事じゃないですよ!」

「そんな臭くて汚くてめんどくさい仕事、私は絶対やらないからね」


「僕も正直、力仕事は管轄外なので」


 また変なアベルの勢いに押されて、下水道のドブさらいにつきあわされるのは、うんざりである。


「いや、ケインさんがやるんだぞ。なにか剣士としての、すごい大事な修行かもしれないじゃないか」


 それは、絶対に違う。

 下水に溜まる泥をシャベルでかき出す仕事は、まだ外に冒険に出られない初心者冒険者がやる最底辺の依頼だ。


「いや、修行とかではないんだけど。一人でやるには量が多いから、手伝ってくれると助かるかな」


 ケインも厄落としのために街の役に立つ仕事をやろうと思ってるので、ある意味修行と言えなくもないかもしれない。


「よし決まった! お前らはやらなくていいぞ。俺とケインさんだけでやるからな!」


 アベルは言い出すと強情だからしょうがないなと、キサラとクルツは肩をすくめる。

 

「じゃあ、下水掃除用のシャベルは二つでよろしいですか」


 そう言いながら、エレナがケインとアベルにシャベルを渡し始めたところで、アナ姫たちもでてくる。


 モンスター退治をするので、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』も一応ギルドを通しておこうと依頼を受けにきていたのだ。


「面白いわね、私達もいくわよ!」

「あかんでアナ姫、うちらはケイン王国の貿易路を邪魔するモンスターを倒す仕事があるやろ」


 マヤとしても、いろいろと忙しいのに下水のドブさらいに付き合う気に離れない。

 それに、どう考えてもアナ姫が力ずくで下水のヘドロを一気にかきだそうとして、下水道を破壊してしまう落ちだと予測できてしまう。


 受ける受けないで、マヤとアナ姫が争っているなか、そっとセフィリアがケインの袖を引っ張る。


「ケイン様、そのシャベルを貸してください」


 言われたとおりにケインが渡すと、セフィリアが綺麗な布で下水掃除用のシャベルの平らな刃を磨き上げて、なにやら祈りを唱える。

 すると、シャベルがキラリと輝いた。


 どうやらセフィリアは、仕事が上手くいくおまじないをしてくれたらしい。


「ありがとうセフィリア。あと、アナストレアさん。モンスター退治も大事な仕事だからね」


 マヤが困ってるので、ケインもそう言ってアナ姫をなだめる。


「えーそんなぁ!」

「ほら、行くで。うちらはうちらで仕事が山積みなんや!」


 ずるずると、マヤに引きずられてアナ姫はギルドを後にした。


「さあ俺たちもいこうか。今度こそケインさんに勝つぞ!」


 下水掃除に勝ち負けはないと思うのだが。

 一人だけやけに張り切っているアベルと共に、ケイン一行は下水道の掃除へと向かうのだった。

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