第167話「森の老人」

 ヒーホーを連れてクコ山を登っていく。

 その道すがら、ヒーホーは山に生えているいろんな草をついばんでいく。


「ヒーホー、ヒーホー!」

「そうか、美味いか。口にあってよかったよ」


 まさに道草を食うだなと、ケインは笑う。

 まあゆっくり上がっていけばいいさ。

 

 テトラたち獣人が狩りまくってくれたおかげで、クコ山にゴブリンはいなくなった。

 これで、山に入る人も安全に仕事ができるというものだ。

 

 ゆっくりと薬草や食料を採取しながら、とりあえず山の中腹まで一旦登って来た時に、ケインは倒れた木の幹に座っている白い髭の老人に出会った。


「こんにちはー」


 とりあえず挨拶してみる。山では見ない顔だ。

 どこからか来た旅人だろうか。


 しかし、クコ山を越えて登山しているにしては、老人の服が軽装すぎるのが気になる。


「おや、こんにちは」

「もしかして、何かお困りですか?」


 これは、山の挨拶のようなものだ。

 環境の厳しい山では、助け合うのが鉄則である。


「ああ、なんとかここまで下りてきたのですが足をくじいてしまったのです」

「それは大変ですね。ちょうど薬草がありますよ!」


 ケインは、老人の足を調べて薬草をすり潰して治療する。


「そんなに酷くはないようですが、安静にしておいたほうがいいですよ。他になにかご加減が悪いところはありませんか?」

「そういえば、お腹が空いていますね」


「ハハッ、そうですか。食欲があるのはいいことです。そういえば、そろそろ昼時ですもんね」


 気がついたら、ケインも空腹になってきていた。


「よかったらこれを食べませんか」

「それは、貴方のお弁当ではないのですか」


「俺は食べてきましたから」


 ケインがそう言って勧めると、老人はそれでは遠慮なくとガツガツと弁当を食べ始めた。

 老人とは思えぬ健啖っぷりだ。

 

 よっぽどお腹が空いていたのだろうと、ケインはあげてよかったと思った。

 ケインのために弁当を作ってくれたエレナには少しだけ申し訳なくもあるが、こういう理由なら許してくれるだろう。


「ふう」


 弁当を美味そうに食べ終えた老人に、ケインは水筒の水を差し出す。

 一緒に座り込んだケインは、老人の事情を聞く。


 これから麓に下りて、クコ村に行くのだという老人の話を聞いて、ケインは提案する。


「よかったらヒーホーの……えっと、このロバに乗っていきますか」


 足をくじいた老人には、山道の下りは負担がかかってきつすぎるだろう。


「おや、お仕事の途中ではなかったのですか」

「いや、仕事はすみました。山を下りるのは、ついでですから村まで送らせてください」


 薬草も食料も依頼の量には足りていないのだが、今は老人の方がずっと困っているだろう。

 たまたま、ケインがヒーホーを連れてきたのもなにかのめぐり合わせだ。


 ケインの方は、一度山を下りてからまた登って仕事をすればいいだけのことだ。


「それでは、遠慮なく乗せてもらいましょう。何かお礼をせねばなりませんね」

「お気持ちだけで結構ですよ。山では助け合うのが当然ですから」


 もしケインが登ってこなければ、老人は立ち往生していたかもしれない。

 ヒーホーを連れて山に登ろうと思ったのも、きっと神様の導きだろうとケインは感謝した。


 麓までやってくると、クコ村のあたりが騒然としている。

 アルテナ神殿を中心に、謎の光に包まれているのだ。


 まるで天空から巨大な光の柱が立っているようで、エルンの街からも多くの人が集まってきていた。

 エルフやドワーフ、獣人たちまで集まっている。


「あれ、なんだローリエたちもいるのか!?」


 ローリエや、シスターシルヴィアまでいる。

 そしてその後ろから、この世の者とは思えぬ透き通った美しい姿をした神が、ふわりと姿を現した。


「精霊神ルルド様。どうしてここに!?」


 どうして常春の聖地にいるはずの精霊神ルルドがここに。

 そうか、この光がどこか懐かしい感じがしたのは、精霊神ルルドの神性の光であったからかとケインは思う。

 

 しかし、それはとんでもない勘違いであったとすぐに気がつく。

 精霊神ルルドに続いて、数多の神々が姿を姿を現したからだ。

 

 ルルドが、現れた神々を紹介していく。


「会うのは初めてであったな。順に紹介していこう。ケイン、こちらは獣神ガルムだ」

「ええ、どこですか。うわ!」


 精霊神ルルドが、指を上に指すので、見上げたケインは腰を抜かしそうになった。

 クコ山など一跨ぎするほど、とてつもなく大きな獣がいる。

 

 この巨大な柱のような物は、獣神ガルムの足であろうか。

 美しい白銀、ふわふわの体毛まではわかったが、その全貌ぜんぼうは人が知覚するにはあまりに大きすぎた。

 

 あまりにも大きすぎて、気が付かなかったのだ。


「我が眷属けんぞくである獣人たちを、よくぞ助けてくれたケイン!」


 天から降り注ぐクコ山をも震わせるような獣神ガルムの大きな声に、ケインは震え上がる。


「こちらは鍛冶の神ウルガス」


 精霊神ルルドに紹介されて、火を噴き上げるハンマーを持った鍛冶神ウルガスが、ガハハと高笑いをあげながら現れる。


「善者ケイン、山の民が世話になった!」

「は、はい!」


「そして、こちらは軍神テイワズだ」


 ドラゴニア帝国で広く信仰される、勇敢さを司る軍神テイワズ。

 かつて皇太子ジークフリートが着ていた神鎧しんがいと似ているが、さらに光を増した輝ける甲冑に身を包んだ軍神であった。


「ケインよ、いつぞやはドラゴニアの民が迷惑をかけた。よくジークフリートを助けてくれた」

「はい、どうもです」


 息を呑むような壮厳な雰囲気に呑まれたケインは目を白黒とさせて、神々が矢継ぎ早に現れて温かい声をかけられても、ほとんど頷くしかできなかった。

 いつの間にかやってきていた、聖女セフィリアが後ろからケインの背中をそっと手で支えると、厳かに耳打ちする。


「ケイン様、主神オーディア様がお目見えになってます」

「え、主神様が!?」


 精霊神ルルドは笑う。


「おや、やはり主神オーディアの加護を受ける聖女セフィリアにはわかってしまっていたか」


 どこに主神オーディア様がいるのかと、みんなは辺りを見回す。

 何気ない調子で、精霊神ルルドはヒーホーの上にまたがっている小柄な老人に話しかける。


「いかがでしたか、善者ケインは」

「うむ、噂通りのお人好しだな。笑いをこらえるのが難しかった」


「ケイン。この方こそ、神々を束ねる主神オーディア様その人だ」


 ケインが振り向くと、森で出会った老人は神々しい御姿に変わっていたのだった。

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