第151話「団らん」

 ケインは、大きな籠を担いで山から降りてくる。

 

「ふう、今日も終わったな」

 

 冒険者ギルドに薬草を届け終わって外にでると、娘のノワが駆けて来てケインに抱きついた。

 どうやら、お迎えに来てくれたらしい。

 

「お父さん!」

「ノワ、ただいま」


「おかえりなさい! 今日は早かったんだね!」

「ああ、なんだか今日は、山が凄いことになっていてね」


 ノワの絹のような艷やかな黒髪を撫でてやりながら、どこもかしこも豊作で、クコ山が食べ物の宝庫になっていたという話をする。


「そうだ。これはノワにお土産」

「あまーい!」


 ケインが懐から取り出したブラックベリーの包みを受け取り、一粒口に放り込んだノワは、幸せそうな笑みを見せた。

 それを見て、ケインも微笑む。


「ベリーの実はたくさん取れたから、まだたくさんある。それは全部ノワが食べていいぞ」

「お父さんありがとう!」


 そこに、小走りにエレナが追いかけてきた。


「ケインさん!」

「あれ、どうしたんですか。エレナさん」


 エレナは桃色の長い巻き髪を手でかきあげて、「ちょっと早退けしてきちゃいました」と恥ずかしそうに笑って小さく舌を出した。

 

「それは、お仕事お疲れ様でした」

「あ、あの、それで、もしよかったらなんですが、お夕飯一緒にどうですか!」


「いいですね。ちょっとこのキノコを酒場に届けたら夕飯にしようと思ってたところです。先にそちらに寄ってもいいですか」


 いつも世話になっている酒場『バッカス』のマスターが喜ぶだろうと、キノコをひと籠残しておいたのだ。

 ヒラタケやブナシメジは立派なご馳走だし、人気の高いアミガサタケは、この季節には欠かせない食材である。


「もちろんです! では、私もご一緒させていただきますね」


 エレナはそう言って、ケインにくっついて歩いているノワの逆側の位置について、さり気なく自分も身を寄せる。

 せっせとケインの家にやってくる子供たちの面倒を見て、母親代わりを務めているうちに、ケインとも少しずつ近くなって自然な感じで距離を縮めることができている。

 

 肩を寄せても、前みたいにケインが気兼ねしなくなったので、エレナは「よし!」と小さく拳を握る。

 このまま腕を掴んで胸を押し当ててみたりしようか、でもそれはさすがにあざとすぎるかなとか迷っているうちに、酒場に着いてしまった。

 

 酒場『バッカス』に入ると、コップを洗っていたマスターがケインに声をかけた。

 

「お、王様のお出ましか」

「マスター、王様はよしてくださいよ」


「ハハ、ケインさんは正真正銘の王様になったんだろ。これで、うちの店も王室御用達かな」

「これ山で採って来たキノコなんですが、よかったら」


 ケインは、キノコがたっぷり詰まった籠をそのまま全部マスターに差し出す。


「お、こんなにか。これは、ありがたい。ケインさんのおかげでまた看板メニューが増やせるな。ちょうど今晩の仕込みをやろうと思ってたところだ。今からささっと調理するから、うちで夕飯を食べていかないか?」

「いいですね。それじゃあご相伴にあずかろうかな」


 ケインがマスターとそんな話をしていると、討伐したビッグベアーを担いだ冒険者たちが入ってきた。

 先頭にいるのは、Cランクパーティー『熊殺しの戦士団』のリーダーであるランドルである。


「おお、ケインさんではないか!」


 大きな熊肉を持ってきたランドルたちと、山盛りのキノコを持ってきたケイン。

 二人で顔を見合わせると、「これは鍋だな」と笑いあった。


「よーし、ご注文は熊鍋だな。じゃあ、さっそく肉をさばくぜ!」


 マスターは包丁を取り出すと、綺麗に肉をさばいていく。

 血抜きは済んでいるとはいえ、ビッグベアーの解体は結構な力仕事なので、ランドルたちも手伝うことにした。

 

「ノワも手伝う!」


 なんでもやりたがりのノワは、マスターの手伝いを申し出る。

 

「お姫様も手伝ってくれるのか。じゃあ、この粉を切り分けた肉に練り込んでいってくれるか」

「やってみるー!」


「私もお手伝いします。エプロンお借りしますね」

「おう、そこの道具は自由に使ってくれ」


 エレナがさっとエプロンを付けて、ノワにもエプロンを付けてあげる。

 ノワに料理を教えるために、さり気なくお手本を見せるつもりのようだ。

 

 エレナは、切り分けられた熊肉に、塩と万能調味料であるエルフの粉をすりこんでいく。

 こうして下処理をしっかりすることで、獣臭さが抜けて肉も柔らかくなるのだ。

 

 ノワが熱心にエレナを手伝っているのを横目に、ケインもキノコを綺麗に洗って、塩水に浸たす作業に没頭する。

 これだけ手数があると、調理が捗る。

 

 マスターは肉をさばくのを終えて、大きな鍋に水を汲んで厨房に戻ってきた。

 並んで黙々と作業している、ケインとエレナとノワを眺めてニヤッと笑う。


「そうしてると、本当の夫婦みたいだな」

「もう、やだマスターったら!」


 恥ずかしそうに頬を赤らめるエレナはちらっと流し目を送るが、ケインはノワがキノコに包丁を入れる作業を見てやっていて気が付かない。

 傍で見てれば、エレナにその気があるのは誰でもわかるだろう。

 

 二人はお似合いに見えるのに、まだ何もないのかとマスターはやれやれと苦笑する。

 

「そういうとこも、ケインさんらしいんだが、根っからの朴念仁が相手だと女は苦労するな」


 マスターのつぶやきに、ケインが顔をあげる。


「なにか言いましたか」

「なんでもないさ。さて、鍋に火をかけるぞ」


 下処理は済んだので、あとは切った野菜と一緒に食材を全部鍋に放り込んで煮込むだけだ。

 マスターが全ての食材を入れて、ワインやブラウンソースで味付けしつつ、しばらくグツグツと煮ていると、いい香りが漂い始めた。


「マスター」

「ああ、そろそろいいだろう」


 マスターは、取り皿についでやって、みんなに配ってやる。

 お腹が空いていたのか、ノワは待ちきれない様子ですぐに熊汁を一口。


「おいしー!」


 エレナも、一口食べて感嘆のため息をついている。


「本当に美味しいですよ、ケインさん」


 どれどれと、食べてみると熱々だった。

 ケインには、美味しい以外の気がきいた言葉が浮かばないが、シンプルな料理なのに味が深い。


「あーほんとに、美味しいね」


 クコ山で採れたキノコの出汁が、熊肉の甘みとうま味と混じり合って、絶妙だった。

 まさに、森のめぐみが満載のスープ。

 

 クコ山が善神アルテナに守られてるおかげだろうか、今年の熊肉の味はまた格別だった。

 それだけでなく、みんなで食材を寄せ合って作ったのだから、余計に美味しく感じるのかもしれない。

 

 ケインたちが談笑しながら舌鼓を打っているところに、綺羅びやかな貴族服に身を包んだ若者が颯爽と飛び込んで来た。

 女の子かと見紛みまがうほどの美貌の貴公子。

 

 群青色の短髪に狼人族ワーウルフの特徴のシャープな狼耳が揺れている。

 ケインと一緒の孤児院出身で、いまやこの辺りの大領主に出世した、キッドである。

 

「ケインさん、ここにいたんですか!」

「久しぶりだねキッド。いいところに来たなあ、みんなで熊鍋を作ったんだけど、すごく美味しいからキッドも食べるといいよ」


「うわ、美味しそうですね……って、それどころではないんですよ!」

「そんなに慌てて、どうしたんだい?」


「俺も部下の報告を聞いて、急いでやってきたんですが、ケインさんのお宅にベネルクス低地王国の国王陛下が訪ねてきてるんです」

「ええ、うちに他所の国の王様が来るの!?」


「来るのじゃなくて、もう家まで来てるみたいなんですよ!

「ええー!」


「ケインさんの家の前に、豪奢な馬車が列を成してるのを見ましたから、それで慌てて探し回ってここまで来たってわけです」


 ベネルクス低地王国といえば、小国ではあるが大きな河川と港街を有しており、海運業が盛んで豊かな国として知られている。

 地理で言えば、ケイン王国のお隣でもある。


 すっかり忘れていたが、ケインの家はいまやケイン王国の王宮兼大使館ということになっているのだ。

 まだ出来たばかりの国で外交もほとんどやってないが、そりゃ建国したら他国の使節が来ることもあるだろう。

 

 外交などと言われても、どうしたものかとあたふたしているケインに、酒場『バッカス』のマスターは声を掛ける。

 

「とりあえず、熊鍋を土産に持ってくか?」

「そうしましょうか。しかし、キッド。他所の国の王様って熊鍋なんか食べるものなのかな」


「そんなの俺にもわかりませんよ。とにかく、他国の使節をあんまり待たせるのはマズいので、早く行きましょう」


 こうしてケインは、初めての他国からの賓客を、なぜか鍋をお土産に抱きかかえて迎えることになるのだった。

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