第144話「戦勝の宴」

 ろくに戦わずして劣勢となってしまったドラゴニア帝国は、支配下の領邦国家を独立させることを約束させられて、二度と侵略戦争ができないように弱体化されることとなった。

 ケインにはよくわからないことなので、そのあたりの相談はマヤたちに任せっぱなしだ。

 

 難しい外交交渉にケインは関われないが、力を失ったジークフリートが皇太子として今後もやれるように見守って行こうと考えていた。

 もう一度やり直して立派な皇帝になることを目指すと言った、ジークフリートの言葉を信じてみようと思うのだ。

 

 ジークフリートが善き為政者となること。

 それが結果として、世界の安寧をもたらすことになると信じている。

 

 そして、あともう一つ。

 

「ディートリヒ陛下」

「おお、ケインくん……いや、ケイン殿! 余の王国の危機を救っていただき心より感謝する」


 丁重に頭を下げて、感謝の言葉を述べる国王ディートリヒ。

 礼を尽くしてもらえるのはありがたいが、ケインにはディートリヒ王に相談しておかなければならないことがあった。

 

「一つお願いがあるのですが」

「もちろんだとも、何でも言って欲しい。こちらとしては、まずケイン王国の独立を保障して、最恵国待遇を持って親しく付き合って行きたいと考えている」

 

 固くケインの手を握りしめるディートリヒ王の姿に、周りから「おおっ」と、大きなどよめきの声があがる。

 世界の半分を統べるアウストリア王国から、ケイン王国のような小国が独立保証され、最恵国待遇を受けるのは異例のことだ。

 

 王の傍らに居るマゼラン宰相は苦々しい顔をしているが、そこまでは譲歩するしかない。

 アルテナ同盟の重要性を考えれば、盟主であるケインを最大限に尊重する必要がある。

 

「それは、ありがたいことです」

「ケイン殿の願いとは、我が王国の支配下にある獣人たちのことではないか」


「はい、その通りです」


 そのあたりの事前交渉も、実はすでに済んでいた。

 ディートリヒ王は、厳かに宣言する。

 

「余は、獣人の国の独立をここに承認する。これは当該地域の領主であるランダル伯爵も、すでに了解済みだ。余は国王として、獣人たちに長らく圧政をしいたことを謝罪しよう」


 それを聞いて、獣人から大歓声があがる。

 

「な、なりませんぞ陛下! 獣人の国の独立など認めては、貴族の反発が抑えきれません!」


 寝耳に水の話に驚いたのは、マゼラン宰相だ。

 王国の支配下の獣人たちに自治権を付与するという話が、一気に独立の承認にすり替わっている。

 

「宰相、貴族の反発を抑えるのはそなたの仕事だ」

「それだけではありませんぞ。獣人の国の独立を許せば、他の属国もどんな反応をするかわかりません。一気に独立を求める動きが広がる恐れも……」


「では聞くがマゼラン。そなたも邪竜デーモンドラゴンの群れと互角に戦う獣人たちの姿は見たな」

「ハッ……」


「その上で聞く、今の王国軍は、精強な獣人の戦士たちを相手にまともに戦えるのか?」

「それは、しかし……」


 煩悶するマゼラン宰相に、大賢者ダナが声をかける。


「マゼラン宰相、いい加減に自分の過ちを認めるんやな。アルテナ同盟ができたことで、世界の戦力バランスが大きく変化したんや。それがわからんほど、お前も愚かではないやろ」

「大賢者ダナ・リーン! そうか、貴様が王にいらぬ進言をしたのか」


「進言をしたんはうちやが、それがどうした。元はと言えば、欲をかいて剣姫の嫁入りなんて無茶な話に便乗しようとしたお前が悪いんやろ!」


 顔をこわばらせる宰相に、大賢者ダナはニヤッと笑う。


「わ、私は、アウストリア王国の繁栄を考えて……」

「それが余計な世話やったな。だいたい、あの剣姫をコントロールできると思い上がったのが間違いの元や。うちの娘にそんな無理難題を丸投げされても、できんことはできんわ」


 父親の言葉に、散々苦労させられた娘のマヤも深々と頷く。

 忌々しげに宰相は叫ぶ。


「マヤ顧問官。そなたは一体、どちらの味方なのだ!」

「うちはもちろん、お父さんの味方や」


「陛下の信望を一身に受けながら、その言いザマはなんだ。私とて、いずれはこのアウストリア王国の宰相職をそなたに継がせようとまで思っておったのだぞ」

「それこそ、大きなお世話ですわ。うちはもうケイン王国の宰相をやっとりますから」


「言ったなマヤ顧問官! アウストリア王国より、他国の利益を優先させるというのならば、その地位を剥奪せざるを得ないぞ」


 そう言った宰相に、ディートリヒ王が一喝する。


「マゼラン、出すぎるではない!」

「陛下、しかし……」


「大賢者ダナ殿も、魔女マヤ殿も、余の王国のために知恵を尽くしてくれておるではないか。魔女マヤ殿、ケイン王国の宰相と兼務でかまわないので、これからも余の顧問を務めてほしい」

「陛下の御意のままに」


 優雅に一礼するマヤに、満足そうに頷きディートリヒ王は続ける。

 

「宰相の策に乗った余が浅はかであった。我が姪に無理を強いるなと言っていたケイン殿の言葉を最初から聞いておけば、ここまで話がこじれなかったというのに、アナストレアにもすまないことをした」


 賢明なディートリヒ王は、姪のアナストレアにも素直に謝って見せた。

 こうして、アナ姫との間にあった家族のわだかまりも解消した。


 今がチャンスと、マヤが畳み掛ける。


「陛下、ケイン王国の宰相として、もう一つお願いがございます」

「なんだろうか」


「エルンの街には、ケインさんの住んでる屋敷がありますんやけど、そこを大使館兼王宮として認めてほしいんですわ」

「なんだ、そんなことか。もちろん正式な大使館として、外交特権を認めよう」


 ディートリヒ王は、エルンの街をよこせと言われるのではないかと、一瞬ビビってしまった。

 かなり大きな借りが出来てしまったので、そう要求されても今は断れない立場である。

 

 マヤは、ケインに言う。


「ケインさんは、どうせ今の暮らしを続けたいんやろ。ケイン王国の方は、うちが官僚を雇ってきちっと管理するから、たまにケインヴィルに監督に来てくれるだけでええで」

「ありがとうマヤさん、本当に助かるよ!」


 喜んでるケインに、マヤは少し呆れたように言う。


「本当にケインさんは、欲がないんやね。ケイン王国は、これから豊かな国になるから、王様として贅沢の限りを尽くしたって誰も文句言わへんのやけど」

「いやあ、俺は王様なんて向いてないから……実は、アナストレアさんに女王様になって治めてくれないかと頼もうと思ってたぐらいなんだ」


 その恐ろしい話を聞いて、テトラを始めとした獣人たちが一斉に、頭がちぎれるんじゃないかという勢いで首を左右に振った。

 その話に驚いたのは、獣人たちだけではない。

 

「ほう、我が姪をケイン王国にもらいたいとの願いでか。いっそ、そのような形でえにしを結ぶのもいいかもしれないな」


 ディートリヒ王は、形の良い顎に手を当てて、深い笑みを浮かべる。


「もう、おじさまったら、何言ってるんですか!」


 真っ赤な顔になったアナ姫に、バーンと背中を叩かれて、吹き飛ばされるディートリヒ王。

 側近たちが血相を変えて、失神したディートリヒ王に駆け寄って介抱している。

 

「そんなことは、ワシが絶対に許さんぞ!」


 その話に強固に反対したのは、アナ姫の父親、赤髭の烈将クロヴィス・アルミリオンである。

 アナ姫の母親であるオリヴィアが、クロヴィスの隣で呆れたように言う。


「あなたは、まだそんなことを言っておられるんですか」

「父親としては、黙っておれん! 相手が大国の皇太子と言うならまだしも、この前までただの平民だった男に、大事なアナストレアをくれてやれるものか」


「そう言えば、あなたも元はただの冒険者ですよね」

「し、しかしだな、オリヴィア。ほら、二人の年の差を見ろ、二回りは違いがあるだろうが!」


「私とあなたも、それぐらい差がありますけど、結婚を申し込んだ時に、身分も年の差も関係ないって言ってくれたのはあなたですよね」

「ぐぬ! それはそれ、これはこれだ! なんと言われても、絶対に認めはせん。ぐふっ!」


 オリヴィアの鋭い肘打ちを食らって、騒ぎ立てていたクロヴィスはぐったりと動かなくなった。

 こうしてみるとアウストリア王家は、女のほうが圧倒的に強いのだ。

 

「アナストレア」


 オリヴィアは、穏やかな笑顔で娘に声をかける。

 

「はい、お母様」

「あなたも、もう立派な大人です。この人も、私も、好きにやったんですから、あなたも自分の心のまま、好きになさい。あなたが幸せなら、私たちはそれでいいのです」


「ありがとう、お母様……」

 

 優しい母親の言葉に、さすがのアナ姫も涙ぐんで、ケインのもとへと走っていった。

 当のケインはといえば、戦が終わって駆けつけてきたオルハン将軍代理たちに囲まれて、次々にお礼を言われている。


「善者ケイン殿、この度も本当に助かりました! 何度も命を救っていただいて、なんとお礼を言ったら良いか」

「あなたは、オルハンさんでしたね。そちらは、ヘルムさんでしたか。こちらこそ共に戦っていただいてありがとうございました」


 ケインは、オルハンだけでなく、直接話したことのない副官のヘルムの名前まで覚えていた。

 

「良かったなヘルム。お前もちゃんと、ケイン殿に知られていたようだぞ!」

「英雄様に存じていただけていたとは、本当に光栄ですなあ」


 門閥や出自にこだわる貴族や騎士と違い、王国軍の兵士たちは実力主義の傾向が強い。

 だから帝国の野望を打ち砕いた英雄であるケインたちに、惜しみない尊敬と称賛を送る。

 

「これから戦勝の祝いをやるんです。みんな、噂の善者ケイン殿をぜひ一目見たいと言っているんです。アルテナ同盟軍の皆さんも、宴席にいらしてください」

「そうですか、ではありがたくご相伴に預かります」


 戦争になるかもと蓄えられていた兵糧も必要なくなった。

 ディートリヒ王の好意で、王国軍だけでなくアルテナ同盟軍にも、酒と料理が振る舞われた。

 

 その日は王国兵士、冒険者、獣人、エルフ、ドワーフ……立場や種族を越えて打ち解け、夜遅くまでお祭り騒ぎとなる。

 特に、念願の独立を勝ち取った獣人たちのはしゃぎっぷりは凄まじかった。

 

 何度も囲まれて胴上げされるのにケインは少し困りもしたが、幸せそうなみんなの顔を見るのは何よりも嬉しいことだ。

 こうして平和を取り戻すことができて、ケインはとても酒が美味しかった。

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