第139話「暗殺貴族」

 オリハルコン山を練り歩くように遊説を重ねているケインたち。


 今日は、特に反対が強固だった岩ドワーフ、鉄ドワーフたちを相手に説得したのだが、同じドワーフの族長であるクラフトやドロッペンが粘り強く交渉してくれたこと。

 また、エルフの代表者アーヴィンが、ケインに知恵を授けてくれたことも説得の成功を後押ししていた。


「ふうむ、何も耳長どもと仲良くやる必要はないということか」

「そのとおりだ。獣人の軍が間に入るから、一緒に行進してくれるだけでいいんだ」


 アーヴィンの策は簡単である。

 王国と帝国の争いを止めるために軍を動かすと言っても、今回は同盟軍を無視できぬ戦力と外部に見せるだけでいい。

 

 だから、エルフとドワーフがすぐに融和する必要はなく、争わないように距離をとって行進すればいいというのだ。

 もちろん将来的には和平と協調を考えてはいるのだが、まずお互いに同じ目的のために軍を動かすことに成功すれば、わだかまりも少しずつ溶けるだろうというのである。


「そういうことなら、おぬしのメンツを立てて我らも手伝わんでもない」

「大王様のご命令でもあるしのう」


 ケインたちは説得に手応えを感じて、次のドワーフの部族の元へと向かうために、ヒカリゴケの照らす薄暗い坑道の中を進む。


「あるじ、ちょっと待つのだ」


 ケインの護衛をしているテトラが、眼の前を警戒する。

 

「どうしたんだい」

「敵が……」


 そう言いかけた瞬間、ブワッとテトラの毛が逆立った。

 先に動いたのは、坑道の先に立ちはだかっている暗殺者、ではなく。

 

「ノワ!」


 敵の気配にいきなり飛び出したのはペガサス化したヒーホーと、それに乗るノワだった。

 ノワがキッと正面を睨むと、ブワッとくらき漆黒のオーラが放たれる。

 

 それだけで、坑道の壁に透明化インビジブルして張り付いていた黒尽くめの暗殺者たちが、次々に姿を晒されてしまう。


「この瘴気は、一体何事だ!」

「言ってる場合か! バレては仕方がない、標的を殺ればいいだけだ」


 襲いかかってくる暗殺者に、テトラは仲間の獣人隊に叫ぶ。


「お前たちは、あるじを守れ! 我は、こいつを倒す!」


 ケインの頭上に飛び上がって、鋭い裂爪を振るうと、カキンと乾いた音がなって老齢の暗殺者が後方へと飛び退った。

 

「聞いていたより速いな。我が体術を見破ったのは、聖獣人の感覚の鋭さか、Aランクの虎人族ワータイガーではなかったのか!」


 暗殺者クロガネの言葉に聞く耳も持たず、テトラは一心に裂爪を振るう。

 会話に乗ってきてくれれば、それで翻弄することもできるのだが、それもダメと。


 クロガネたちの虚偽工作により、この場には最大の脅威のSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』はいない。

 最大の脅威さえ引き剥がしてしまえば、後は簡単。


 標的のケインは、神剣持ちとはいえただのDランク冒険者。

 後は戦闘力のほとんどないドワーフが二人に、ロバと子供。

 

 他には肉弾戦しかできない獣人たちしかいない。

 楽な仕事のはずだった。

 

 それが、無力と思った子供がとんでもない化物で、初手で全ての幻術が打ち破られた。

 慌てて標的のケインを討ち取ろうとしてもこのザマ、聞いていた話と実体が違いすぎる。


「チィ、なんだこの爪の鋭さは、やはり帝国の情報など」


 パキンと音を立てて、クロガネが持つ魔法のソードブレイカーがひび割れた。

 

「クッ、ヒヒイロカネの刃が!」


 黒鋼とは鉄にあらず。

 クロガネの持っている短剣は、オリハルコンにも匹敵する硬度を持つ、東方セリカンの魔法金属ヒヒイロカネであった。


 最強の武器を使っているがゆえに、どこにあっても最強の暗殺者として通用したのだ。

 テトラの容赦ない裂爪裂波れっそうれっぱによって、ヒヒイロカネのソードブレイカーが、どんどん削られボロボロになっていく。

 

 気がつけば、手下の暗殺者たちも獣人たちによって倒され、クロガネ一人になっていた。


「これで終わりだ、暗殺者!」

「小娘が舐めるなァ!」


 幻術を破られ、刃を折られようとも、クロガネにはSランク冒険者にも匹敵する体術がある。

 クロガネは、中空で身体を高速捻転させると、強烈な殺気とともに折れた双剣を投げつける。

 

 ――が、これはフェイント。

 本命はヒヒイロカネの刃を仕込んだ靴のつま先で、思いっきりテトラの頭を突き刺した。


 ブシュッ。


 相手が武人であればこそ、殺気には反応してしまう。

 幻術を使えずとも、その人間離れしたありえぬ動きには付いてこれない――


「ぐぁ! なんと……」


 ――はずであった。

 しかし、貫かれたのはテトラの頭ではなくクロガネの胸であった。

 

 殺気を込めて投げた双剣を、テトラは避けることもなく身に受けて、クロガネの必殺の蹴りを左手の裂爪で受けた。

 そうして右手の裂爪で、クロガネの身体を深々と貫いていたのだ。

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 その裂爪の一撃は刹那、亜神速の域にまで達し、音を置き去りにした。

 

 奥義、裂爪真激れっそうしんげき

 剣姫アナストレアによる地獄の特訓を受けたテトラは、武の極みに達していたのだ。


「やはり……か」


 帝国の情報など信じるべきではなかったか。

 伯国をくれるなどという約束に、年甲斐もなく功を焦ったことを後悔しつつ、クロガネは血を吐いて倒れた。


「アナ姫の拳に比べれば、こんなものなんでもないのだ」


 身体にあたった折れた刃も、ただのフェイントであったので、テトラを傷つけてはいない。


「大丈夫だったかい、テトラ」

「ああ、あるじ。これしき、なんともない」


「それで、この人は……」

「まだ息はあるはずなのだ。人をむやみに殺すなというのが、あるじの命だったからな」


 テトラは、あの激戦の中で急所を外して見せるという芸当まで行っていた。

 一緒に居た獣人たちも、アナ姫に鍛えられた精鋭であったせいもあって、見事に暗殺者たちを殺さずに捕らえることに成功している。


「そ、そうか。じゃあ早速手当をしないと」

「あるじ、暗殺者に近づいては危険なのだ……」


 ケインは、テトラが止めるのも構わず、クロガネの治療を行った。


「ケホ、ケホ……」

「大丈夫ですか。今、血止めをしますから、しっかりしてください」


 この男は、一体何をしているのだ。

 薄れる意識の中で、クロガネは困惑していた。


 暗殺のターゲットが、どうやら自分の手当をしているようなのだ。

 隙だらけのその首を打ち取ることは、半死半生の自分でもできるかもしれないが、殺してどうなる。

 

 暗殺できたとしても、その瞬間に隣で睨んでいる聖獣人の小娘に殺されるだけだ。

 自分たちは、すでに負けている。

 

 そう思ったら、クロガネはこれ以上抗う気持ちもなくなり、眼の前の男の手に身を任せて意識を喪失してしまった。

 

     ※※※


 クロガネが次に目を覚ましたときは、ベッドの上であった。


「ここは……」


 どうやら、クロガネを治療してくれたのは聖女セフィリアであったようだ。

 ちゃんと資料を読み込んでいるので知っている。

 

「まだ動いてはいけませんよ。胸の傷は治りましたが、だいぶ血を失っていますので」


 敵地のど真ん中でそう言われて寝ていられるほど、クロガネは図太い神経はしていない。

 

「敵に助けられたか、私の仲間は……」

「皆さんは、あなたより軽症でした。帝国の暗殺者さんということでしたので、残念ながら拘束させていただいておりますが」


 よろめきながら病室を出ていくと、外には黒鋼衆の一門たちが待っていた。

 皆、当惑しきっている。


 当たり前だ。

 帝国に雇われた暗殺者である自分たちを、なぜ治療したのか。わけがわからない。

 

「もう動いて大丈夫なんですか」


 そう親しげに声をかけて来たのは、暗殺の標的だった男なのだからたまげる。


「善王ケイン……」

「その呼び方、勘弁してくれませんかね。善者って言われるよりこそばゆくて」


「なぜ暗殺者である我らを助けた。何が目的だ?」

「助けることが出来たから、助けただけなんですが……」


 その率直な言葉に、クロガネは脱力してよろめいた。

 

「あ、大丈夫ですか。まだ無理しちゃいけませんよ」


 そう言って、ケインは優しく手を貸してくれる。

 それがクロガネには解せない。


「我らは王の命を狙った暗殺者だぞ。どうして、そんな風に平然としていられるのだ。おい、聖獣人の小娘」

「テトラだ!」


「お前は、ケイン王の護衛なのであろう。暗殺者の前で無防備すぎるだろう、なぜこんなことをさせる!」

「今のお前の姿は、いつぞやの我を見てるようだな。どっちにしろ、あるじを害することはできない。ここには、アレがいるからな」


 テトラがアレ呼ばわりしているのは、もちろんギロッと黒鋼衆を睨みつけている剣姫アナストレアのことである。

 近くにアナ姫がいれば、たとえクロガネがゼロ距離でケインを暗殺しようとしても失敗する。


「ご老人。ともかく無理はいけませんよ。まだベッドで休んでたほうがいいでしょう」


 暗殺者の首領であるクロガネの恐ろしさは、散々見せたはずだ。

 それなのに、自分をまるでただの老人のように気遣って見せるケインに、クロガネはすっかり毒気を抜かれてしまった。


 自分たちは、これからどうなるのか。

 いや、それよりもどうすればいいのか。

 

 途方に暮れるクロガネに、声をかける者がいた。


「もう話は部下から聞いたで、帝国に雇われた黒鋼衆の首領クロガネやそうやな」

「大賢者ダナの娘、万能の魔女マヤ・リーンか」


 Sランクの魔術師。

 脅威度の高い人物の一人だ。


「なかなかの知恵者やないか。ケイン王国やエルフの国にSクラスのモンスターが出たと誤情報を流されたら、怪しいと思っても一応うちらが動かんわけにはいかんし、まんまと一杯食わされてしもうたわ」


 複数同時に脅威情報を流して、戦力を分散させたのだ。

 諜報ちょうほう活動に長けた黒鋼衆にとっては容易い仕事だった。


「皮肉にしか聞こえんな。私は功を焦って敵の力を見誤った、ただの老いぼれだ。帝国の情報が聞きたいのであれば、話せることはほとんどないぞ」

「ケインさんは、そういう目的で助けたわけでもないようやで」


「情けをかけたつもりなのかもしれないが、中途半端に助けられても正直なところ困る。暗殺に失敗したのだから、このままでは我らは帝国に始末されるだけだろう」


 失敗した暗殺者の運命とはそういう物だ。

 

「だったら、うちの国で守ってあげましょうか」


 ケインの言葉に、クロガネは耳を疑う。


「自分を殺そうとした暗殺者である我らを、守るといったのか!?」

「ケインさんは、そういう人なんや」


「信じられん……」


 驚きのあまり二の句が継げないクロガネである。

 その言葉を、とても信じられないと何度疑ってみても、ケインの手で助けられてしまっている自分がいる。

 

 あの時、ケインに血止めをされなければ、クロガネはとっくに死んでいた。

 

「せめて、暗殺はもうやめてくれたら助かるんですけど。クロガネさんたちは、どうして暗殺者なんてやってるんですか」

「故郷を追われた我らには、他に生きる術がなかっただけだ」


 かつて、クロガネたちの一族は、東方セリカンのさらに東の果てにある島国で、暗殺者として活躍していた。

 卑しい身分であっても、諜報や暗殺の術に長けたクロガネたちは重宝されたものだ。


 しかし、狡兎こうと死して走狗そうくらる。

 大きな戦が終わり、必要がなくなれば切り捨てられるばかりであった。


 国を追われたクロガネたちは、一門の安寧の地を探して、いつしか西の果てまで来てしまったのだ。

 

「そうだ。うちの国では人手不足だから、仕事はたくさんあるんですが、手伝ってくれませんか」

「なるほど、それが目的か。我らの暗殺の腕を買うというのだな!」


「いや、暗殺なんてしなくていいですよ。生活を営める仕事は、たくさんありますよ。農業も交易も、まだ始めたばかりなんで、あんまりいい暮らしはできないかもしれませんが、食べていくことはできます」

「なんと……」


 まさか、暗殺者に畑を耕せというのか。

 こんな申し出を受けるとは思ってもみなかった。

 

 何故か、心の底から笑いがこみ上げてきて、もう抑えきれない。

 そうだ。クロガネは愉快だったのだ。

 

「どうでしょう?」

「ケイン王。お誘いはありがたいが、帝国の皇太子は私に伯国を一つくれると言ったぞ。もう少し条件を良くしてはくれないか」


 そう笑って言うクロガネに、マヤもニヤッと笑って答える。

 

「ならケインさん。クロガネにケイン王国の領地を与えて侯爵にしてやったらええやろ。なあに、土地だけならたくさん余ってるんやから、ケチケチせんでもええやん」

「領地って言っても、使い物にならない荒地ばかりなんだけど……」


 当惑するケインに、クロガネは好々爺の笑みで答えた。


「ほほう、侯爵ですか! そう誘われてはお断りできませんな。お前たちもそれでいいな」


 クロガネがそう言うと、黒鋼衆の若い者もみんな喜んで頷いた。

 声を殺して泣いている者もいる。

 

 どこに行っても下賤な暗殺者と蔑まれ、利用されて使い捨てられるだけだった黒鋼衆が、ようやく安寧の地を得られたのだ。


「領地をもらってくれるって言うなら助かるんですけど、クロガネさんほんとにいいんですか。使い物にならない荒野ばっかりなんですよ。そんな国の侯爵と言っても、名ばかりになっちゃうと思うんですが……」


 ケインとしては、王様なんて言われるのが荷が重いと思っていたところだ。

 クロガネたちが一部でも肩代わりしてくれるなら嬉しいぐらいなのだが、本当にいいのだろうか。

 

「もちろん、構いませんとも。私の故郷には、枯れ木に灰を撒いて花を咲かせた老人もおります。この老体も、一つその故事にならってみるとします。我ら黒鋼衆が御屋形様を盛りたて、その名ばかりの地位を輝かせてご覧にいれましょう」


 クロガネたちは、早速ケインの前に跪き侯爵としての叙勲を受けて、侯国として大きな領地を与えられた。

 とても嬉しかった。


 どんな小さな国でも、荒地でも構うものか。

 こうして、自分たちに手を差し伸べてくれる王が居たのだ。

 

 ならば黒鋼衆われわれの力で、そこを立派な国にしていけばよいではないか。

 そう思ったら、クロガネはどこまでも心が晴れやかになった。


「やったわねケイン! 配下の貴族まで出来たら、いよいよ本格的な王国らしくなってきたわ!」

「まあクロガネさんたちは喜んでるみたいだから、いいのかな……」


 こうして皇太子の策謀はまたしても失敗して、ケイン王国に新たな戦力が加わることとなったのだった。

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