第137話「同盟交渉の行方は……」

 ケインの言葉を聞いて、ざわめく会場でバルカン大王が重々しい口を開いた。


「善者ケインよ。おぬしならそう言うと思っていた」

「協力していただけますか」


「ワシに否やはないよ。おぬしの話は、理は通っておる。しかしな……」


 バルカン大王に対して、ケインの味方をする砂ドワーフの族長クラフトと、土ドワーフの族長ドロッペンが前に出て言上する。


「大王様、私たちはケインさんの言に従いたいと思います!」

「長年のわだかまりを捨てて共通の脅威にあたる。それがドワーフ全体のためだと思いますじゃ!」


 しかし、エルフと特に争うことの多かった岩ドワーフの族長や、鉄ドワーフ族長が即座に反論する。

 

「他の種族ならともかく、傲慢なエルフたちとの同盟など岩ドワーフは認めんぞ!」

「そうじゃ、兵を出すならドワーフと獣人のみでええじゃろが。なんで長年の宿敵の耳長どもと一緒にやらなきゃいかんのじゃ!」


 大王に近い職人たちのグループ、つちドワーフの族長や、こうドワーフの族長は悩む。


「話を聞いていたワシらはともかく、みんなを説得できるかどうかわからんなあ」

「そうじゃのう。ずっと争ってきたエルフを恨んどるもんもおるし……」


 バルカン大王は、族長たちの話を聞いて、つぶやく。


「善者ケイン。理が通っていても、情が通っておらんとな。いくらおぬしの言うことでも、ワシも大王として皆をまとめるのが難しい。それに、エルフの方こそまとまらんじゃろ」


 バルカン大王の言う通り、エルフの方はドワーフよりも議論が紛糾ふんきゅうしていた。

 エルフの女王ローリエが申し訳なさそうにしている。


「ケイン様のおっしゃることに賛同したいところですが……」


 大王の権限が比較的強いドワーフの側と比べると、七部族会議が実権を握っているエルフの側はより厄介なのだ。

 なにせエルフは、尊大で傲慢な種族である。


「ドワーフとの同盟など、絶対に無理だ!」


 そう声を張り上げたのは、代表だったアーヴィン無き後、一番の強硬派になってるシーダーの族長アトラスだ。

 それに引っ張られるように、そうだ、そうだと族長たちから声があがる。


「善者ケインなどといっても所詮は人間だからな」

「おい、それはいくらなんでも言い過ぎだぞアトラス! 善者ケインは、先の女王シルヴィア様のお血筋だし、助けてもらった恩があるではないか」


 長老格のナラの族長スラルムがたしなめるが、アトラスの激高は止まらない。


「では聞くが、その同盟軍とやらは誰が統率するのだ。善者ケインは、ドワーフの王なのだろう。ドワーフに肩入れして、我らは下に置かれるのではないか」


 アトラスの反発も、もっともではあった。

 同盟になったとき、エルフとドワーフどちらが権力を握るのか、そこでも争いが起こるに違いない。


 お互いに身内の話がぜんぜんまとまらず、バルカン大王がため息を吐く。

 

「こうなると思っていた。理屈ではわかっていても、情が付いていかない」


 それにローリエも頷く。


「正直なところ、私も困ってますよ。ケイン様がそうおっしゃられても、私もエルフをまとめきる自信がありませんー」


 バルカン大王や女王ローリエの独断で決定できるのならいいのだが、ドワーフもエルフも部族による合議制を取っている。

 そうなると、みんなが納得する話にまとめなくてはならない。


 やはり、長年の宿敵が同盟を結ぶなど無理なのか……。

 そのとき、会談を見守っている群衆をかき分けて、エルフの若者がやってきた。

 

「待ってください!」


 声を張り上げたエルフの若者は、自らを牢獄に幽閉していたエルフの元統治者アーヴィンだった。

 勝手なことばかり言っていた七部族会議の面々を叱りつける。


「あなたがたは、ケインさんの話を聞いてなかったんですか。国家存亡の危機なのですよ!」

「ア、アーヴィン。そうは言ってもだな……」


 アーヴィンは、昔の貴公子のような綺羅びやかな衣装ではない。

 いま牢獄から出てきたと言わんばかりの、貧しい者が身につける粗末な白い木綿の服だった。

 

 それなのに前よりも遥かに迫力があって、強硬論を唱えていたアトラスですら声を失う。


「それにアトラス。さっきから聞いていれば、エルフの国を救っていただいた恩人に対して、恥ずかしいとは思わないんですか!」

「そう言われれば、そうなんだが……」


「かつて善者ケインと争った私が言うのもなんですが、この危機にエルフもドワーフも関係ありません。この同盟に取り残された者は、等しく滅びるであろうと言ってるんです。これは、皆が助かる最後の機会だと、部族の代表たるあなた方は本当に理解しているのか!」


 事前にマヤからその情報をもらっていたアーヴィンは、すでに覚悟を持ってここに来ている。

 拳を振り上げて弁舌を振るうアーヴィンに、弛緩した会場の空気はビリっと引き締まった。


「ケインさん。今更ですが、私のこれまでの愚かな言動の数々を謝罪させてください。そして、エルフの国を救う手立てをくださって、ありがとうございます」


 アーヴィンは、ケインに向かって深々と頭を下げる。


「俺は、あなたを愚かだと思ったことは一度もないよ。来てくれてありがとう、アーヴィン代表」


 そう優しく言うケインに、アーヴィンは頭を下げたまま、涙を堪えるように手で瞼を押さえた。

 

「あなたにそう言っていただけると……生き恥を晒した甲斐があります。おかげで、エルフの民の安寧のためにこの命を使う機会を得ました。ケインさん、あなたと精霊神ルルド様に、私は心より感謝します」


 泣いている暇はないと、アーヴィンは決意を持って顔をあげる。

 エルフの族長たちを睨みつけて「私が今より七部族会議の代表に戻ります!」と宣言した。

 

 もともと、アーヴィンの他に務まる者もおらず、代表は空席になっていたのだ。

 反論する者もいなかった。

 

 そうして、アーヴィンはバルカン大王の眼の前まで赴く。

  

「エルフ七部族会議の代表であるアーヴィン・ラスターと申します」

「うむ、エルフの国に優秀な代表者がいたと話だけは聞いとるよ。ドワーフの大王バルカンだ」


「バルカン陛下。エルフの民は、私がこの命にかけて説得してみせます。どうか、ドワーフの民の説得をお願いします」


 バルカン大王は、ジッとアーヴィンの眼を見つめると、厳かに言った。


「……融和には、あと百年はかかると思ったがな」

「私もです。でも、今やる必要があるのですよ」


 バルカン大王は、椅子からゆっくりと立ち上がると、これで理に加えて情も揃ったなと笑って声をかける。


「善者ケイン、ドワーフの説得を手伝ってくれんか。エルフの側にこう言われて、ワシらも動かんわけにはいかんからな」

「バルカン大王。それに、アーヴィンさんも、ありがとうございます!」


 これで決まりだと、バルカン大王、エルフの代表アーヴィン、そしてケインの手が重ねられた。

 慌ててローリエも駆け寄ると手を差し出して、そこに加わる。


「ケイン様、もちろんエルフの女王である私も説得がんばりますよー!」

「ローリエさんも、ありがとう」


 こうしてエルフとドワーフは、お互いの民衆を説得して一ヶ月後の同盟結成を目指すことを約束しあったのだった。

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