第三章「盟主ケイン」

第136話「エルフ・ドワーフ大同盟構想」

 ケインの呼びかけにより、エルフとドワーフの女王と大王、族長クラスまでが集められていた。

 会談の場所となったのは古の森の一番北側のエルフの村で、以前にもケインがエルフとドワーフとの争いを仲裁した土地だ。

 

 そう、大賢者の秘蔵っ子である魔女マヤの戦争を止めるための秘策とは、犬猿の仲であるエルフとドワーフを結びつけて協力させようと言うものだった。

 この世界でそれができるのは、ドワーフにもエルフにも貸しを作ったケインしかいない。

 

 この村は、かつてケインによって救われた村だ。

 人間やドワーフに敵対心を抱くエルフたちも、ケインが身を挺して村の子供を救ったことを見ているので協力してくれた。


 いつもはのんびりしているケインも、エルフとドワーフの重鎮たちを集めた責任の重さ。

 そして、これから自分がすることの困難さは理解しているので、やや表情が硬い。

 

 そこに、エルフの女王ローリエがトコトコとやって来て両手を差し出す。


「ケイン様、お招きありがとうございます。久しぶりですね!」

「ああ、ローリエさん。そんなに久しぶりでも……」


 ないんじゃないかなと続けようとしたのだが、にひっと笑ってローリエが握りしめた手の匂いを熱心にクンクンと嗅いでくるのでびっくりする。


「ケイン様の手は、エルフよりも草の香りがしますね。えへへ、すごく好きな匂いです!」

「アハハ、ありがとう。薬草ばかりいじってるからね」


 そりゃ、ケインは二十年薬草を採り続けているのだ。

 指の爪の間にまで薬草の汁が染み込んでいる。

 

 森に暮らすエルフより、草の匂いは強くなるのかもしれない。

 なんとも答えにくいことを言われるのでケインは笑うしかなかったのだが、おかげで緊張がほぐれた。


 ただ、そろそろ手を離してくれないかな……。

 ケインがそう思った絶好のタイミングで、ドワーフの大王バルカンが話しかけて来てくれて助かる。


「善者ケイン。おぬしに言われたとおり、ドワーフの主だった族長は集めたぞ」

「大王様、ありがとうございます」


 ドワーフの族長たちを引き連れてバルカン大王が来ては、ローリエも下がらざる得ない。

 前のように露骨に敵愾心てきがいしんをむき出しにしないにせよ、やはりエルフとドワーフたちには距離がある。


 ピリッとした緊張感。

 会場の左右に、エルフの族長たちとドワーフの族長たちが並んだ。

 

 その前に女王ローリエと、大王バルカンがどっしりと座る。


「ケインさん」


 後ろからマヤに声をかけられて、ケインは強くうなずく。

 大勢の人の前で話すのは苦手だけど、ここはケインがまとめなきゃならないところだ。

 

「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。エルフの森と、ドワーフの山、いやこの大陸全てに危機が迫っています!」


 バルカン大王が手をあげて言う。


「それは、ドラゴニア帝国とアウストリア王国の戦争の話だろう。報告は受けておる。ワシらドワーフは、人間の争いには中立を保つと決まっておる」


 エルフの女王ローリエも言う。


「私たちエルフもです。人間の争いには口をはさみません。こう言っちゃなんですが、勝手に潰しあえば良いんじゃないかと思ってます」


 やはり、こういう意識なのだ。

 そこで後ろからマヤが、ケインの袖を引っ張った。


「では今から、大賢者ダナのご息女マヤさんより、大陸全土に迫る脅威について説明していただきます」


 マヤが前に立ち、アシスタントを務める聖女セフィリアが大きな板に世界地図が描いてあるフリップを持ってくる。


「ご紹介に預かりました魔女マヤです。サカイの街の賢人会議については、お歴々も知っとるやろうけど、今回の事態を我々が放置した場合どうなるか、賢人会議によるシミュレーション結果を説明させてもらいます」


 人間の国のこととはいえ、エルフやドワーフの族長ともなれば、大商業都市サカイにある賢者たちの集まりや、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』のリーダーであるマヤのことをすでに知っている。

 マヤは、ちょっと見回してから続ける。


「王国は攻め込もうとする帝国との戦争を避けるために、帝国の要求である剣姫アナストレアの皇太子ジークフリートへの嫁入りを進めようとしとります。これを履行すれば、戦争は当面回避できる予定になります」


 ローリエが手を上げて言う。

 

「戦争が回避できるならいいじゃありませんか」

「それが、より大きな大陸統一戦争を生むとしても、そう言えるやろうか」


「大陸統一戦争!?」


 何を言っているのだと、ローリエは目を丸くする。

 

「まあ、順序よう説明させてもらいます。王国が世界最強の戦力であるアナ姫を帝国に嫁として引き渡すのは、乗っ取りのためなんですわ。帝国は兵は強くても脳筋で、政治を使った搦め手なら王国の思う壺や。アナ姫に足りてない政治力を側近で補わせて、やがて帝国内で権力を掌握して、皇太子を押しのけて女帝にする。ここまでは成功するやろと思います」


 アナ姫がそれに文句を言う。


「待ってよ。黙って聞いてれば、私は結婚なんかしないわよ。女帝なんて冗談じゃないわ」

「いや、仮にの話やって」


 エルフやドワーフを説得するまえに、身内に話を遮られても困る。

 ケインが「最後まで話を聞こうよ」と説得して、なんとかその場を抑える。

 

「コホン、話を続けるで。アナ姫が帝国の女帝として君臨する。ここまでは王国の狙い通りや。でも、その後にアナ姫は大陸統一戦争をおっ始めるんや」

「私はそんなことしないって言ってるでしょ!」


 マヤはため息をついて言う。


「なら聞くけど、アナ姫は戦争がない世界を作るにはどうしたらええと思う」

「そんなの、争うやつを片っ端からぶっ潰して黙らせればいいでしょ」


 その発言に、会場はシーンと静まり返る。

 片っ端からぶっ潰して黙らせる。

 

 それはつまり、力による支配だ。

 剣姫アナストレアの恐ろしさはみんなよく知っているし、冗談で言っているとも思えない。


「そんなんやから、アナ姫が女帝になったら大陸統一戦争になるって言うんや」

「ならないって!」


「アナ姫は、問題を全部力ずくで解決しようとするやろ。女帝になってから王国がうるさく口出しして、それに反発する帝国側と小競り合いも起こる。ゴタゴタし始めたら、アナ姫ならどうするんや」

「うるさいやつを潰して回るわよ。簡単じゃない」


 会場は、静まり返ったままだ。


「そうやって、力と恐怖による支配が始まるんや。力こそ正義とする帝国の竜騎士団は、いずれ最強のアナ姫を信奉するやろ。悪いことに、王国内にもアナ姫を尊崇して大陸の統一王としたがってる派閥もあるんや。帝国も王国も、何が世界の脅威なのかまったくわかってない。アナ姫をコントロールできるなら、うちはこんなに困ってへんわ!」

「ちょっと待って、さっきから脅威、脅威って、もしかして私のことを言ってるの?」


 マヤたちも含めて、バルカン大王やローリエまで激しく頷いた。

 ケインですら、申し訳なさそうに顔を背ける。

 

 鈍いアナ姫も、ようやく何が恐れられているのか理解したようで唖然としている。

 バルカン大王が尋ねる。


「統一戦争が終わったら、ドワーフはどうなるんだ」

「ドワーフの鉱物資源は狙われるですやろなあ。良くて自治領ってとこやと思いますわ」


 ローリエがゾッとした顔で言う。


「ちょ、ちょっと待ってください。古の森のエルフはどうなるんです!」

「エルフの国は、統一って言われても絶対抵抗するやろうからなあ。少しでも抵抗したら、今の獣人みたいに蹂躙じゅうりんされますやろ。まあそれでも、小さな犠牲で世界は統一されて平和になるんやから良いかもしれませんが」


「いや、待って! それ全然良くないですよ!」


 騒ぐローリエには取り合わず、マヤは話を進める。

 

「問題は百年後、アナ姫が天寿を全うして死んだ後や。結果から話をすると、大陸は地獄になる」


 セフィリアがペラっとフリップをめくって、新しい大陸地図を出した。

 そこでは、統一されたはずの大陸が四分五裂、小国が乱立して大変なことになっている。

 

「アナ姫の力によって無理やり抑えられてただけなんやから、そんな統一国家が続くはずあらへん。アナ姫の血筋の王族、皇族が後継者を自称するやろが、そんなもんで溜まりに溜まった不満は抑えきれへん。統一国家の後継国は四分五裂して、世界大戦の勃発や!」


 ドワーフのオリハルコン山と、エルフの古の森は地図上でも酷い状況になっているが、バルカン大王は聞かずにいられなかった。


「オリハルコン山はどうなるんだ……」

「前にも説明したとおり、戦乱になればオリハルコン山の鉱物資源は真っ先に狙われます。秩序を守る統一国家もなくなったら、あとは略奪と蹂躙の繰り返しですわ」


 ローリエが震える声で聞く。


「それで、最終的に古の森のエルフはどうなるんです」

「豊かな食料、木材の資源地帯が狙われへんわけがない。その頃にはエルフの国の武力も、今の獣人ほどになってしもとるから、古の森はほとんどが燃やされて辛うじて『常春の聖地』に避難して生き延びるってとこやろうと……」


 アナ姫がマヤの横で、「えっ、違うわよ。なんでみんなそんな目で見るの! 私はそんなこと絶対しないって言ってるでしょ!」と叫んでいるが、だからこそマジでヤバい、こいつは絶対やるという空気が広がっていく。

 仮にも王や族長という立場の者ならば、この世界最強の剣姫が敵となって襲いかかってきたらという恐怖を感じずにはいられない。

 

 ぶっちゃけてしまえば、アナ姫の暴走は王国や帝国などよりよっぽど恐ろしかった。


「アナ姫ばかりを悪う言うたけど、今のドワーフやエルフの国のように小国が無事に独立を保っておられるんは、大陸が帝国と王国に分断されておるからですわ。どっちが勝つにしろ負けるにしろ、小国にとっては今の戦力バランスを積極的に保つ必要があるというのが賢人会議の結論です」


 マヤに目線を送られて、ケインはもう一度中央に立って言った。


「マヤさん、説明ありがとう。だから、俺たちは戦争もアナストレアさんの嫁入りも止めなきゃならないってことになる」


 バルカン大王は、尋ねる。

 

「おぬしたちの言うことはわかった。確かにワシらにも大いに関係がある危機的事態のようだ。それで、善者ケインよ。ワシらに何を求めておるのだ」


 老練な大王は、半ばケインが何を言うか悟ったようだ。

 だから、そうやってみんながケインの声に耳を傾けるように仕向けたのだ。


「バルカン大王、ローリエさん。それにエルフやドワーフの族長の方々に聞いてほしい。俺たちは、ともに手を取り合ってこの危機を打開する必要がある。この森と山に住むエルフとドワーフ、それに俺たちや獣人。みんなで一丸となって、大国の侵略戦争を許さない意思を示す必要があるんだ」


 つまり、ケインが求めたのはエルフとドワーフの大同盟であった。

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