第101話「至高の工房」

 ドワーフが生活するオリハルコン山の広大な地下坑道の街を渡ってドワーフの大王に連れられていく。

 辿り着く先は、謁見の間かどこかかと思ったら何故か鍛冶の工房だったので、ケインは少し拍子抜けする。


 しかし、一緒にきた魔女マヤは驚きに声を上げた。


「こ、この金床かなどこ、もしかしてアダマンタイトか? こっちのハンマーは、オリハルコンか? 鍛冶の道具がこれって凄まじすぎるやろ」


 マヤはそう言っているが、ケインはピンと来ない。

 どうやら自分の工房へと招くのが、ドワーフの最高の礼儀らしい。


 変わった種族もあるものだ。


「ドワーフの諸氏族を束ねる大王は、代々世界一の鍛冶屋がなるものなのだ。この大王バルカンの工房に招かれたのだから光栄に思うがいい」

「はあ……」


「どれ、そこの人族。剣を見せてみろ」


 言われるままに、ケインはミスリルの剣を差し出す。


「やはりか……これは神剣だな」

「え、いや。ただのミスリルの剣だと思いますけど」


「それはそうなのだが、まあいい。話が長くなりそうだから、いま軽い飲み物でも出させよう」


 バルカン大王の命令でお付きのドワーフが持ってきたのは、蜂蜜酒ミードだった。

 いきなり客に酒が振る舞われるとは、大酒飲みのドワーフらしいと思わされる。


「美味しいですね」


 さすがは、大王の飲み物。

 こんなに上質の蜂蜜酒ミードは飲んだことがない。


 ケインもいける口ではあるので、美味しくいただく。

 これでもバルカンは、ケインに配慮してアルコールの度数の低い酒を出したらしい。


「フハハハ、人族がドワーフの城のど真ん中にきて、唯一の武器を相手に渡し、出された酒まで飲み干すか。豪胆にも程があるぞ、ワシが怖くはないのか?」


 そう笑いながらバルカンは、ケインを探るように眺める。


「最初は恐ろしい方だと思いましたが、本当に怖い方なら、みんながあれほどに貴方を慕いはしないでしょう」


 本当は優しい王様なのだと思うとケインに言われると、バルカンは虚をつかれたような顔をした。


「ふむ、貴様は計り知れぬ男だな」


 そう言って、ドワーフの大王は長い髭を手でさすりながら考え込む。


「バルカン大王。それで、エルフとの外交の話なんやけど」


 本題はそれだ。

 マヤがそう切り出したのを、大王は「酒でも飲んでちょっと待っていろ」と言い放って、受け取ったケインのミスリルの剣とハンマーを持って工房の奥へと消えていく。


 何をするのかと思えば、ガンガンとハンマーを打ち振るう音が聞こえてきた。

 客を待たせて鍛冶仕事かと、ケインとマヤは顔を見合わせる。


 ほんの一時間も経たないうちに、大王は見たこともないような立派な剣を持って出てきた。

 まるで星のようにキラキラと光り輝いている。


「これは」

「お前の神剣だ。ちょっとワシが力を引き出しただけでこれだ」


「ええ!」

「驚くのも無理はない。ミスリルの神剣などワシとて生まれてこの方、見たことが無いな」


 この世にある三つの神剣の手入れは、名工揃いのドワーフの鍛冶屋ですらできず、全てバルカン大王自らが鍛えているそうだ。

 ケインが手にしているこの剣は、世界で四本目の神剣ということになる。


「これが神剣になってるんですか?」

「そうだ。他の神剣より素材で劣るものの、二柱の神の力を感じる。ケインと言ったか、神の力に触れることがあったか?」


「はい」


 心当たりは、ありすぎるぐらいだ。

 二柱というのなら、善神アルテナと精霊神ルルドになるだろうか。


 ケインの顔色をうかがって、大王はうなずいた。


「やはりか」


 マヤがすかさず補足する。


「ケインさんは、聖女セフィリアに善者として誓約を受け、悪神や魔王ダスタードとも戦っとるんやで。その剣が神剣になってるのも納得やな」


 ここぞとばかりに、ケインの株を上げようとするマヤ。

 そうしておけば、交渉も有利になる。


「善者とは一体なんだ」

「それはうちにもよーわからんけど、善神アルテナの加護を受けとるんやから善者なんやろ。ケインさんは、アナ姫も勝てなかった悪神の浄化に成功しとる」


「あの剣姫アナストレアが倒せなかった相手をか! ふむ、アルテナ様とは、聞いたこともない神の名だが、それならば善神剣アルテナソードとでも名付けておくか」


 そう言うと、大王は仕上げとして剣の中心なかご善神剣アルテナソードと銘を刻んだ。


「バルカン大王。剣を鍛えてくださってありがとうございます」

「いや、こんなことはいい。それよりも、貴様……いや、おぬしを神剣を授けられた善者と見込んで頼みがある」


「頼みですか」

「ああ、ドワーフの大王として、これまでの対応のマズさは謝ろう。どうかドワーフの民を救って欲しいのだ」


 そう言うと、大王はケインに向かって深々と頭を下げた。

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