第83話「北への旅路」

 ともかくも、ケイン一行は古の森のエルフを救うべく、北へと旅立つこととなった。


「お出かけ、お出かけー!」


 白いロバのヒーホーに乗ってはしゃいでいるのは、ケインの娘のノワだった。

 彼女も、長い黒髪に毛糸の帽子を載っけてすっかり冬仕様だ。


 たまのお出かけということで、ノワはちょっとした小旅行気分である。

 ちなみに、剣姫たちは冒険者ギルドに今回の旅のことを報告に行っており、後から合流することになっている。


「旅は危ないから、あんまりノワちゃんを連れて行きたくはなかったんだけど。いざとなれば、テトラもいるから大丈夫かな」


 家を長く留守にするのに、娘のノワだけ置いておくわけにはいかない。

 聖獣人であるテトラが近くにいれば平気かなと、ケインは思う。


「ハハハ。あるじ、そんな心配しなくても、ノワ様は我らよりも遥かに強く……ええっ!」


 何気なく言ったテトラの発言がなぜか気に障ったらしく、ノワはじっと睨みつける。

 なくなったはずの悪神の瘴気が出てますけど……と、テトラは冷や汗をかく。


 一体何が、ノワ様を不機嫌にさせたんだ。

 テトラは命の危機に震えながら、考えろ、考えろと必死に頭を捻る。


「えーと、えっと。ノワ様は、父親であるあるじが守れば良いのではないかぁ!」

「うん。ノワ、お父さんに守ってもらう!」


 一瞬で子供らしい無邪気な笑顔に戻ったノワは、ロバを引いているケインの背中に飛びついた。


「そうだね。俺もノワちゃん一人ぐらいは、頑張って守るよ」

「わーい!」


 後ろから抱きついてきたノワを、ケインは肩車してあやしてやる。

 ……良かった正解かと、テトラは胸をなでおろす。


 こんな恐ろしい子を娘として愛でているあるじは凄いなと、テトラは心服する。

 だが実際のところは、ケインが鈍すぎて、ノワから発する強烈な威圧感がわからないだけだったりする。


「あるじ。それでは我は、先に街道を見回って、モンスターを狩って安全確保してくる!」

「そうしてくれると助かるよ」


 強いテトラが旅を先導してくれるなら、ケインとしても安心だった。

 テトラとしては、恐ろしいノワの近くにいるより、街道沿いのモンスターを相手にしていたほうが気が楽だった。


 ケインたちの後ろには、ハイエルフの女王ローリエと、結局一緒に行くことになってしまったシスターシルヴィアの姉妹が続く。


「お姉様、お姉様ー!」

「もう、ベタベタと、いい加減に離れなさい」


「だってー、こうしてると暖かいじゃないですか。お姉様が一緒に国に帰ってくれるから、私は嬉しいんです!」

「いや、私は里帰りするわけじゃないからね。教会の仕事だってあるし、今回の問題が解決したらすぐ戻るんだから」


 そう言いながらも、甘え上手な妹に頼られると断りきれないシルヴィアだ。

 だから、あんまり会いたくなかったということもある。


「ところで、ケイン様はお姉様とどういう関係なんですか。もしかして、恋人だったりします?」


 シルヴィアから前に押しやられたローリエは、ケインにそんなことを聞く。


「いやいや、そんなわけないでしょう!」


 見ればわかるだろうと思うのだ。

 シルヴィアは、なぜか嬉しそうに笑っている。


「でも、ケイン様からお姉様の匂いがすっごく濃厚にするんですが……」


 少し訝しげにケインを見てくるローリエ。その鼻の効き方は、ハイエルフ特有のものなのだろうか。

 シルヴィアの匂いとか、ケインはまったくわからない。


「シルヴィアさんは、俺の育ての親だよ」


 変な誤解を受けないように、さっさと答えを言ってしまう。

 ある意味で、恋人よりもずっと親しい間柄あいだがらとは言えるかもしれない。


「お母さん! なるほど、それでケイン様から、お姉様の匂いがしたんですねー」


 ローリエは、着ている毛皮のコートの匂いをクンクンと嗅ぐ。

 ケインは貸しただけのつもりだったのが、そのコートはローリエのお気に入りになってしまって、取られてしまった。


「じゃあケイン様は、私とも家族ですね」


 ローリエは後ろから抱きついてくるので、ケインは肩車していたノワを、ヒーホーの背に戻した。

 どうも、スキンシップが激しい子らしい。


「そういうことになるかなあ。ローリエさんは、シルヴィアさんの妹なんだよね。そうすると俺からすると、オバ……」

「妹です!」


 ギュッと後ろから首に手を回される。

 有無を言わさない勢いだ。


「ローリエさん、首が苦しい」

「可愛い妹ですよ!」


「わかった、わかったから……俺にとってもローリエさんは妹だね」


 ハイエルフは人間とは寿命が違うのだから、うら若き女性にオバサンと言ってはダメだろう。

 これは、ケインの気が利かなかった。


「フフン、わかればいいんですよ。この子はノワちゃんでしたっけ、じゃあ私はノワちゃんのお姉ちゃんになりますから、よろしくお願いしますねー」

「うん、お姉ちゃん!」


 ノワにもしっかりと抱きつくローリエ。


「クンクン、この子もいい匂いがしますね」

「お姉ちゃんからも、お父さんの匂いがするー」


 じゃあ匂い混ぜちゃいましょうと、ローリエがノワにスリスリして、ノワがキャッキャと喜ぶ。

 それはまるで、猫がじゃれているようで可愛らしいのだが。


「えっと……」


 ケインの娘のノワが、ローリエの妹?

 なんだか、頭がこんがらがってしまう。


「ケイン、この子の言うことは適当に流しておけばいいからね」


 シルヴィアさんが苦笑混じりに、そうフォローしてくれる。


「そうですね」


 まあこの問題は、軽く流しておいたほうが良さそうだ。

 姉のシルヴィアが家族なのだから、妹のローリエも家族ということでいいだろう。


「私たち姉妹のことで迷惑をかけるけど……それとは別にケインのためにも、『常春の聖地』にいる精霊神ルルド様に、一度お会いしたほうがいいかもしれないとは思っていたのよ」


 そのためにも自分は付いてきたのだと、シルヴィアはボソッとそんな言葉を付け加えた。


「それって、どういうことですか?」


 気になってケインは尋ねる。


「古の森に着いたら、詳しく話すのだけど……」


 そこに馬蹄ばていの音も高らかに、数騎の早馬が街道を走ってきた。


「ケインさーん!」


 もしかしたら、剣姫たちがやってきたのかと思ったが、馬で駆けてきたのは、ランダル伯爵となったキッドだった。

 若き領主となった狼耳おおかみみみの美少年は、ケインの前までくると颯爽さっそうと下馬する。


「おや、キッド。どうしたんだ」

「ケインさんが、討伐隊を率いて北に旅立たれると聞いて、慌てて追いかけてきたんですよ。間に合って良かった。ランダル伯爵家のマントは、どうしましたか?」


「もちろん、ちゃんと持ってきているよ」


 旅装には着替えているケインであるが、汚すといけないからと思って、ランダル伯爵家の紋章が入った豪奢なマントは着ていなかった。


「持ってるなら身につけてください。エルフの森までは、伯爵家の領内です。当家の紋章入りのマントを着ていれば、粗略そりゃくな扱いは受けません」

「そうか、いろいろ考えてくれてありがとう」


 キッドの勧め通りに、マントは身につけておくことにする。

 よく考えたら、こんなときに使わなければ、もう使う機会がないかもしれない。


「それと、ケインさんにもう一つお話がありまして、レオノーラ!」


 キッドのお供の女騎士レオノーラが、丸めた羊皮紙ようひしうやうやしく開くと、ケインへと差し出す。


「これは冒険者ケイン殿に、ランダル家の領主代行の権限を与える任命書です。どうぞお受け取りください」

「領主代行? いや、こんなものはさすがに受け取れないよ」


 いわゆる代官というものだろう。

 ただの冒険者のケインに、そんな役職が務まるとも思えない。


「ケインさん。これは僕からのお願いなんですよ」

「お願いとは?」


「先の家宰かさいフォルスの横暴のせいで、ランダル家の領内は荒れています。僕もまだ領主としては教育を受ける身で、遠方地まで目が届かないんです」

「ふむ。それで、俺に何をしろと……」


「旅のついでで構いません。僕の代わりに、領民が困っていないか、北方の領地を見回ってきてほしいんです。優しい心を持ったケインさんになら、安心してお任せできます」


 キッドのお付きの護衛騎士であるレオノーラも、「ケイン殿であればふさわしいと思います」と声をそろえる。


「……キッドにそう頼まれたら、断るわけにはいかないか」


 ケインは、亜父あふとしてキッドを助けると約束したのだ。


「ありがとうございます」

「俺に何ができるかはわからないけど、できる限りのことをしてみるよ」


 旅では何が役に立つかわからない。

 ケインは、心良く任命書を受け取っておくことにした。


「ランダル伯爵家は、ケインさんと共にあります。困ったことがあれば、いつでもうちの家の名を出してください」


 こうして、領主であるキッドとその家臣に見送られて、ケイン一行は北の地へと向かって旅立つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る