第63話「カスター成敗!」

「ランダル伯爵家長子、カスター・ランダル! 狼藉ろうぜきの数々許しがたい! 王国に成り代わり、神速の剣姫アナストレアが成敗する!」


 再び神剣を抜いた剣姫アナストレアは、神剣をきらめかせてカスターの下へと向かう。


「あ、あ……」


 一瞬にして全てを失ったカスターは、死がゆっくりと近寄ってきても、為す術もなくその場に崩れ落ちるだけだった。


「……いやだ、俺は死にたくない。俺は、俺は!」


 そこに父親のランダル伯爵が飛び込み、カスターを抱きしめてかばう。


「お待ち下さい、アナストレア様。この騒ぎの原因は、全て父親の私にあります!」

「そこをどいて、ランダル伯爵」


「どきません。こんな愚かな息子でも、我が子なのです。切るとおっしゃるなら、どうかこの愚かな父の首もろとも一緒に落としていただきたい」

「お、親父……」


 見捨てられたと思った父親にかばわれて、カスターは顔をくしゃくしゃにした。


「アナストレア様、俺からもお願いします。どうか、兄の命ばかりは……」


 なんと弟のキッドまで、カスターの命乞いをした。

 あまりのことに、カスターは叫ぶ。


「キッド! お前までどうして俺をかばう! 俺は、お前を殺そうとしたんだぞ!」


 家令であったフォルスにそそのかされたとはいえ、カスターは父親を幽閉して実権を奪い、家を継ぐのに邪魔な弟を殺そうとしていたのだ。

 酷い仕打ちをした肉親二人にかばわれたカスターは、困惑と苦悩をないまぜにしたような表情を浮かべて崩れ落ちる。


「アナ姫、カスターは幻魔将フォルネウスに利用されてたんや。その罪は重いが、処刑までする必要はないやろ。これは治安判事としての提案やけど、長子としての相続権を奪って、奴隷として徒刑十年の刑でどうや」


 王国の直轄領のエルンの街を兵で囲み、街中で傭兵を動かすほどの騒乱を起こしたのだ。

 もちろん無罪というわけにはいかないが、ランダル伯爵や狙われた当人のキッドまでがかばっている。


 ランダル家が問題の多い辺境の地を長きに渡り無難に治めてきた功績を考えれば、情状の余地はある。

 剣姫は、冷徹にカスターを睨んで言った。


「そう、それでもいいわ。でも、ケジメは付けさせてもらう」


 スッと神剣がきらめくと、カスターの右腕が根本から断ち切られた。


「ぎゃぁああああ! 痛いッ! 痛いッ!」


 切られた右肩を押さえて、のたうちまわるカスター。


「そりゃ痛いでしょう。あんたがやったことはそういうことだもの。これは報いよ。自らの血で罪を償いなさい」


 それだけ言うと、剣姫は剣についた血を振り払って鞘に納める。

 あとには、あまりの激痛に悲鳴を上げるカスターと、それを心配する父と弟が残るのみ。


 あまりにも痛々しい光景に、ケインは飛び出す。


「ランダル伯爵、カスターくんの身体を押さえて! キッドくん、腕を拾ってつなげてみてくれ」

「なんとかできるのか!」「こ、こうですか!」


 ケインは、かろうじて残っていた『命の雫』をかき集めるようにして、カスターの腕に祈るように塗り込めた。


「大丈夫か、カスターくん。今助けてあげるから」


 ケインの願いに善神アルテナが応えてくれたのか、カスターの腕が癒やされて繋がっていく。


「うう……どうして、あんたが俺を治すんだ」


 それは剣姫も言いたいことだった。


「ケイン、なんでそんなやつを治しちゃうの。そいつは、驕り高ぶった悪人で、罪もない村人の腕を切ったのよ?」


 そこに、トチ村の村長リンネルが出てくる。


「腕を切られたのは私です。そのことに恨みがないとは申しませんが、私の腕を癒やしてくださったのもケイン様でした」

「リンネル村長! どうかバカ息子がやったことを許してやってくれ。償いは、父親の私が何なりとする。代わりに私の腕を切ってくれてもいい!」


 一人の領民に、領主たるランダル伯爵が地に手をついてそう懇願した。

 愚かな息子をどこまでもかばおうとする父親の姿に、リンネル村長は微笑んで頷いた。


「私も人の親です。子を思う心に、貴族も平民も関係ないでしょう。他ならぬケイン様がカスター様を癒やされたいのであれば、私もその罪を許します」


 ケインに加えて、被害を受けた当人にそう言われると、剣姫もちょっと躊躇してしまう。


「でも貴重な薬を、そんなやつを治すために使うなんて……」

「アナストレアさん。俺には難しい政治のことはわからない。だが、彼はこれから犯罪奴隷として重い労役に就くのだろう。腕まで奪われたら、死刑と変わらなくなってしまう」


 犯罪奴隷としての徒刑十年は、軽い刑罰ではない。

 貴族の御曹司として何不自由なく生活していたカスターであれば、余計に辛いものとなる。


 利き腕まで失っては、厳しい労役に耐えきれずにすぐに死んでしまうだろう。

 それでは死刑と変わらないと、そうケインは言っているのだ。


 ケインの思いやりは、相手が貧しい農民でも、貴族のバカ息子でも変わりない。

 ただ純粋に自分の命を慈しんでくれるケインの言葉に、うつむいているカスターは、声を震わせて号泣した。


「うあああ! 俺は、俺はバカだ……なんてことをしようとしていたのだ!」


 いくらカスターが愚かでも、ケインが自分の命を救ってくれたことぐらいはわかる。

 命の恩人を殺していたかもしれないのだと、ようやくカスターは自分の罪を自覚した。


「カスターくん。君は信じるべきではない人の言葉を聞いて、道を誤った。だが、幸いなことにまだ誰も死んではいない」


 ケインは繋がったカスターの腕をさすると、優しく語り聞かせるように諭す。


「でも、俺はあなたやみんなに、酷いことをしてしまった!」

「俺は君のことを知らない。だが、弟のキッドくんのことはよく知っている。ランダル伯爵やキッドくんが、こうまでして君の命を救おうとした。それだけで、俺は君が罪を償って立ち直れる人間だと信じる」


 その言葉に、カスターは涙を流す。


「でも、どうやって償ったらいいんだろう……」

「償うのは簡単ではないかもしれない。でもこれから、自らの行いを思い返して、罪を悔いて生きていくんだ。今度は甘い言葉ではなく、君を本当に思ってくれる人の言葉を聞くんだ」


 ひとしきり顔をくしゃくしゃにして号泣したカスターは、自ずから語りだす。


「……俺は、子供の頃からずっと親父に褒められたことがなかった。親父は俺を見捨てている、たまに口を開けば弟のキッドのことばかり褒める。家臣たちだって、領民だってそうだ。みんな心の中では俺をバカにして、誰も俺を必要としていない」


 そんなことはないはずだったが、劣等感に駆られたカスターはそう思い込んでしまった。

 そうして、悪魔の囁きに耳を傾けてしまったのだ。


「俺は、なんとかみんなに跡取りとして認められなきゃって焦っていた。そんなとき、フォルスが俺を認めてくれて、立派な領主になれるようにしてくれるって言ったんだ。キッドがいたら俺が跡を継げないって……こんなことになるなんて思わなかった!」


 そう思いを吐露した兄のカスターに、弟のキッドも言う。


「僕だって、兄さんのことを恨んでいた。母さんが早くに死んで、故郷からこの街に追いやられて、辛いこともたくさんあった。兄さんさえいなければと思ったときもあったよ」

「キッド、だったらなんで、俺をかばった……」


「でも、殺したいほど恨んでるわけじゃないんだ。だって兄さんは小さい頃、俺が欲しがったおもちゃを譲ってくれただろう」

「あんなの、捨てるよりいいかと思っただけで」


 愚かな嫉妬に狂ってしまったカスターも、昔は幼い異母弟を気遣ったこともあったのだ。

 兄の見せた気まぐれの優しさを、キッドはずっと覚えていた。


「孤児院の貧しい生活でも、俺には優しくしてくれる人がいた。ケインさんや、シルヴィアさんや、孤児院にもかけがえのない仲間たちができた。だから、こんな生活も悪くないって思えるようになったんだ」

「そうか、キッド……お前は強いな。俺には、その心の強さがなかったんだ」


 涙を拭いたカスターは、ゆっくりと立ち上がる。

 ランダル伯爵は、カスターに謝罪した。


「父親である私が、お前を厳しく叱りつけるだけでなく、もう少し優しい言葉をかけてやれば……すまぬカスター、お前をないがしろにしているつもりはなかったのだ」

「もういいよ親父。気持ちはちゃんと伝わった、俺が悪かったんだ」


 カスターは懐から、ランダル伯爵家代々に伝わる当主の証である、双頭の鷹の紋章の入った印章いんしょうを取り出す。


「すまなかったキッド。強くて優秀なお前こそ、ランダル家の当主にふさわしい。奪われるんじゃない。俺は自分の意思で、ランダル家の継承権をお前に譲る」

「兄さん!」


「これが、俺のできる精一杯の謝罪だ。ランダル家長子、カスター・ランダルとして最後の意地を張らせてくれ」


 悄然しょうぜんとしたカスターは、異母弟に当主の証を渡すと、ケインたちに一礼して駆けつけた街の兵士に連れられて去っていった。


「何よあれ、なんか私が悪者みたいじゃない」


 剣姫はなんか釈然としないようだった。


「いや、アナ姫の処遇も正しいやろ。カスターみたいなアホのボンボンは、自分が痛い目をみないとわからんのや。ただ、ケインさんが貴重な薬を使ったのも無駄やないで。カスターに自分から継承権を譲らせたんやから、上手くやったもんや」


 マヤの中では、ケインの評価がどんどん上がっていた。

 特に、アナ姫がやらかした後始末をしっかりやってくれるのがありがたい。


「うーん。よくわかんないけど、そういうものなの?」

「そういうもんや」


 これでカスター派の家臣が残っていても、キッドがランダル伯爵家の次期当主になることに文句を言うものはいない。

 増税に苦しんだ領民も、元凶であった家令フォルスが成敗されて、カスターが労役に就く姿を見れば、大いに溜飲を下げることだろう。


 魔王軍の脅威が明確になったのだ。

 これ以上、ランダル家のお家騒動を続けさせるわけにはいかない。


 今は敵の付け入る隙を与えないように、事態の収拾を急ぐときだった。

 政治的なことは何も考えてない剣姫に代わって、伯爵家と王国の仲立ちにも骨を折らなきゃならんなと、いろいろ気苦労の多いマヤであった。

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