第62話「幻魔将フォルネウス討伐」
「アナ姫、殺してないやろな!」
剣姫アナストレアは、幻魔将フォルネウスに突き刺した神剣を引いた。
「家令フォルスの正体が悪魔なら、この程度じゃ死なないでしょ」
確かに死んではいないが、すでにギリギリだった。
胸を刺し貫かれたフォルネウスは、血反吐を吐いてその場に倒れ込む。
「まったく、ゴハッ……手厳しい、お嬢様方、だ」
神剣の一撃は、致命的な打撃を与えていた。
血反吐を吐いたフォルネウスは、いつもの減らず口も利けぬほどに弱ってしまっている。
「さて、幻魔将フォルネウス。お前の目的を聞かせてもらおうか」
「誰が言う、グワッ!」
剣を止めたところに隙ありとみて、投げつけたエーテルダガーは一瞬にして砕かれてしまった。
そのついでとばかりに、左手を斬り刻まれて悶え苦しむフォルネウス。
桁違いの威力もさることながら、何よりも圧倒的に速度が違う!
神の領域に達している剣姫アナストレアの攻撃は、もはや一方的な暴力。
しかも神剣の力は、悪魔のフォルネウスにとって身体だけでなく魂が削られるような激痛を与えた。
フォルネウスが心の底から焦るのは、二百年ぶりのことであった。
「そんな元気があるなら、チャキチャキと答えなさいよ」
「ま、待て、いくらなんでも容赦がなさすぎるぞ。ぐはっ、言うから、話をグェ! 私の目的は善者ケインを倒すことだった!」
ケインの話が出た途端、剣姫の容赦ない執拗な攻撃が止まった。
ここが攻めどきと察知したフォルネウスは、畳み掛けようとする。
「なにせ、相手はお優しい善者だ! フハハハ、我らの力で倒せなくても人間に殺させれば良いと、ぐぎゃぁああああ!」
ブシュッと、フォルネウスの身体を再び神剣が貫いた。
さらに突き刺した神剣をグリグリさせる剣姫に、フォルネウスはたまらず絶叫した。
「アナ姫、まだ殺したらあかん!」
「だって、コイツ。今ケインを殺すって言ったわよ。すぐに殺さないと」
「なぜだぁ、私は話せと言ったから話したのにぎゃぁああ!」
アナ姫は、完全に怒りに我を忘れている。
人間によってケインを殺させるなんて策略は、絶対に許せることではなかった。
「アナ姫待てって! フォルネウス、早く全部知ってることを吐くんや。魔王の居場所を吐けば、命だけは助けてるで」
「いや、コイツは絶対殺す。肉の一片たりとも地上に残さない」
「アナ姫ェ……」
そこは、相手に情報をしゃべらせるために、嘘でも命だけは助けると言うところだ。
「こ、このお姫様が恐ろしくて、私も吐きたいのはやまやまだが、残念ながら……これがあるのだよ」
皮肉な笑みを浮かべるフォルネウスの喉元には、魔王呪隷紋が刻まれている。
慎重な魔王ダスタードは、自らの片腕にすら
「じゃあ、あんたの価値はゼロね。処刑決定!」
剣姫は、無造作に聖剣を振るう。
そのたびに、フォルネウスの心と身体が削られていく。
「待て、止めろ。ぐぁあああ! 魔王様は、魔王は!」
どうせ答えないつもりなのだ。
剣姫にそんな誤魔化しは通用しない。
「フォルネウス、大人しく死ねると思わないことね。ケインを狙ったあんたには、もはや地獄すら生ぬるい。ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す!」
「ぎゃぁああ! やめ! 助げ、ぐぁ、ぎゃ、ぐっ、ごっ、ぐげぇ……」
剣姫アナストレアの怒りに応えて、神剣『
しかも、その攻撃は剣の使い方ではなかった。
再生能力がある魔族に対して、むしろなるべく殺さないように剣の腹で殴り潰して、何度も何度も何度も何度も執拗に生命力を削り取り、魂そのものを叩き砕く。
極めて乱暴で残忍な、もはやどっちが悪魔かわからないほどの攻撃。
神剣の与える煉獄の責め苦は、悪魔の強靭な精神ですら蝕み、魂をも粉々に打ち砕いていく。
剣姫アナストレアが、地獄からよみがえる魔族を死滅させるために開発した秘技、
神速で叩かれ続けたフォルネウスへの
肉体どころか、魂までもがグチョグチョのドロドロになっている。
いかに高位の魔族といえども、これではもはや復活できない。
「やれやれ、魔王の居場所まではしゃべらせられへんかったか。なあ、テトラ」
「な、なんだ、人間の魔女……」
全身の毛を逆立てているテトラは、もはや完全にビビっていた。
一歩間違ったら、自分もこうやって醜い肉片に変えられていたのかと、心の底から震え上がる。
「聞いたやろ。魔王ダスタードは、ケインを殺そうとしてるんやぞ」
マヤにそう言われて、虎耳を下げたテトラは、苦悶の表情を浮かべた。
「たとえ魔王ダスタード様が狙ってきても、あるじは我が守る……」
「お前だけで何とかできる敵とちゃうやろ。うちらと協力して早く魔王と決着をつけな、ケインのおっさんは、本当に殺られるかもしれんで」
人間の欲望を掻き立てて利用し、ケインを殺させようとした幻魔将フォルネウス。
今回はなんとかその陰謀を食い止められたが、心優しいケインならばこそ危険だった。
「どうすればいいのだ。我は、魔王の居場所など知らされてはいないのだ」
「なんか知ってることがあったら話してくれればええんや。今のテトラは、魔王呪隷紋にも侵されてないやろ」
テトラの顔色を窺いながら尋ねるマヤ。
魔王もフォルネウスから情報が漏洩しないように対策は取っているはずなので、情報は取れないと思っていた。
テトラとケインの絆が深まるのを待ってから、このままではケインが危ないと揺さぶって魔王軍の情報を吐かせる。
これがマヤの本当の策で、フォルネウスはただの道具にすぎない。
「……我をシデ山のダンジョン最奥に残していくとき、魔王軍は北へと向かっていた」
「北か、それで見当がついたわ。ありがとうやで、テトラ」
マヤは、魔王軍が向かった方向がわかっただけで、なにがしら掴んだ様子だった。
「礼など言われても心苦しい。これも、あるじのためだ」
悲しそうにうつむくテトラ。
どのような形であれ、古巣である魔王軍を裏切るのは、テトラにとっても心苦しいことだった。
「さてと、次は向こうの方やな」
「傭兵ども、あんたらよくもケインをやろうとしてくれたわね。全員死刑よ!」
マヤがちょっと目を話した隙に、剣姫がまたとんでもないことを言い始めている。
「ま、待ってくれ。俺達はランダル伯爵家から雇われただけで、神速の剣姫を敵に回そうなんて夢にも思っちゃいねえ!」
「助けてママァー!」
殺気を向けられた傭兵たちは、みんな顔を蒼白にして必死に命乞いをしている。
剣姫アナストレアがやるといったら、やるって知ってるからだ。
「アナ姫あかんて。こいつらは、フォルネウスに利用されてただけやろ」
「なんでよ、こいつらはケインを殺そうとしたのよ!」
ケインが狙われたと知った剣姫は、怒りが収まらない様子だった。
「それも未遂やし、街にも被害は……」
そう言いながら、見回してみる。
むしろ街に被害を与えたのは、マヤの魔法であった。
それも見た目は派手だがかなり手加減した魔法の炎であったので、道路の石畳が焦げたぐらいだ。
燃え上がった炎が、建物を焼くようなことはなかった。
「うわー、俺の自慢の髪がぁぁ!」
「アベルくん、大丈夫か」
被害と言えば、調子に乗って先頭を突っ走った自称英雄のアベルの自慢のツンツンヘアーが、ちょっと黒く焼け焦げている程度だった。
「……まあ、被害はほとんど出てないようやし。どっちかと言ったら、暴れたのはうちらやしなあ」
「あんまり納得いかないけど、マヤがそう言うならそうしておきましょうか」
剣姫が剣を鞘に納めたので、傭兵たちはホッと安堵してその場に座り込んだ。
「ただお前ら! 雇われた金はランダル伯爵に返すんやぞ。それは、もともと領民の税金やからな」
金にしっかりしているマヤは、きちんとフォルネウスが撒いた資金を回収する。
「もちろんですとも、助けていただいて、ありがとうございます!」
「ママー!」
命が助かったことに安堵した傭兵たちは、剣姫を相手にして殺されなかっただけでもラッキーだと金を返した。
「でも、この責任は誰かに取らせなきゃ。じゃあ、死刑にするならこいつよね」
事件の責任を誰かに取らせようとする血に飢えた剣姫。
その矛先は、呆然自失といった様子で立ち尽くしてるランダル伯爵家長子、カスターへと向けられた。
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