第54話「テトラとの薬草狩り」

 俺が薬草狩りに出ると言うと、当然のようにテトラもついてきた。

 元獣魔将であるテトラを連れて冒険者ギルドにはいると、冒険者たちがざわめき始める。


「あれが噂の獣魔……」

「高位の魔族だろ。ほんとに、危なくないのか?」


「ビ、ビビるなよ。ケインさんが管理してるんだから大丈夫だろ」

「お腹の模様、なんかエロくね?」


 なんか凄く遠巻きに見られているが、うちの使い魔だとは知ってくれてるようなので、とりあえずトラブルならなくてホッとした。

 受付嬢のエレナさんにテトラを紹介すると、微妙そうな笑顔を浮かべられた。


「今日も、薬草狩りでよろしいんでしょうか」

「えっと俺はそうなんですけど……」


「使い魔のテトラさんの扱いは、ケインさんにテイムされてるってことでよろしいんでしょうか。こちらとしても、判断に迷うところでして」


 エレナさんは、ギルドのルールブックを確認したり過去の文献を必死に調べているが、こんなケースは初めてだそうだ。


「テトラはどうしたい?」


 魔王軍の幹部としての実力を持つテトラだけなら、もっと凄い依頼だって受けられるはずだ。

 ケインは、個人の冒険者として登録したらどうかともテトラに勧めたのだが、「あるじと一緒にいる」と受けなかった。


「高位魔族の使い魔をお供に薬草狩りも、安全でいいかもしれませんね」


 Dランク冒険者が連れて歩くには明らかにオーバースペックなので、エレナさんも俺も笑うしかない。


「まあどうなるかわかりませんが、いつも通り行ってきます」

「はい、気をつけて行ってらっしゃい。夕方には帰ってらしてくださいね」


 いつものようにエレナさんに見送られて、いつものクコ山だ。


「そうだ、テトラ。ちゃんと山の神様にちゃんとお参りしないといけないぞ」

「山の神様?」


「テトラの命を救ってくれた、善神アルテナの神殿だよ。ちゃんと御礼を言っておこうな」

「そうか。神にお祈りなどしたことがないのだが、あるじのようにすればいいのか」


 テトラは、ケインの真似をして素直に感謝の祈りを捧げる。

 ケインも手を合わせながら、今回も無理をさせてしまってごめんとアルテナに謝った。


 信仰を集めることが、アルテナの力を高めると言っていたので、こうしてキッドやテトラを連れてきてお祈りさせることも力になっているはずだ。

 助けてもらうばかりじゃダメだな。


 何かもっとアルテナのためになることを考えなきゃ。

 ケインはそうは思ったものの、いいアイデアが思いつかないので、いつものように地道に薬草狩りだ。


「その薬草狩りというのは、我には難しそうだな」


 少し寂しそうに言うテトラ。

 鋭い烈爪れっそうがついたテトラの手は、繊細な仕事には向いてない。


「無理にしなくても、できることをやってくれたらいいよ」

「近くにゴブリンの匂いがするのだが、ゴブリンなら殺してもいいか?」


「ゴブリンがいるなら片付けてくれると助かるな」

「そうか! では、辺りのモンスターを一掃してあるじを守ることにする!」


 テトラは嬉しそうにそう言うと、野山を駆け巡り、みるみるうちにゴブリンの死体を大量に積み上げた。


「うわ、これはすごいな……」

「これで、このあたりのモンスターは全部やっつけたので、あるじは安全だ」


 ゴブリンの耳を切り取って持っていくと、ギルドで報奨金がもらえる。

 そのお金は当然テトラのものなのだが、今回は食費に充てさせてもらおうと思ってケインは、回収することにした。


「あるじ、思ったのだが、この山にたくさんいるイノシシや熊を狩り集めてはどうだろう。我が食べる肉で、迷惑をかけているようだから」


 なんだ、テトラも自分の食費がかかることを気にしてたんだなとケインは笑う。


「テトラの狩ったモンスターの報奨金で十分だよ。それにテトラ、俺たちは冒険者なんだから山の獣を狩っちゃダメだ。クコ村の猟師たちは山の恵みで生活しているんだから、テトラがモンスターを狩るみたいな勢いで取り尽くしてしまったら、みんな困るんだ」

「うーむ、人間の社会は複雑なのだな。ではあるじ、普通の獣ではなく、人間の狩らない魔獣なら良いのか?」


「それならいいけど」


 魔獣なんて、このあたりでは見たことないけどなとケインは首をかしげる。


「じゃあ、ちょっと待っててくれ」


 テトラは、凄まじい勢いで山の向こう側まで走っていって、そのまま帰ってこなかった。

 うーむと、ケインは首をひねる。


 テトラを放っておいて、一人で帰るわけにもいかない。

 どうしたんだろうと心配しながら、ゴブリンたちの装備品を剥いで集めたり、今日採った薬草を仕分けして待っている。


 すると、なんか遠くから巨大な茶色い塊を担いだテトラが、ドスドスと音を立ててやってきた。

 あれ、もしかしてイノシシなのか。


 それにしては、その獣はあまりにも巨大すぎた。


「テトラ! それどうしたんだ!」

「あるじ、肉だ! シデ山とクコ山の間にある魔の谷から、ビーストボアーを狩ってきたぞ!」


 テトラが担ぎ上げて持ってきたのは、小山のように大きなイノシシ型の魔獣、ビーストボアーであった。

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