第52話「マヤの思惑」
「何よあれ! 魔族を自首させるって話はどうしたのよ。あれじゃケインの手柄にならないじゃない!」
剣姫アナストレアは、ケインのあとを飼い猫よろしく(飼い猫というか虎の猛獣だが)尻尾を振りながら付いて回っている使い魔テトラを見て、不満げにつぶやく。
血に汚れていた虎のたてがみは真っ白のモフモフになったとはいえ、真紅の瞳や禍々しい
そこで、ケインと聖女セフィリアまで連れ立って、ご近所に説明して回っているのだ。
人間嫌いなテトラは、わざとしかめっ面を作ってケインに付いていっているが、虎縞の尻尾だけはピンと立って、「うちの使い魔」とケインに言われるたびに、尻尾の先が機嫌良さそうに揺れたりしている。
テトラの住む場所をどうしようかという話になり、当然のように木の上で野宿するとか言い始め、ケインがそれを良しとするわけもなく。
部屋も余っているしということで、いつの間にかテトラはケインの家に住み込むことになってしまった。
剣姫がご不満なのは、それに対する嫉妬もあるのかもしれない。
魔女マヤは、必死に説得する。
「待てやアナ姫、よーく考えてみい。ケインほどの大英雄やったら、獣魔将ぐらいの使い魔がおって当然やんか」
「ふーむ、そうかしら」
「ケインのおっさんは、魔王から直属の幹部を寝返らせたんやぞ。これは捕まえるなんかより、もっと凄い偉業やろ!」
「そう言われればそうかも。なるほど、善者ケインの格もあがるってわけね」
「せやせや」
「よく考えたら、魔王の幹部って他にもいっぱいいるんでしょ。また適当に探して捕まえればいいだけよね」
「まあ、そう上手くいけばええけどな……」
マヤは、手を頬に当てて少し考え込む。
「魔王ダスタードって逃げ回ってる雑魚でしょ。その配下とか、みんなテトラ程度だろうし、捕まえるのは簡単でしょ」
確かに、剣姫が言っていることも正しいのだ。
魔王ダスタードは、剣姫アナストレアに敵わない雑魚だ。
その配下の実力も推して知るべしだろう。
だが、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』には敵わないと知って、絶対に会わないように逃げ回り、悪神を復活させて間接的に倒そうとした作戦は、ケインがいなければ成功していたかもしれない。
その智謀は、決して侮れない。
かつての歴史でも、剣姫のような最強不敗の英雄王が大陸統一戦争を起こしたが、隣国の天才策士の策謀により、直接対決を避け続けて周りを攻め続けられ、ついには英雄王の王国が戦いに敗れたという故事もある。
強い魔族は力に溺れがちなのだが、魔王ダスタードは珍しくそういうところが一切ない。
「これはケインのおっさん、本当にファインプレーかもしれんなあ」
「そうでしょ、そうでしょ! マヤもようやくケインの偉大さが理解できたみたいね」
ふんぞり返って自慢げに言うアナ姫に、マヤは苦笑する。
単純に獣魔将テトラを捕まえて、何度拷問しても、プライドの高いテトラは決して敵の情報を吐かなかっただろう。
だが、こうしてケインの使い魔となれば、敵の情報は筒抜けになる。
魔王軍の幹部であったテトラを使い魔にしてしまうなど、マヤもびっくりした程なのだ。
この事実を知れば、魔王ダスタードが智謀の主であるからこそ、情報の漏洩を心配して何らかの動きを見せてくるはずだ。
これまでずっと姿を現さなかった慎重な敵だが、そこが相手の隙となるかもしれない。
「うちも、おっさんの凄さがちょっとわかってきたわ」
今回ばかりは、マヤも本気で感心していた。
これまでは、ケインを運良く善神の加護を受けた、気の良いだけが取り柄のおっさんとしか思ってなかったが、それだけではないらしい。
人間に対する憎しみで凝り固まった魔族を心服させるなど、どんな知恵をもってしてもできることではない。
至誠の一行、百の
賢しい策ばかり考えている賢者にはできぬ、善者の偉業といえた。
「ふふ、マヤにもわかってもらって嬉しいわ。ケインを大英雄にするために、頑張りましょうね!」
「せやな」
ケインを機嫌良さそうに尻尾を振るって追いかけていく使い魔テトラを見ながら、マヤは次の一手を考え始めていた。
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