第49話「シデ山ダンジョン陥落」
本気になった剣姫アナストレアがシデ山でやり始めたのは、複雑な網の目状になっているダンジョンの道をすべてぶち抜いてしまうことであった。
今は、ダンジョンの最奥を越えて、手当たり次第壁をぶん殴ってはぶち破って、まっすぐズンズン進んでいる。
もはやルール無用。
どっちが
すでに剣姫はダンジョンのモンスターを手当たり次第根こそぎしてしまった。
だから、オークキングを見つけたように、マヤの
そのアナ姫の思いつき自体は、正しいと思うのだが、あまりにもやることが乱暴すぎる。
「なあ、セフィリア。これ大丈夫と思うか?」
「崩落の危険、あるかも」
不吉なことを言ってくれるなと、マヤは震え上がる。
シデ山のダンジョンを崩落で全部押しつぶせば悪神の神像も壊れるかもしれないが、巻き込まれて死ぬのはゴメンである。
「また隠し部屋が見つかったわ。どんどん先に進むわよ!」
「アナ姫、少しは手加減せえや……」
ダンジョンの壁を手当たり次第に壊すという斬新な攻略法で、隠し部屋の奥にさらに新しい空洞を見つけた剣姫。
発見したというか、破壊しつくしたというか。
シデ山のダンジョンは一種の古代遺跡であり、誰が作ったのかも定かではないが、設計者が見れば泣きたくなるに違いない。
しかし、効率的な攻略ではある。
こうやっていれば、悪神の神像が見つかるかもしれないからついていかざる得ないのがマヤたちの辛いところだ。
進んでいくと、最奥の空洞に人らしき姿があった。
「
「あれは、獣魔やな」
もちろんこんな隠しダンジョンの最奥に人がいるわけもない。
薄暗いダンジョンで、一見すると虎人族にも思えるその女は、獣魔と呼ばれる魔族であった。
普通の人族と比べると、その邪悪さは一目瞭然だ。
闇に光る瞳は血の色のように赤く、凶暴そうな虎の爪を持ち、長い髪や虎人らしい体毛は返り血で赤黒く染まっている。
きわどい革の衣服を身に着けて、剥き出しの白い腕や太ももやお腹の肌には、入れ墨のような紋様が浮き上がっている。
このように、魔族はモンスターや魔獣よりも人間に近い造形をしている。
それもそのはずで、魔族は本来は人族であったものが、闇落ちしたりアンデッド化したものなのだった。
「人間に、どうしてここが――」
驚いた獣魔がそう言う間もなく、剣姫が斬りかかっていく。
「待てやアナ姫、殺さずに捕まえるんやなかったんか」
「あ、そうだったわ」
ブンッと振り回された神剣は、獣魔の首の皮一枚のところで止まっている。
ここまでされても、獣魔は反応することすらできなかった。
それどころか、叫ぶことすらできずに、ストンとその場に座り込む。
高位の魔族であった獣魔の女は、その強烈な剣気を受けただけで、圧倒的な力の差がわかってしまったのだ。
「お、お前らはもしかして、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』か」
「ほう、魔族が知っとるんか」
「当たり前だ。我はただの魔族ではないぞ。こう見えても我が身は、魔王ダスタード様より獣魔将に任ぜられている。血塗られた
「ふうん、知らないけど」
剣姫は、獣魔将テトラがムッとくるぐらい、まったく興味なさそうに言った。
「ねえマヤ、魔王ダスタードって誰?」
「なっ!」
テトラもびっくりしたが、剣姫の魔王ダスタードを知らない発言は、さすがに全員が唖然とする。
「アナ姫、それはないやろ……」
魔王ダスタードといえば、このあたり一帯の魔族と魔獣とモンスターを統べる悪しき闇の魔王である。
子供でも知ってる話だ。
「どっかで聞いたことあるような気がするけど、魔王とか竜王とかいっぱいいすぎて、よくわかんないのよ。マヤ、ともかくこいつは強いモンスターなのよね?」
「強いモンスターどころやないな。獣魔将なら魔王ダスタード直属の幹部やろ、Sランクモンスターよりずっと上やわ」
「ふーん。魔王の幹部を善者ケインが見事に倒す。いや、話せる魔族ならいっそケインが捕らえたことにして、その力を喧伝させれば……」
何やらろくでもないことを考えて、ぶつくさ言っている剣姫。
「我を無視して話をするな! ふん、お前たちの狙いはどうせ魔王様であろうが、一歩遅かったな! もはや魔王様はすでにここを引き払われた後よ!」
気を取り直したテトラは、立ち上がってポーズを決めると、魔王軍の幹部らしく高らかに言った。
「マヤ、こいつさっきから一人で何を言ってんの。魔族って会話が通じないのかしら」
会話が通じないのは、剣姫の方である。
「アナ姫、可哀想やからあんまり煽ってやるなや」
「我を、可哀想だと! おのれさっきから聞いていれば憎き人間どもめ! これでも喰らうがいい。
煽られて怒り狂った獣魔将テトラは、両手の猛虎の烈爪で剣姫を攻撃した。
そのスピードは音速すら超え、ソニックブームを発生させて、全てを切り裂く必殺の一撃だ。
「なにそれ、魔族の踊りかなにか?」
「なんだと……」
しかし、まったくダメージを与えられなかった。
神速の剣姫に対して、音速で攻撃してもまったく意味が無い。
猛虎の烈爪は空振りし、荒れ狂う衝撃波も剣姫の前で掻き消えてしまった。
その程度の攻撃は、無意識でガードしてしまう剣姫には、テトラがふざけて踊っているようにしか見えない。
強さのレベルが根本から違いすぎるのだ。
「えっ、あれ? もしかして今の攻撃したつもりだったの! ごめんなさい、今度はちゃんと受けるから、もう一回やり直す?」
「う、うう……」
誇り高い獣魔将テトラは、その場に突っ伏して悔し涙を流した。
魔王ダスタードすら超える力を持つ剣姫に敵わないことなど、最初からわかっていた。
それでも、憎き人間にせめて殺される前に一撃でも当ててやろうとかかっていったのに、この仕打はあまりにも酷い。
「なあテトラ、悪神の神像は知らんか?」
そう聞いて、突っ伏しているテトラの虎の耳がピクピクと動いた。
起き上がると得意気にふんぞり返って叫ぶ。
「ハハハ、お前らの狙いはそれだったか! 遅かったな! 悪神の神像は、魔王様が持ってお隠れになられた。もはや、お前らの手の届かぬところよ」
「ほーん、なるほどなるほど。セフィリアが封じ込めてから悪神の復活がやけに早いと思っとったけど、全部魔王ダスタードの仕業やったんやな」
「そのとおりだ、すべては魔王様の計略によるもの! 作戦は失敗したが、悪神の神像さえこちらにあれば、また何度でもやり直せるのだ」
まともにマヤが受け答えしてくれるのが嬉しくて、テトラはついペラペラと機密を全部話してしまう。
「それで、その魔王はどこに隠れたんや」
「魔王様は……ハッ、そんなこと知ってても言うわけ無いだろ!」
「さすがに言わんか」
そう言って、ペロッと舌を出すマヤ。
実際のところ、用心深い魔王ダスタードは、獣魔将テトラにも居所を教えてなかったのだが、テトラはまたたばかられたと憤る。
「ふ、ふざけおって! 今の我はお前らには敵わぬ。だが、我とて誇り高き獣魔将だ」
「獣魔将、血塗られた烈爪のテトラは、確か命が九つあるんやったな」
自分のことを知ってくれているマヤに、また嬉しそうな顔をする獣魔テトラ。
力の強い高位魔族は、死後の安逸を失う代わりに強力な再生能力や、地獄からの蘇りの能力を持つことが多い。
なかでもテトラは、九回も蘇れるほどの力を持っている。
自慢の特異能力であった。
「そ、そうだ! ほら、さっさと殺すが良い。魔王様も、考えなしに我を後詰めに残したわけではない。我は何度殺されても、再び蘇って……」
「じゃあ、九回殺せばいいの?」
「は?」
「一撃で九回殺すとか、簡単なんだけど」
そう言ってスッと神剣を構える剣姫に、額から冷や汗を流すテトラ。
「お、おい。こいつは、何を言ってるんだ」
「獣魔将テトラ。可哀想やけど、アナ姫の言ってることはほんとやで。例えばで聞くけど、アナ姫は、お前らの魔王様の何倍ぐらい強いと思う?」
「に、二倍ぐらいか?」
答えたくもない質問だが、魔王ダスタードより強いと認めざるを得ない。
しかし、そんなテトラにマヤは残酷な答えを言う。
「間違いやな。魔王の百倍は強いわ。アナ姫は、悪神と互角に打ち合えるんやぞ。その上で、神剣を振るってるんやから、斬撃は神様レベルや。命が何個もある系の魔族と戦ったことないと思うんか」
「そういやちょっと前に、命が百個あるとかほざいてた
「獣王クラスを!?」
獣魔将テトラは獣魔族の最上格にあたるが、
百の命を持ち、決して滅びぬと言われていた
「それで、あんたは死にたいわけ?」
「死にたくない」
一度死んでも蘇られると高をくくっていたテトラだが、いきなり全殺しされて存在を抹消されると言われたら、それは嫌だ。
そう聞いて、フフンと剣姫は笑った。
「じゃあ、今は殺さないであげるから、ちょっとお願いを聞いてもらえるかしらね」
「お願いとは?」
「ある人のところに自首してほしいの。たぶん王国に捕まったら処刑されるだろうけど、それなら死ぬのは一回で済むし、私に九回殺されるより、斬首のほうが断然お得でしょ」
「あ、ああ……」
剣姫は何の悪気もない無邪気な笑顔で、処刑されて死ねと言ってきた。
冗談とか脅しとかでなく、本気で言ってるのだ。
こいつほんとに人間かよという顔で、助けを求めて視線を巡らす獣魔将テトラに、マヤたちも苦笑する。
そりゃ、テトラは殺される覚悟はできていたし、命のストックはまだあるのだが、あんまりにもあんまりだ。
剣姫アナストレアを、魔王ダスタードよりも百倍恐ろしいと実感してしまったテトラは、もはや逆らう気力を持たなかった。
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