第34話「臨時参事会総会」
エルンの街の参事会事務所の大会議室に入ったケインたち。
中央の議長席に座る、灰色の髪を綺麗に撫でつけた壮年の紳士は、同道した衛兵に報告を受けるとスッと立ち上がり手を広げて歓迎した。
ポケットからは高価な金時計の鎖をぶら下げ、これまた高そうな金ボタンのフロックコートを身に着けたこの紳士こそ、エルンの街の最高権力者であるウォルター・ローレンツだ。
「かの有名なSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』ですね。このような非常時ですが、お会いできて光栄です。このエルンの街の参事会議長を務めさせていただいているウォルターと申します、この度は招集に応じていただき感謝いたします」
シルヴィアと剣姫たちに、微笑みを浮かべて愛想を振りまくウォルター参事会議長。
なにせウォルターは、王族でもある剣姫アナストレアたちによって会議員の一部が逮捕されたことを知っているので、上位の権力者に取り入るのに必死だった。
そもそも会議員不足で、臨時総会を開かざるを得なくなったのも剣姫たちのせいだったりする。
そんな典型的な政治家であるウォルター会議長だったが、ケインを見て真顔になった。
「ところで、誰だね君は?」
ケインをかばうように、シルヴィアが前に出る。
「ウォルター議長。彼は、冒険者のケインです。クコ山のことに関しては最も詳しい人ですので、参考人として会議に参加してもらっても良いかと思います」
それを聞いて、眉をひそめてウォルターが言う。
「シスターシルヴィア。ここは仮にも、街の意思決定を行う参事会なのですよ。シスターは、二百年も昔からこの街に尽くしてくれている顔役でもありますし、ロナルド氏がどうしてもというから出席を許しましたが、アナストレア公姫殿下ならまだしも、一介の冒険者風情が……」
神経質そうな議長がさらにグチグチ言おうとしたところを、後ろから白い髭を生やした頑固そうなロナルド老人がたしなめた。
「議長! 今は緊急事態じゃ。そんなことで言い争ってる暇はないぞ」
「そうでしたね。ではみなさんお揃いのようなので、参事会議長ウォルター・ローレンツの名をもって、参事会の臨時総会を始めます」
ウォルターは、集まった街の顔役に向けて説明を始める。
「すでにご存知の方も多いと思いますが、シデ山より五千匹ものモンスターが我がエルンの街に向かって来ているそうです。途上のシデ城砦では、遅滞戦闘を行なっているようですが、なにぶんと敵の数が多くて阻むことはできません」
議長のウォルターに、ロナルド会議員が尋ねる。
「議長、王国軍の救援は間に合わんのか」
「残念ですが、ここから王都は遠いのでモンスターの襲来には間に合わないでしょう。そこで、今のうちに王都に向けて住民を避難させることにしました」
「しましたとは?」
「すでにエルンの街の代表者である私、ウォルターの名をもって住人の避難を開始しています。西に逃げれば、途中で王国軍とも合流できて、保護も期待できるはずです」
それを聞いて、ロナルドは机を叩き青筋を立てて怒る。
「議長、貴様はあくまで街の代表者にすぎんじゃろ。参事会にもはからず、こんな重要な決定を勝手に!」
「お怒りはごもっともですが、ロナルド会議員。他にどんな方法があるというのです?」
そう言われれば、ロナルドは言葉に詰まる。
「しかし、生まれ育った街を捨てるなど……」
「捨てるのではありません。一時的に王都に向けて避難するだけで、やがては取り返すこともできるでしょう。こうしている間にも、我々の避難する時間を稼ぐために今もシデ城砦では、王国の兵士たちが命をかけて戦っているのです!」
ウォルターは、芝居がかった仕草で少し瞑目してから言葉を続ける。
「事は一刻を争います。まさか、ロナルド会議員も街の住人全てに対して、このまま座して死ねというわけではありませんよね」
「しかし避難と言っても、街の住人全員を避難させるなど無理じゃぞ」
逃がそうにも、街には足腰の立たない老人や病人もいれば幼い子供だっている。
全員の避難は無理だとロナルドは言っているのだ。
「そこは、責任ある立場である我々参事会議員が決断せねばならぬ時です。神ならぬこの身には、全員救うなどは難しいでしょう。それでも、逃げるほうが犠牲者を一人でも少なくできるのですよ」
「それは、そうじゃが……」
「お集まりの皆さんは、この街の各界を代表する方々だ。異論のある方は是非ともおしゃっていただきたい。参事会議長の私とて、自分の街をモンスターの手に明け渡すなど断腸の思いです。しかし、住民の命を守るために他に手立てがない。一度退いても、必ずや私はモンスターの手よりエルンの街を取り戻してみせると約束します!」
もはや参事会総会は、ウォルターの演説会のようになってきた。
しかし、ウォルターの言葉は正論である。
もはや街を捨てて逃げる他に手立てがないのも事実であった。
「それでは異論がないようなので、街からの一時退避と評決します。続いて、街からの避難誘導の相談に入ります。これについては、街の警備隊長と冒険者ギルドのご意見を伺いたいのですが……」
総会には警備担当者も全員参加していたこともあり、話は具体的な避難の打ち合わせに移る。
一人撤退に反対していたロナルド老は、意気消沈した様子で会議室を後にした。
「議長よろしいか?」
エルンの街の冒険者ギルドマスター、ゲオルグが手を挙げる。
大柄なゲオルグは、すでに五十を過ぎて冒険者を引退しているが、頬には刀傷も見える屈強なAランクの戦士でもあった。
「なんでしょう」
「街の住人を守るために冒険者ギルドが協力するのに否やはない。だが、せっかく『高所に咲く薔薇乙女団』が臨席されているのだから、詳しい事情をお聞きしたい」
剣姫たちは、今回の異変に対してなにか知っているだろうというのだ。
街の冒険者ギルドの長であるゲオルグですら、剣姫たちに事情を聞けるチャンスはこの場ぐらいしかない。
「よろしいですか?」
相手は王族でもある上に、事が国家機密を含んでいると思われるので、ウォルターも
魔女マヤが立ち上がる。
「うちが説明しますわ。今回のモンスター大量発生は、明らかに悪神の本格的な復活やと思われます」
「悪神ですと!」
ゲオルグが思わず叫んでしまう。
会議室の街の重役たちも、驚きざわめく。
噂は流れており、みんな薄々は事情を把握しているのだが、それでも悪しき神の復活と聞けば誰しもが足が震える。
たとえ王国軍であったとしても、もはや人間がどうこうできるような相手ではない。
「それは、大丈夫なのですか……」
……街が、ではなくこの国が大丈夫なのか。
ウォルター議長は、ハンカチで冷や汗を拭いた。
「大丈夫よ。悪神は、私がやっつけるから!」
自信満々に剣姫アナストレアが請け負う。
その腰に差されているのは、この世界に三本しかない神剣の一つ『不滅の
ハッタリではない。
主神オーディアの加護が宿る不滅の神剣は、悪神をも断ち切れる力を持っているのだ。
「まず救援に来た王国の本軍に大量発生したモンスターを抑えてもらって、うちがサポートして悪神をアナ姫が切り伏せる。そして、純真の聖女セフィリアが悪神を再び封じ込める。こういう策でいきますわ」
単純にして明快なマヤの言葉に、ウォルターは頼もしさを感じた様子だった。
動揺していた参会者たちも、落ち着きを取り戻す。
Sクラスパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』のリーダーであり、万能の魔女と呼ばれるマヤは、強大な魔法力を持つだけではない。
伝説の大賢者ダナ・リーンの愛娘であり、いずれ大賢者の称号を継ぐ、王国有数の知略の持ち主としても知られている。
「頼もしいですね。街の代表者としても、よろしくお願いします」
ウォルターとしては、頭を下げてそう言うしかない。
超常の戦いともなれば、戦闘力を持たぬ人間にはもはやどうすることもできない。
「冒険者ギルドも、国の危機には協力しますぞ。『高所に咲く薔薇乙女団』のお方々。私どもにも、協力できることがなんでもおっしゃってください!」
冒険者ギルドの長、ゲオルグも立ち上がって机を叩いた。
すでに引退したとは言えゲオルグも元はAクラスの英雄、これから巻き起こるであろう神話レベルの戦いに興奮を隠しきれなかった。
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