第32話「違うんですよ!」
聖女セフィリアを探していた剣姫アナストレアと魔女マヤは、教会の奥の間に飛び込んだ。
そこで目撃した光景に、剣姫アナストレアは、口に咥えていた熊肉のあぶり肉をポロッと落として叫んだ。
「きゃー!」
「お、おっさん。何やってんのや!」
魔女マヤの叫びに、アルテナとの再会に涙していたケインの意識が、フッと現実に揺り戻される。
「えっ、え……うわー!」
アルテナを抱きしめていたはずが、いつの間にか聖女セフィリアを強く抱きしめていることに気がついたケインは、慌てて離れようとする。
しかし、意外に力の強いセフィリアは、スッポンのように吸い付いて放さない。
「ケイン様、良かった……」
「良くない。いや、アルテナとまた話せたのは良かったけど、これは良くないからね」
ケインはあたふたして、何を言っているのだかわからない。
激しく感動したセフィリアは、濡れた碧い瞳から涙を流し、白い頬も紅潮して若干息を荒げてすらいる。
しかも、ケインは上半身裸で、セフィリアはシルクの下着一枚だけ。
こんな状況で、おっさんが薄暗い部屋で、十三歳の聖女を強く抱きしめていたのだ。
これは、今にも衛兵が「スタァーップ!」と飛び込んできてもおかしくない。
ケインの社会的信用がピンチ!
剣姫アナストレアと魔女マヤを抑え切れず、侵入を許してしまったシスターシルヴィアは聖女セフィリアに謝る。
「申し訳ありません猊下。止められませんでした!」
「いえ、大丈夫です。もう終わりました」
そう言うと、ようやくセフィリアはケインから離れてくれた。
血相を変えたアナストレアは、ガクガクとセフィリアの肩を揺さぶる。
「ななな、何が終わったのよ!」
一方、シスターシルヴィアは、ケインをからかうように言う。
「だけど、ケインも隅に置けないわねえ」
「いや、違うんですよシルヴィアさん。これには訳が……えっと、とにかく違うんですが!」
さっきの神秘体験を、なんと説明したらいいかわからないケインである。
「うふふ、いいのよケイン気にしなくて。純愛ならば、歳の差などささいなことだと、愛の女神アモーレも言ってるからね」
「全然ささいなことじゃないですよ、シルヴィアさん! 俺は、法律を守る善良な市民ですから!」
十三歳と三十五歳の歳の差は、まったくささいじゃない。
いや、それ以前に、これは誤解だ。
「あーこれ、もしかせんでも、取っておきの聖女の誓約をおっさんに使ってしまった流れなんか!?」
その質問にセフィリアが「うん」と頷いて、マヤは「あちゃー」と頭を抱える。
マヤも普段なら「おっさん、衛兵に通報するでー」とか、からかって遊ぶのだろうが今回だけはシャレになってない。
聖女の誓約を阻止しようと必死に追いかけていたのに、間に合わなかったのは万能の魔女とも呼ばれるマヤらしくない失態である。
ちなみに、マヤの
「大丈夫」
聖女セフィリアは、幸せそうに微笑む。
「なにが大丈夫なんや!」
「ケイン様ならきっと、悪神を止められる」
「その根拠のない自信は、どっから来とるんか説明してみい!」
詰め寄るマヤだが、それ以上にアナストレアがセフィリアをガクンガクン揺さぶっている。
「それより、何が終わったのか説明しなさいよ!」
「いやアナ姫、待てって。この前から、ずっと聖女の誓約を止めたいってうちが説明しとったやろ。だいたいアナ姫が、熊肉食いたいとか言い出すからあかんのやろ!」
「人を食いしん坊みたいに言わないでよ。祭りで食べ放題だったら、普通食べるわよね!」
「量が尋常じゃなかったやろ。アナ姫は食べ過ぎなんや。だから早く追いかけようって言っとったのに!」
もうめちゃくちゃな大騒ぎだ。
「あのー、お嬢様方。いろいろと積もる話もあるかとは思いますが、まず聖女様に何かお召し物を着せられた方がよろしいのではないでしょうか」
シルヴィアの冷静な指摘に、ケインもそうだったと思いだして、慌てて眼を背けた。
剣姫にガクガク揺さぶられたせいで、下着がずり落ちてやたらに豊かな胸元が、だいぶと露わになられてしまっている聖女様であった。
そこに、教会の入り口から切迫した男の声が響く。
「シスターシルヴィア! シスターシルヴィアはおられぬか!」
その声を聞いてセフィリアは、素早く白いローブを身につける。
「何の御用ですか?」
シルヴィアは、慌てて表の方に出ていく。
どうやら街の衛兵がやってきたようだ。
いきなりの衛兵の登場にケインは一瞬ビクッとなるが、逮捕しに来たのではないらしい。
「シスターシルヴィア、緊急事態であります! シデ山からこのエルンの街に向かって、五千匹ものモンスターが迫っているとの知らせが参事会に届いたのです。臨時の参事総会がありますので、ロナルド会議員からシスターシルヴィアも出席せよとのことです」
その知らせに驚いたのは、シスターよりも剣姫アナストレアだ。
「なんですって!」
「おお、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の皆様もおられましたか。あなた方にも、オブザーバーとして出席いただきたいと、ウォルター会議長よりの要請であります。ともかく、事態は一刻を争いますのでお急ぎください」
衛兵のただならぬ様子に、シルヴィアもケインも剣姫たちも急いで付いていった。
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