第31話「アルテナ」
それは、二十年前のクコ山での出来事だった。
「アルテナ!」
不慣れな新人冒険者だったケインとアルテナの二人は、運悪くゴブリンの群れに囲まれてしまう。
一匹のゴブリンが振り上げた槍で突き刺されそうになったケインを、アルテナが咄嗟に身を挺してかばった。
冒険者をしていればよくある話。
だが、本人たちにとっては、あまりに残酷な悲劇。
ケインは鉄剣を振るって、なんとかゴブリンの群れを倒しきった。
そうして、慌ててアルテナに駆け寄ったが、鋭い槍が刺さった胸の傷は致命傷であり、もはや手遅れだった。
「よかったケイン、無事ね……」
「アルテナしゃべるな。今俺がなんとかするから!」
手持ちの包帯と薬草で、なんとか血を止めようとするが、アルテナの胸の傷からはとめどなく血は流れる。
ケインの腕の中で、アルテナの命は尽きようとしていた。
「もう、良いのよ。ありがとう……」
「何がいいんだよ!」
傷は深く、どうしても血が止まらない。
若き日のケインは涙を流しながら、それでも血を止めようと包帯で傷口を押さえ続けた。
「私は、いつまでも、ケインを見守って……から……」
「アルテナ! 嘘だろ……アルテナ!」
クコ山に、ケインの絶叫が響き渡る。
それからケインは、必死に奔走してアルテナを蘇らせる方法を探したが、新人冒険者には無理な話だった。
アルテナの亡骸は蘇生不可能となり、二人が育った場所である教会で手厚く葬られた。
その後、アルテナの荷物から遺書が発見された。
ケインと一緒に冒険者になると決めたときから、アルテナはもしものときを覚悟していたのだ。
その手紙には、ただひたすらにケインへの感謝の言葉が綴られていた。
ケインと一緒に孤児院で過ごした時間は、いつもいつも素敵な瞬間で、宝石のように輝いた日々だったということ。
冒険者になれて、これからもケインと一緒にいられて、自分はとても幸せだということ。
もし自分が死んでしまったとしたら、優しいケインはきっと自分を責めるだろう。
けど、それはケインのせいではないから、絶対に自分を責めないでほしいということ。
ケインはこれからもがんばって生きて、冒険者として困った人を助けてあげてほしいということ。
例えどんなことになっても、アルテナは一緒に冒険できて幸せだったということ。
そして、アルテナはずっとケインを見守っているということ。
それから二十年、ケインはクコ山でひたすら薬草を狩り続けた。
おそらくケインには、冒険者としての才能がなかったのだろう。
Dランクからずっと昇格できず、やがて『薬草狩り』と他の冒険者に
それでもケインは、山で出会った人々を助けながら、ひたすらに薬草を狩り続けた。
そうしてアルテナの魂はずっと地上に留まり、約束通りそんなケインの姿をずっと見守り続けていた。
転機が訪れたのは、二十年目にケインが薄汚れた神像を拾ったことだ。
それは、人々に忘れ去られて息絶えた神の像であった。
打ち捨てられた神像をケインは綺麗に洗い、小さな祠を立てて手厚く山の神様として祀った。
ずっとケインを見守り続けたアルテナの魂。
アルテナとの約束を忘れずに、クコ山で善行を重ね続けたケイン。
その二人のひたむきな思いは、やがて神々を統べる主神オーディアの下へと届いた。
そして、アルテナの魂に善神としての力が与えられた。
「そうか、これまで俺を助けてくれたのはアルテナだったのか」
ケインが『蘇生の実』を見つけたことも、ドラゴンの頭に剣が突き刺さったことも、カーズ達に襲われて絶体絶命の危機に木の実が大量に落ちてきたことも、多数のモンスターを相手にして無事だったことも……。
全ては、ケインを見守るアルテナが善神としてなした業で、偶然ではなかったのだ。
「ケイン、ケイン!」
ケインを優しく呼ぶ、アルテナの懐かしい声、その美しい姿は神々しく輝いている。
これが、神様になったということなのだろうか。
アルテナの赤毛の髪は、透き通るような金色に変わっていたが、ケインを見つめる優しい笑顔は変わらずアルテナのままだ。
ああ、こんなにも側に、アルテナが感じられる。
「アルテナ。俺を助けてくれて、ありがとう!」
とめどなく眼から流れる涙もそのままに、ケインはアルテナを強く抱きしめる。
もう二度と放さないというほどに強く抱きしめて、ケインは二十年前のあの日に言えなかった言葉を、ついにアルテナに伝えることができた。
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