外伝 相克のカレッサリア④

 裏口から脱出した三人は、闇にまぎれて、町外れの一見なんの変哲もない商店に逃げ込んだ。

 「ここは、僕らの仲間の一人の家だ。…よく溜まり場にしていた」

と、ユースタス。

 「俺は、他の奴らが上手く逃げられたか確認してくるよ」

カイは、慣れた手付きでマジャールの黒いスカーフを頭と口元に巻き、顔を隠すようにして外に出ていった。そうしていれば、すぐには彼だとは分からないはずだった。

 (なるほど。あれは威嚇のつもりじゃなく、誰がユースタスについているのか分からなくするためだったのか)

アルウィンにもようやく、この町に到着した時に見た光景の意味が分かってきた。

 「町にいた、黒い布で顔を隠していたのも、みんな仲間なんですか」

 「そうだよ。僕と、カイの友達。この町に昔から住んでるマジャール人だ」

 「ごろつきじゃなくて?」

 「当たり前だ! みんな良いやつだ。悪いことは何もしていない。ただ、僕といるのが分かると、ライナスのやつが難癖をつけたり、嫌がらせをしたりするから…。」

ユースタスは、言葉をつまらせた。「武器だって、自衛のためでしかない…」

 ということは、彼らを故意に危険な存在のように吹聴して回ったのは、ライナスの策略ということなのか。


 カイは、まだ戻ってきそうにない。どこか頼りない少年は、埃っぽいソファの上に腰をおろしながら深い溜め息をついた。

 「リゼル、…だっけ? これからどうればいい。あんたの仲間はあいつらにいいようにダシに使われて、マリッドはライナスに捕まっちまって。これじゃ手も足も出ない」

 「まず状況を整理させて欲しい。何があったのか話して欲しいんだ、最初から。まず、あなたとマリッドの関係は? なぜ、彼が後見人なんですか」

 「マリッドと父さんが、昔からの友達だったからだ。僕にマジャール人との付き合いを覚えさせたいと言って…それで。マリッドの隊商に一緒について回っていたこともある。ライナスは、昔から家に出入りはしていたけど、父さんとは商売のやり方でいつも対立していた。あいつが後を継ぐなんてあり得ないよ」

 「対立というのは、具体的には?」

 「サレア人のことさ。あいつの兵隊もほとんどサレア人だよ」

ユースタスは、僅かに語気を強めた。

 「サレナ人は、もともとあまりこの辺りには住んでいなかった。それを積極的に呼び寄せてたのは、あいつなんだ。サレア人の居住区で宝石の鉱脈が見つかったから――宝石を売りさばく販路を代行する、と申し出たんだ。宝石から上がる利益は領主家の独占。おまけに鉱山で働くのもよそ者のサレア人ばかりで、だから、町のもともとの住民からは評判も良くない」

 「なるほど」

話は見えてきた。だとすれば、二人の領主候補の対立は確かにマジャール人とサレア人の対立でもあるのだが、実際には、昔からの住民と新参の住人の対立でもある。

 ユースタスは、唇の端を端を噛みながら傍らにあったクッションに拳を叩きつけた。綿埃が舞い上がる。

 「父さんが元気なら、こんな勝手は許されない。あいつは、父さんが起き上がれないことにして、領主の地位を実質、自分たちのものにしやがった。留守のあいだに悪い噂は流すわ、王国議会でロクでもないことを吹聴するわ。僕が父さんに会わせろと言っても門前払い。ふざけやがって…」

 「だからって、仲間を募って町であんな目立つ真似をしていたら、余計にこじれるだけだ」

 「マリッドと同じことをいうんだな。だけど、これは自衛のためなんだ。ライナスが、マジャール人を追い出そうと嫌がらせをしたり、故意に犯罪者に仕立て上げようとするからだ。」

 「でも、何故ライナスはそこまでしてサレア人をここに住まわせたがるんだろう? 宝石が出ると言ったって、大した量ではないはずなのに――」

 「嘘だ」

ユースタスが即座に否定した。アルウィンは、驚いてそばかすの青年を見つめる。

 「あの量で少ないはずがない。樽一杯の原石が西へ運ばれていくのを見たんだぞ。僕だって商人のはしくれだから分かる。原石の時点で、相当な価値があるはずだ」

 「…それは、本当なのか」

 「ああ。仲間たちも何人も見てる。」


 ――王国への虚偽申告。


 アルウィンは、即座にことの重大さを理解した。

 自治領は、自治権と引換に一般的に王国の通常の領土より厳しい納税義務を課せられる。税率は、各領主の申告する生産品の種類や量によって王国議会が決めている。その申告に虚偽がないか、納税が適切に行われているかを確認するのが、レビアスのような税収官吏だ。

 もし、宝石のような利益の大きいものについて取引量を誤魔化していれば、差額は莫大なものになる。納められるべき税をごまかして着服したとなれば、首謀者の投獄は避けられない。

 「それが本当なら、ライナスは間違いなく罷免される。知っていたなら、どうして王国議会に報告しなかったんですか?」

 「……。」

ユースタスが押し黙っているところへ、カイが戻ってきた。

 「仲間たちは無事に逃げられたようだ。――おい、どうした? そんな顔をして黙り込んで」

 「ああ、いや…。」

ユースタスは、言葉を濁している。

 「サレア人の話をしていた。宝石の量を誤魔化してるって、あの話…」

 「!」

カイの表情が強張った。

 二人の間には、何か意味深な視線が交わされている。

 「もしかして、あなたたちの側にも何か、表立って王国議会に持ち込めない理由があるんですか…?」

カイは苦い顔をしつつも、低く呟く。

 「…ユースタス、俺は別に構わないぞ。親父もそう言っていた」

 「駄目だ。お前たちを巻き添えにしたくない」

ユースタスは首を振り、手元に視線を落とす。「これは、僕の家の問題だから…」


 夜は明け始めている。

 町外れに近いここまでは、領主の館の動きは伝わって来ない。大きな騒ぎになっていないということは、マリッドの屋敷が燃やされたとか、どこかでユースタスの仲間たちが軍と揉めたということはなかったのだろう。

 だがマリッドは捕らえられているだろうし、ライナスのほうは、ユースタスを探して、いずれ町中をしらみつぶしに探し始めるに違いない。それに、本来ならアルウィンと今日のうちに出発するはずだった。町から出るのがあまり遅くなりすぎても、監視している騎士団が、何か起きたかと怪しみ始めるに違いない。

 「…そういえば、王国議会からの書簡には、他には何か書いてありましたか?」

アルウィンは、ふと、ユースタスに尋ねた。

 「うーん…何か不思議な内容だった。シャイラ自治領の揉め事のことは心配している。早急な解決を望む。…ついては、このたび信頼できる腹心を派遣する。彼を使ことだ、とか何とか」

 「……。」アルウィンは、額に手を当てた。「…そういうことか。」

 「そういうこと?」

 「いや、あの人らしい曖昧な書き方だと…。」

読み手の受け取り方次第で、いかようにも読める言葉だ。まして、年重の老人と年若い少年と、そのどちらが本当の使者なのかが判らない状況では。

 「実はマリッドのところへ行く前に、先にライナスのほうに書簡を届けていたんです。私の連れが拉致されたのは、その帰り道でした。ようやく意味が分かりました。」

 「ほう」

カイは興味深そうに呟く。

 「どういうことなんだ?」

ユースタスは、意味が分からず、微かに苛立った顔をしている。

 「”上手く使った”んですよ。王国の使者が武器商人マリッドに誘拐されれば、先に手を出す大義名分が立つのでは?」

 「……。」

ユースタスは苦々しい顔だ。

 「ライナスならやりかねないな。それで、あんなに大手を振って堂々とマリッドのところに殴り込みをかけてきたのか」

 「レビアスも高官です。腹心という意味では、どちらを選んでも間違いじゃない…」

言いながら、アルウィンは少し不思議な気持ちになった。彼がサウディードから呼び戻されたのは、つい最近のこと。それも、表の肩書きは「王国議会の議長」、ギノヴェーア王女の秘書、という扱い。シドレク王とは、それほど親しいわけではない。

 ――というより、本来は、敵同士のはずなのだ。それで…「腹心」ということになるのだろうか?

 「…とにかく、ライナスは勘違いをしています。王国はどちらの味方もするつもりはありません。マリッドを攻撃する口実ほしさにレビアスを攫ったのは失敗だ。王国の使者が行方不明になったと外に知られれば、シャイラ自治領の外で待機している騎士団が介入する絶好の口実を与えることになります。その先は…どうなるか、分かりますよね」

ひとたび治安維持能力に疑問ありとされれば、その自治領は自治権を取り上げられる。別の領主に自治権が渡されることもあれば、取り上げたられたまま王国領となることもある。王国の直接統治の難しい辺境や、独自の風習を持つ部族の多い地域は監査役を入れた上で条件つきの自治権維持となる可能性もあるが、それ以外であれば、前者だ。


 ユースタスもカイも、同時に青ざめた。シャイラ自治領では、マジャール人とサレア人以外の大半の元々の住民は、中央と大差ない暮らしを送っている。自治権が取り上げられれば、王国に併合され、このカレッサリアを含め、シャイラ自治領自体が地図から消えることになるかもしれない。

 「ど…どうすればいい?」

 「それを考えるのは、あなた方のはずです。さすがに、全ての事情を知っているわけでもなく――」

ユースタスは、腕組みをしたまま真剣な顔をして考え始めた。まだ歳若く、王国に信頼された老領主の後継者としては頼りない。だが、故郷を何とかしたい真剣さは伝わってくる。カイは、そんなユースタスを見守っている。

 ――ふとアルウィンは、ユースタスが、少し前までの自分と同じ立場であることに思い当たった。

 数年前までは自分もまた、クローナ自治領の領主家の”跡取り”だったのだから…。


 ふいに記憶が蘇って来た。


 すすり泣く声が漏れ聞こえ、絶望と哀悼の叫びが広場にこだましていた、あの、雪の降る暗い夜。

 領主だった父は戦死、騎士団の多くも倒れ、もはや勝機は万に一つも無かった。町は王国軍に包囲され、夜明けとともに突入してくる。門を守る守り手の数すら足りず、誰もが最悪を覚悟した。

 決断出来るのは、自分一人だった。

 手を貸してくれる者は無く、側にいてくれる友人も、相談できる人もなく、… 町の全ての命運が、たった一人の肩に背負われていた。

 あんな思いはもう、…他の誰にも、してほしくない。




 「…サレア人を説得出来ないでしょうか」

ふいにアルウィンの口調が変わったことに、ユースタスとカイは気がついた。

 「シドレク様のことだ。町に密偵を送り込むくらいしているかもしれない。既に騒ぎが起きてしまった以上、領地外に待機している西方騎士団の小隊が動くまで、そう時間はないと思う。」

 「いいのか? 王国の人間が、僕らに一方的に加担して」

 「手を貸すな、とは言われていませんから。」

シドレクが何のためにここへ自分を送り込んだのかは分からないが、分かっていたとしても、思い通りに動くつもりは無かった。

 これは自分自信の意志だ。

 もしも、サウディードでメイザンに聞いたとおり、”リゼル”に「王の目」や「舌」となる権限が与えられているのなら、それを使ってこの自治領を救いたい。

 「サレア人に、宝石の産出量が誤魔化されていることを証言してもらいましょう。発覚すれば、彼らも共犯者として罰を受ける。いくら商売に疎いにしても、薄々不正には気がついているです。」

 「なるほど。けど…僕は奴らと話をしたことはない」

ユースタスは不安そうだ。

 「サレア語は俺もわからんが、奴らは中央語も話す。やってみるほかない」

と、カイ。

 「どのみち、お前が領主を継ぐのなら、彼らも大切な領民になる。ここで話が出来なきゃ将来は無いぞ。ライナスより、自分のほうが領主を継ぐのにふさわしいと示すんだ。王国が仲裁に乗り出す前にな」

 「分かったよ…やってみる」

不安そうな眼差しではあったが、そばかすの少年は腹を決めたようだった。

 立ち上がり、アルウィンに向かって言う。

 「あんたも来てくれるんだろう?」

 「もちろん。でも、説得は自分でやって下さい」

 「ああ。――しっかりと、見届けてくれよ」

アルウィンは、大きく頷いた。

 ここが彼の、そしてシャイラ自治領の運命の分岐点なのだ。上手く行けば、彼は勝機を得ることになり、この自治領は生き延びられるかもしれない。そうでなければ、彼がライナスに正攻法で勝てる見込みは、もはや無い。




 西方騎士団の赤い旗を掲げた騎士団が町の入口に姿を現したのは、その日のうちだった。

 夕刻近く、日が斜めに傾き大地を赤く染める中を、五騎ほどの騎士たちが甲冑をきらめかせながら進んでくる。剣には赤い房飾り。馬にも揃いの飾りをつけ、その後ろには騎士ではない一般兵たちが続く。

 挨拶のため、というには、どう見ても過剰すぎる戦力だった。小さな町一つくらいなら攻め落とせるだけの兵を連れている。

 カレッサリアの町はにわかに騒然となり、住人たちは逃げ惑い、町の入口に近い家々は固く戸を閉ざした。知らせを受けたライナスは大慌てで馬に乗り、従者を引き連れて館の入口まで出迎えに駆けつけた。

 「これは――王国の騎士団の皆様、一体、何が…」

 「西方騎士団第十五分隊、隊長のハルファだ。王の送った使者がこの町で行方不明になったという知らせが入った」

先頭の馬に乗る騎士は馬から降りずに淡々と言った。

 「貴殿のところへ客人として伺ったのを最後に、宿にも戻っていないようだが。何者かに攫われたという情報もある」

 「それは、武器商人のマリッドがやったことです。その件でしたら昨日のうちに解決済みで」

早口に言いかけるライナスを、騎士は遮った。

 「では、使者の身柄は取り戻したのだな?」

 「――それは」

 「まだなのだろう。では、解決などしていない」

 「マリッドの屋敷にはいなかったのです。マリッドは捕らえましたが、奴の息子とユースタスの奴が行方不明で。…マリッドの口を割らせるか、奴らを捕らえればすぐにでも…」

言いかけた言葉は、冷たい視線に射すくめられて立ち消えてしまう。

 彼は即座に気がついた。選択肢を誤ったのだと。

 「お前は、その使者が何者か知っているのか?」

 「は、王の腹心とか…」

 「なら尚更、対処が遅すぎるな」

騎士は片手を上げ、後ろの部下たちを呼び寄せた。「徹底的に探せ。まだ町のどこかにいるはずだ」

 「お待ちを…ここは自治領、王国の騎士団の方々は自重されるよう」

 「どけ、邪魔をするならば貴殿も拘束させてもらうぞ」

ライナスは大慌てで、手勢とともに静止にかかる。それを振り切ろうとする騎士団との間で揉み合いになり、ちょっとした騒動が起きていた。


 アルウィンたちが駆けつけたのは、ちょうどその時だった。

 間に合った。危ういところだったが。

 「探す必要はありません!」

彼は、そう叫んでライナスと騎士たちの間に割り込んでいった。ライナスはアルウィンの姿を見つけてぎょっとしたのも束の間、その後ろにユースタスとカイの姿を見つけて、苦い表情になる。

 「貴様…ユースタス! それに、マリッドの息子」

 「手は出さないでください」

アルウィンは手を広げ、後ろの二人を庇う仕草をしながら馬上の騎士を見上げた。

 「西方騎士団の方、ですよね。リゼルです。私のほうは無事でした。レビアスを連れ去ったのは、そこにいるライナスの部下です」

 「リゼル…だと。 君がか?」

ハイファは、驚いた声を上げ、馬を飛び降りた。「では、君が王の使者か」

 兜の下からではあったが、アルウィンは、相手の声がやや甲高いことに気がついた。

 ライナスは、訳がわからないという顔で、きょとんとしている。

 「その…方は、使者殿の秘書では?」

 「いや。指示では確かに、何かあったら若いほうに従えと言われている。」

そう言うと、騎士は兜を脱いだ。

 思ったとおり、女性騎士だった。短く刈り揃えた見事な灼熱の髪が、軽くウェーブしながら額に垂れている。同時にアルウィンは、シドレクが囁いた呪文の意味に気づいた。

 「――”赤い雌獅子はベーコンを食べない”…貴女のことだったんですね」

 「おお、よく知っているな」

女性騎士ハルファは、ぱっと女性らしい明るい笑顔を見せる。

 「それは、シドレク様に聞いたのか? そんなものを符合にするとは、ふふ、実にあの方らしいな」

 「そ、そんな…」

ライナスは、うろたえたように後ずさる。

 「どっちでも同じことだ。」

腕組みをして立つカイの後ろには、武器を携えたマジャール人の若者たちが勢揃いしている。そして、彼の側には、覚悟を決めた表情のユースタスがいた。

 「王国の使者の力も、騎士団の力も借りる必要はない。ただ見届けてくれればいい」

僅かに震えてはいたが、彼の声は、辺り一帯に響き渡った。

 「ライナス。領主アストラッドに代わりお前を断罪する。領主を軟禁し、自分を後継者として認めるよう迫ったこと。王国の使者を監禁し、武器商人マリッドに罪を着せようとしたこと。――そして、サレア人を”脅し”て王国に報告する宝石産出量を誤魔化し、差額で私服を肥やしていたこともだ!」

ライナスの顔色が、明らかに変るのが分かった。

 アルウィンは一歩下がったところから、成り行きを見守っていた。これは彼がやり遂げなければならないこと。次期領主の座を継ぐつもりなら、決して避けては通れない対決だ。

 「何を世迷言を。誤魔化しとは何のことだ?」

 「とぼけるな。サレア人に採掘させた宝石の原石の産出量は、王国には実際の産出量の三分の一しか報告せず、納税の申告を誤魔化していただろう。サレア人には、バラすと居住区を追い出すと脅していたそうじゃないか? しかも、彼らへの手数料も、誤魔化したほうの量でしか支払っていなかったんだ。彼らはちゃんと帳簿をつけていたぞ。証人だっている。何なら王国議会の法廷で争ってもいい」

実を言えば、時間が足りなくて、確かめられたのは産出量と納税額の誤魔化しだけだった。支払われるべき手数料が誤魔化されていたかどうかは、ほとんど当てずっぽうのハッタリだった。

 だが、きっとライナスの性格なら、そのくらいのことはやっていてもおかしくない。遠巻きに見守っている町の人々の中には、サレア人もいる。事情を知らなかった者たちも、これで、自分たちが騙されていたことを知るはずだ。

 ライナスは、すがるような目で女騎士のほうに訴える。

 「嘘です、こいつらの言うことは」

 「調べれば分かることだが、反論があるなら相手に返してやるべきだ。」

ハルファは興味なさそうに言いつつ、ちらりとアルウィンのほうを見た。

 「領主の館を捜索しますか?」

 「騎士団がやらなくても、ユースタスがやってくれるはずですよ。父上にも会いたいだろうし」

 「領主はご病気で――」

 「そう言って、お前は何年も会わせてくれなかったな。本当なら、もっと早く気がつくべきだったよ」

ユースタスは追求の手を緩めない。

 「…確かめてみようか。父が、本当に人に会えないほどの病気なのかどうか」

 「く…。お前たちが何を企もうと無駄だぞ。王国の法廷に持ち込むつもりなら、お前たちも同罪だ。」

 「何?」

 「知っているのだぞ、マリッドが何をやっているのか。武器の輸出が禁じられている地域にも売りつけていただろうが!」

 「……。」

一瞬、カイの表情がこわばるのが分かった。ユースタスのほうは表情に出ていないが、口元がかすかにひきつっている。

 二人の表情から、アルウィンは、彼らがライナスの悪事を知りながら、王国議会に訴え出られなかった理由を察した。それは、違法行為に手を染めていたのは、マリッドも同じだったからだ。

 シャイラ自治領に調査が入れば、マリッドが密かに行っていた、後ろめたい武器取引の実態まで知られてしまうかもしれないから――。

 「こいつらは、王国内の紛争地域に優先して武器を売っていたんだぞ。王国の敵に!」

 「それこそ、何の証拠がある!」

 「証拠?証拠など、ふん、それこそ調べればいくらでも出てくるだろうよ」

どちらがより大きな悪、などと比べることに意味はない。どちらも、王国の法を侵していたのは同じ。ならば――

 「武器が誰にどう使われるかは、武器商人の責任ではありませんよ」

アルウィンの援護に、驚いたのは言い合っていたライナスとユースタスの両方だった。

 「個人の商いの売上までは、王国は関与しません。」

 「しかし、王国の敵と知りながら武器を売るのは違法だろう!」

 「売買の相手がなぜ、王国の敵だと分かったんです? 分かっていたなら、貴方は、なぜそれを王国に申告しなかったんですか?」

 「…それは」

アルウィンは、わざとらしく溜息をついた。

 「続きは、王国の法廷でやったほうがよさそうです。隊長殿、お願い出来ますか?」

 「了解しました」

ハルファの合図で、兵士たちがライナスを左右から拘束する。

 「な、ちょ… 何故、私を! 離せ、は…」

アルウィンは、振り返ってユースタスのほうに言う。

 「マリッドを探そう。レビアスも、たぶん領主の館だと思う」

 「あ、ああ。心当たりはある」

 「私も行こう」

ハルファが言った。

 「リゼル、君のほうに行方不明になられると、私が困ったことになる。」

 「――では、同行をお願いします」

あまりの急な展開に、ライナスの部下たちは呆気にとられていて動けない。動けたとして、王国の騎士団を相手にまともに戦おうとは思えなかっただろうが。

 カイの指示で、全て見届けたマジャールの若者たちが散っていく。彼らは一度も、自分たちから武器を抜こうとはしなかった。

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