第41話 王国議会、開催

 翌朝、王国議会は定刻通りに開催された。

 議長である王女が開会を宣言し、王が開会の挨拶をする。流れはいつもどおりだったが、王とその周辺に控える近衛騎士はわずか四人、しかもそのうち二名は重症ではないものの負傷している。議員たちも三分の一近くが欠席だ。そのことが、異常事態の一端をまざまざと出席者たちに見せつけていた。


 審議は、まず、東方騎士団の離反と、旧エスタード領に属する諸侯らの王国に対する陰謀の報告、そして交戦決議から始まった。

 居並ぶ大臣や議員たちには周知の事実であり、出席している自治領の代表者たちも、前日までに既に概要は聞き知っている。大きな混乱も動揺も起きず、議会は粛々と続いた。

 交戦決議を受けての各地方、部族からの支援要請。また旧エスタード領の諸侯からの要求には応じないという宣誓の取り付け。質疑応答。

 議場には、ブランシェも特別に参加を許可されていた。彼女の視線は、少数部族の代表者の間をせわしなく行き来している兄に注がれている。通訳をかき集めても結局、人手が足りず、アルウィンは、一人で三つの部族の代表者に同時に通訳していた。


 何度かの休憩をはさみ、会議は終盤に近づいていた。

 各自治領への答申が終了し、新たに自治領として加わる地域と部族の承認可否に移る。ハザル人の代表者は族長のグウェン、その通訳としてディーが付き添っている。シドレクとは既知の間柄だ。

 シドレクが前もって議員たちに根回ししておいたのだろう。ハザル人がセノラの谷に部族の自治領を持つことは、特に反対もなく可決された。自治領民としての義務の再確認と、書類への署名。それが終われば、セノラは正式に自治領として承認される。

 議長ギノヴェーアが読み上げる。

 「さて、次に新たに自治領として加える案の上がっている地域、クローナについてですが…」

小さなざわめき。既に主だった議員たちに話は渡っているとはいえ、わずか五年前には王国と敵対し戦争にまでなった地域を、いまだ敵視している者は多い。

 「今回の事件で、彼らは王国への忠誠を示し、王が北方騎士団に援軍を求める手助けをしました。」

雑音に構わず、ギノヴェーアは続ける。

 「議会には、その忠誠に免じ、クローナにかつての権利を返す提案が上がっています。代表者として、クローナの前当主の息女、ブランシェ・フォン・クローナに来ていただきました。皆様、どうか――」

ブランシェが緊張した面持ちで立ち上がろうとした、そのときだった。

 「議長、お待ちください」

別の声が響いた。

 辺境部族の座る席の間から、たった今まで通訳として働いていたアルウィンが立ち上がる。

 「この場においては代表者ではないかもしれませんが…私に代わりに話をさせてください」

防衛大臣が額に手を当てるのが見えた。何故か多くの自治領の代表者たちは訳知り顔で落ち着いたものだったが、他の大臣たち、特に議場にいる議員たちはみな、訳が解らないという顔をしている。

 彼が、つい数日前に助けに来てくれた少年だということは、誰もが覚えている。だが、彼らの知る肩書は、「議長の秘書」なのだ。それ以外には、会議の準備で忙しく走りまわっていた通訳としての姿だけを覚えていた。アルウィンは、まだ、他の誰とも認識されていない。

 「発言を許可します、アルウィン・フォン・クローナ。」

議長ギノヴェーアの言葉で、彼らは、ようやく気がついた。――目の前にいる、その少年が何者であるのかを。


 アルウィンは、真っ直ぐに壇上を見上げて、こう言った。

 「今は無きクローナ領主家の最後の当主として、申し出は、お断りいたしします。クローナは自治領には戻りません」

しん、と静まり返る中に、彼の声だけが響き渡る。

 「五年前―― クローナが王国の一部となったとき出された条件を覚えていらっしゃいますね。財務大臣殿」

指名された財務長官は、壇上から答える。表情からして彼もまた、アルウィンのことをようやく思い出したらしかった。

 「…納税率を据え置きとする代わりに、領主家の私財を没収。クローナの騎士団の解散と武力の放棄、それが確認されるまでの領主家当主の身柄拘束。最終的には、この三項だ。」

 「そうです。その条件に従い、クローナは王国の一部となりました。自治権を失う代わりに”納税率は据え置き”となったのです」

アルウィンは、議場を見渡す。

 「自治領になるということは、他と同じく自治領としての納税義務を課せられるということす。それではクローナを利用する商人たちの生活が成り立ちません。領主家の財産没収と騎士団の解体は、納税義務を持たなかったクローナ領主家が私財を蓄え王国に反逆する可能性を恐れたからだと理解しています。自治領に戻れば、いずれまた同じように疑いを持たれないとも限らない。クローナは、王国とともに繁栄する平和な商業都市で在り続けたい。人々の生活を守るために必要なのは、”自治権”でも”独自の武力”でもない。

 ――王国からの”信頼”です」

大議場は、しん、と静まり返っていた。

 誰も言葉を発しない。ついさきほどまで、ただの「秘書」であり「通訳」に過ぎなかった少年に、これほどの堂々たる演説が出来るとは、王国議会の議員たちは、夢にも思っていなかったのだ。

 そして、今更のように思い知った。

 五年前の戦争の際、いかに創られた印象の中で結論を出してしまっていたのかを――。


 彼は、再び壇上に目をやった。

 「再考をお願いします、議長。もしも今回の一件、クローナのために報いてくれるお気持ちがあるのなら、どうぞ別のものを。」

それだけ言って、椅子に座り直す。息を殺した小さなさざめき、俯いて唇を噛むブランシェ。王は額に手を当て、ウィラーフもまた、王の傍らで逡巡していた。

 「分かりました。この件はいずれ再審議と致します。――本日の会議はこれまで。閉会いたします」

席を立ってゆく人々の中、一部の人々はアルウィンにそっと近づいて、何か一声かけて去ってゆく。見覚えのあるハザル人の少年もまた、そのうちの一人だった。




 「――これで、良かったのですか?」

閉会した後、大議場の奥の控室。

 アルウィンは、担当していた部族の代表者を町まで送り届けるために出て行った。控室に残っているのは王と王女、ブランシェ、近衛騎士の中ではウィラーフとデイフレヴン、それに、壇上の幕の影に隠れて一部始終を見届けたシェラとワンダだけだ。

 「兄様がそう決められたのなら。私は従います」

ブランシェは、ため息をついた。

 「本当、馬鹿正直なんですから。自治領になっても、税率は低いままにしてくれと交渉すればいいのに」

 「ま、今ならそれで押し通すことも出来ただろうな。大臣どもも、今は命の恩人に頭が上がらんだろう」

と、シドレク。

 「今なら…ね。」

ギノヴェーアは、足を組んでくつろいだ格好になっているシドレクに、にっこり微笑みかける。

 「将来のことを言われると確かに痛いですわね。何年か経てば、また誰かがクローナの特別待遇に文句をつけないとも限らないですもの。ふふふ。思い通りにいかなくって、そんなにふてくされていらっしゃるお父様を見るのは久しぶり」

 「さあて。目論見は外れたが、これはこれで面白い展開になると思うが。」

 「…王、何を企んでいらっしゃるんです?」

ウィラーフがじろりとシドレクのほうを睨む。

 「あの方に、これ以上、何をさせるおつもりなんです」

 「さて。面白いと言ったのは議会のほうだがな。後でクローナへの褒美をもう一度相談する時、代わりにどんな案が飛び出すやら」

 「失礼します。」

扉を叩く音が響く。

 「王がこちらにいらっしゃると伺いました。お邪魔してもよろしいでしょうか」

 「ロットガルドか。構わんよ、入れ」

扉が開き、一人の騎士が入ってきた。脱いだ兜を片手に、腰の剣には白い房飾り。

 北方騎士団長、ロットガルド。半年前までは近衛騎士団にいた男だ。短く切りそろえた黒髪に黒い短い髭、一見して熊のような大柄な若い男は、一礼して、きびきびと控室の中に入ってくる。

 「斥候からの知らせが届きました。東方騎士団は、予想通り南の荒野――”死の海”を目指して軍を進めてきているようです。間もなく、第一次警戒線を越えるでしょう。」

 「北方騎士団は? どうしている」

 「ご指示通り、”死の海”のリーデンハイゼルに近い側に前線基地を築かせている最中です。協力部族や各自治領からの支援部隊も間もなく合流予定。西方騎士団からの連絡はまだですが、先発隊のみ早馬で送り出すよう指示していますから、早ければ四、五日中には。」

 「会議も終わった。宮廷騎士団も明日には動かせる。それでも向こうの戦力の八割か。――戦は数ではないとはいえ、難しいところだな」

椅子から身を起こし、シドレクはふと、ブランシェのほうに目を向けた。

 「そうだ。ロッドガルドはもう知っているんだったな、そこの凛々しいお嬢さんを」

 「ええ、知らせを持ってきてくれた、クローナの」

 「彼女の部隊はお前が連れていけ、目立つようにな。ただし前線に出さないように」

王は笑う。

 「嫁入り前のお嬢さんに何かあったら、私が彼女の母上に殺される。」

ブランシェは憤慨して叫ぶ。

 「失礼な! これでも私はそこらの男には負けませんよ」

 「腕のほうは心配していないさ。ただ、君たちの一番の役目は、”クローナの忠誠”を猜疑心の強い連中の印象に植えつけること。必ずしも敵を倒す必要はない。」

 「……。」

ブランシェは唇を噛み、黙って議場を出て行く。ロットガルドも一礼してその後に続いた。入れ替わるようにアルウィンが戻ってくる。

 「町に、北方騎士団が来ていました。」

 「ああ、たった今、ロットガルドから報告を受けたところだ。明日には私も現地に向かう」

シドレクは、組んでいた足をほどく。

 「アルウィン、ウィラーフ。」

 「はい」

 「お前たちにも同行してもらうぞ。ただし別行動を許可する。例の、”エリュシオン”の件だ。」

ウィラーフの表情が硬くなる。

 「しかし、…私には王の警護という役目が」

 「ならば、こうしよう。東方騎士団に協力する”エサルの導き手”なる集団の動向を突き止めるため、現地に先行するという任務を与える。予想外の場所から虚を突かれては敵わんからな。――これならば、納得するか?」

 「しかし――」

 「シェラも連れて行きなさい。どうすればいいか、彼女なら知っているわ」

と、ギノヴェーア。シェラに手を向ける。「ね?」

 「……ええ」

今朝から、シェラは元気がない。顔色も悪かったが、その理由をウィラーフも聞いていなかった。

 「あとは現地に行って確かめるしかないの。しっかり護衛なさいね? ウィラーフ。」

 「…どういう意味ですか」

 「言ったまんまですよ。気にかけてあげないと、女の心変わりは早くてよ?」

ギノヴェーアは相変わらず容赦ない。ウィラーフが硬直しているのを見て、面白そうにくすくす笑っている。シドレク王どころか、デイフレヴンまで珍しくにやにやしている。

 ウィラーフは咳払いして表情を取り繕う。

 「…そういう冗談を仰っている場合じゃないでしょう。”死の海”は最前線になります。これから戦いが行われようというところなんですよ」

 「だからこそ、本格的な交戦が始まる前に、お前たちには確かめて貰いたい」

と、シドレク。笑いは消え、真面目な顔になっている。

 「”エリュシオン”が何であるかは今もって不明だが――”エサルの導き手”、または東方騎士団に渡すわけにもいかんからな」

そう言いながら、ちらとアルウィンのほうを見る。彼は小さくうなづく。

 もしもそれが、小国に過ぎなかったアストゥールが、”統一戦争”を勝ち残ることの出来た真の理由に関わるものなら。

 ただの飾りではなく、兵器またはそれに準ずるもの、王国の存続にとって危険とみなされるものであったその時は、――破壊しなくてはならない。

 「心配するな。王は私が責任持ってお守りする。」

デイフレヴンは、ウィラーフに向かって言う。

 出発は、王国議会が終了した日の翌朝と決まった。休んでいる暇もないが、議会終了とともに戦争も始まるのだ。今のうちに準備は整えておかなくては。

 「ウィラーフ。アルウィン。」

自室に引き上げようと去りかける二人を、シェラが呼び止める。

 「話があるの。来て」




 三人にワンダを加え、四人は、”王の中庭”に来ていた。

 そこが一番静かで、他の誰かに聞かれる心配もないところだったからだ。

 「昨日…、未来を視てみたの。ギノヴェーア様のお力を借りて」

庭に入るなり、シェラは唐突にそう切り出した。

 何度も狙って未来を視ることなど、ほぼ不可能だろうと思っていた。それが今回は、狙ったままに、鮮やかに視ることが出来たのは、側に居たギノヴェーアの影響なのか。それとも、――五百年前にルグルブの族長ライラエルの予言した、定められていた出来事だからなのか。

 「それで疲れてたのか?」

 「うん…。思ったより体力使ったわ。自分でも、全部はまだ理解できていないの。今までにない沢山の光景。過去なのか、未来なのか、よく解らないものも沢山あった。王女様には、未来を変えてしまうことになるかもしれないから、他人にはあまり言わないほうがいい、って言われたんだけど…」

彼女は、小川にかかる橋の上まで来て足を止め、振り返った。

 「視えた言葉は… ”黄金の大地”…」

 「なんだっけ。それ?」

ワンダが首を傾げる。

 「かつての、”死の海”周辺の地名だったはずだ。地下の”書庫”で見た」

と、ウィラーフ

 「クロン鉱石の採れる汚染された土地。呪われた意味だ」

 「いや。そうとも限らない」

アルウィンが異を唱える。

 「――ずっと考えていたんだ。もしかしたら、その言葉には別の意味もあったんじゃないかってけ

 「どういうこと?」

 「”刻が満ちるとき 失われし光は蘇り 大地は黄金に輝くだろう”…詩の一部にある言葉にも、黄金という言葉が出て来るからだ。不吉には思えないだろう?」

 「確かに…そうですね」

 「だとすれば、」

彼は、空に視線をやる。「黄金の色には、クロン鉱石の毒以外の意味もあるかもしれない」

 「あたしが視たのは、世界が金色に輝くみたいな場所だった。そこに大きな竜の残骸が横たわっていて、言葉が見えた…。美しい風景のはずなのに、何故だかとてつもなく恐ろしかったわ。」

シェラは、両手をぎゅっと握りしめる。

 「いい意味か…悪い意味なのかが全然わからないの。正直に言えば、あれが何なのか、確かめることが怖い」

 「敵なのかーー?」

ワンダだけは呑気なものだ。

 「解らないわ。ねえ、”エリュシオン”は本当に――」

 「それが何であろうとも」

アルウィンは、言った。

 「ここまで来た以上、知らずに目をそらすことは許されない。ルグルブの詩には『希望』という言葉があっただろう? おれは、それを信じるよ」

 「アルウィン…。」

 「私も信じるますよ、アルウィン様。見せたいものがあるからこそ、かつての王家の人々は、”約束”を残したはずです」

ウィラーフは、マントを翻す。

 「せめて、今夜はゆっくり休みましょう。しばらくは戻れなさそうだから」

 「あ、…」

何かを言いかけて、シェラはやめた。「あの…。おやすみ」

 本当はまだ、視えていたものはあった。だがそれは、たぶん、今は口にしないほうがいい。

 ”告げれば未来が変わってしまう”、ギノヴェーアはそう言っていた。シェラもそう思う。今ならば分かる。ルグルブが、視たものを必要な者にだけ告げるよう定めたのは、未来とは容易く変わってしまうものだからなのだと。


 めいめいの方向へ散っていく四人を、星々の瞬きが見下ろしている。大陸の中心部に近いこの地に雪が降ることは滅多にないが、それでも夜風は冷たく、季節は冬にさしかかろうとしていた。

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