エレベーターおじさん

私が住むマンションには『エレベーターおじさん』という謎の男性がいる。

私がエレベーターに乗ろうとすると、必ずその人が乗っている。

そして、私に「何階ですか?」と聞いてくる。


最初は何も思わず、私は「5階です」と答えた。

私の返答におじさんは、『5階』のボタンを押す。

あれ……? この人は何階に降りるんだろう?

おじさんは、自身の降りる階のボタンを押していない。

私は聞こうとしたが、謎に大量の汗をかいていたのできもいと思い、聞かなかった。

そうして、5階に着いたらおじさんは「着きましたよ」と言ってきた。

「あ、ありがとうございます」と答え、私はエレベーターを降りた。

後ろを振り返ると、おじさんは持っていたタオルで汗を拭きながら私を不敵な笑みで見ていた。

その時の私は、きもっ……とただただ思っていた。


それからというのも仕事帰りのエレベーター、買い物帰りのエレベーターなど、必ず『エレベーターおじさん』が乗っている。

その度に「何階ですか?」と聞いてくる。

でも私は、その質問を無視して『5階』のボタンを押す。

おじさんは黙って『5階』のボタンを見続けている。

5階に着いたら、私はさっさとエレベーターを降りる。

そんな事が毎日続いている。


流石に偶然にも程があると思った私は、最近階段を使って5階に行っている。

エレベーターを使いたい気持ちはあるが、あのおじさんに会わないためにも頑張るしかない。

そう思いながら階段を昇り降りする日々が一週間も続いた。

あのおじさんは、どうしているのだろう?

あまり考えたくないが、おじさんの安否が少し気になる。


私は、同僚にその事を伝えた。

「なら、一週間ぶりにエレベーターに乗ったら?」

「別にいいけど。でもちょっと怖いからあなたも一緒に乗ってくれる?」

「えー私は嫌だなーおじさんに会いたくないもん」

「それは私も同じだよ。ねっお願い!」

「んーまあ、一人より二人の方が安心だし仕方なくだよ。仕方なく」

「ありがとう!」


私は同僚を連れて、一週間ぶりにマンションのエレベーターに乗る事に。

すると、やはり『エレベーターおじさん』が乗っていた。

「もしかしてこの人?」

同僚がおじさんに聞こえないよう私に囁く。

「うん。この人が例の……」

「容姿的に私は受け付けないね。しかも大量の汗が出てるし最悪」

同僚は、とことん悪口を言う。

すると、

「何階ですか?」

おじさんは、やはり聞いてきた。

「あのーいつもいつもエレベーターに乗って何がしたいんですか?」

同僚が意を決して『エレベーターおじさん』に聞いた。

だが、おじさんは黙り、『5階』のボタンを押す。

「ちょっと!!」

同僚は、思わずおじさんの腕を掴み、声を荒らげる。

だが、おじさんは無反応。

「何なのこの人!!」

同僚の怒りが頂点に達した時、エレベーターが5階に着いた。

「着きましたよ」

おじさんは、いつものように言うが、私たちは降りない。

「私たちが降りたいのは、おじさんが降りる階だから」

そう言い、同僚は『閉じる』ボタンを押した。

「あなたが降りる階は何階なの?」


…………。

…………。


『エレベーターおじさん』は黙り続ける。

そして、おじさんは『ある階』のボタンを押した。

それを見て、私たちは絶句する。


おじさんは、5を押したのだ。


「やっとエレベーター利用できるようになりましたね。おじさん、嬉しいです。これからもご利用ください」

おじさんは、最初会った時に見た不敵な笑みを浮かべている。

「今すぐ逃げよう!」

危ないと悟った同僚は、焦りながら『開ける』ボタンを押す。

だが、なかなか開かない。

「なんで開かないのよっ!!」

むしゃくしゃしている同僚と動揺している私に対し、おじさんは続ける。

「わたしはいつもあなたを見ています。5階に住む人同士仲良くなりましょう」

温厚そうな台詞だが、おじさんが言うと虫唾が走る。

えっ、おじさんが住んでる階って私と同じ……5階?

「おじさんの言ってる事、真に受けないで!」

「で、でも……」

カチカチカチカチ。

同僚が何度も『開ける』ボタンを押し続ける。

「なんで……なんでっ!!」

イライラが収まらない同僚。

そしておじさんは、体から吹き出る汗をタオルで拭きながら笑みを浮かべて一言。

「隣人さんとこうやって同じ空間にいるのって幸せですね」

それを聞いた瞬間、私は寒気を感じた。

隣人……さん……。

おじさんの正体が判明したところでエレベーターが開いた。

そうして私達は『5階』の私の部屋へと急ぐ。

「またのご利用お待ちしています」




それから私は、マンションを引っ越した。

後から聞いた話によると、『エレベーターおじさん』はエレベーターで階を聞き、自分が住んでいる『5階』と同じ住人だったらすぐに気に入りずっとその人を追いかけ続けるというとても奇妙な人物だったのだ。

所謂ストーカーという存在で実に恐ろしい。引っ越して良かったと安堵する。

あのマンションにはもう『エレベーターおじさん』はいなくなったらしいのだが、私が引っ越したマンションに『エレベーターおじさん』らしき男性が住んでいるらしい。

はぁ……私はいつになったら解放されるのだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る