リーゾラ★ディザビタータ《L'isola disabitata》

大竹久和

プロローグ


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 やがてそうこうしている内に野生のヤシの木が鬱蒼と生い茂る前人未踏の原生林を縦断すると、まるで吹き立てのガラスの様に透き通る美しい海原と真っ白な砂浜、そしてどこまでも晴れ渡る真っ青な夏空が視界を覆い尽くした。

「眩しっ!」

 ほんの数時間前まで神滅の大山を覆っていた濃霧からは想像もつかない青空を見上げながら、燦々さんさんと降り注ぐ陽射しから眼を守るべく額に手をかざすと、そんな俺の脇をペンネが駆け抜けて行く。

「おい童貞! そんな所でいつまでもぼうっと突っ立ってないで、早くこっちに来いってば!」

「待てよ、ペンネ!」

 そう言って彼女の名を口にしながら、俺もまた伝説の聖剣ブロード・ディ・ペッシェを手にしたまま砂浜を駆け抜け、前を行くペンネの背中を追い掛けた。そしてペンネ・アラビアータ、つまり褐色の肌と腰まで伸びた艶やかな黒髪が美しい幼女に追い付くと、彼女の細く華奢な身体をこれでもかとばかりに抱き締める。

「ペンネ……」

大道ともみち……」

 俺が真っ白い夏物のワンピースに包まれた彼女の身体を改めて抱き締めれば、ペンネもまたそう言って、俺の名を口にしながらぎゅっと固く抱き締め返した。するとそんな俺達二人の仲睦まじい様子を、遅れて姿を現したタリアータ・ディ・マンツォ、つまり西洋のお伽噺に出て来る魔法使いか賢者の様なローブとエナン帽に身を包んだ白髪の老人が微笑交じりはやし立てる。

「ほっほっほ、ペンネも大道も、随分と仲が良くなったものよのう。これは遠からず、二人が結ばれる日が到来するのであろうな? ん?」

 皺だらけの顔に微笑を浮かべながらそう言った白髪髭の賢者タリアータの手には、大きな蛇の生首、つまり怪蛇ペスト・トラパネーゼの首級が挙げられていた。俺ら三人が力を合わせて討ち取った、伝説の聖剣ブロード・ディ・ペッシェをその身を犠牲にしてでも守り続ける、この島に生息する怪物の一つの首である。

「ああ、まったくだ。いくらここが南海の孤島だからと言ったって、二人とも、このあたしにお熱い姿を見せつけてくれるじゃないか」

 賢者タリアータに同意するかのような表情と口調でもってそう言ったのは、彼の隣に立つ長身で筋肉質の獣人の女性、つまり獣王パンチェッタ・アッフミカータであった。そして頭に獣耳が生えた彼女の厳つい手にはこれまた大きな鳥の生首、つまりこの島を支配する怪鳥アッラ・ガルムの首級が挙げられている。

「ペンネ、俺はもう二度と、お前の手を放したりはしないからな」

「うん、大道、あたしも大道の手を二度と放さないんだからね!」

 そう言ったペンネと俺は、まるで互いの身体の凸凹を確かめ合うかのような格好でもって、固く固く抱き締め合った。そしていつまでもいつまでも、二つの身体を一つにしながら再会の喜びを噛み締め合う俺ら二人を、南洋の突き刺すように鋭い陽射しと爽やかな潮風とが祝福し続ける。

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