第59話 神選者《ノア》

 永世中立国セントリア。キタリカ大陸の中央部に位置するその国には東西南北にそれぞれに大きな街道が伸びている。

 北に通じる道をまっすぐ行くと魔族領に、東に伸びる道は商国ブルム及びエクサドル王国に、西に伸びる道はヴィヴラニア帝国にそれぞれ通じている。


 そして南に伸びる道は法国アルテミシアや夜王朝エルカザドに通じているのだが、その道で事件が起きていた。


「この狼藉……このお方がサントール第一王子、ムンフ・モンマハド様と知ってのことか!」


 槍を構えた兵士は眼前に立つ男に向かいそう叫ぶ。

 兵士の後ろには馬車が倒れており、その近くには浅黒い肌の男、ムンフと呼ばれるサントールの王子が立っていた。

 天下一学園祭が終わり、セントリアからサントールに帰る最中、王子の乗る馬車は何者かに襲われた。ちなみにサントールの学生はまだセントリアに残っている。やることの多いムンフは腕利きの兵士数名を連れ、国に帰ろうとしていたのだ。


 そこを襲撃したと言うことは狙いは王子であることは明白。

 兵士の握る槍にも力が入る。


 しかしそんな彼とは対照的に、襲撃者はリラックスした様子だった。頭部に角を生やした獣人のその男は黒いスーツに身を包んでおり、頭にはシルクハットを被っている。

 その人物はゆっくりと槍を構える兵士に近づきながら口を開く。


「もちろんその方が王子だと言うことは知っていますとも。私はその人に会いに来たのですから」


「……やはり王子が目的だったか。何者だ! 名を名乗れ!」


「ふむ。名乗る義理はないのですが……まあいいでしょう。私は神選者ノアのレギオン。この度は邪教徒の粛清に参りました」


 邪教徒、その言葉を聞いた兵士は血の気が引き、顔が青くなる。

 その反応を見たレギオンは、にぃと笑みを浮かべる。


「どうやら心当たりがあるようですね。一般市民が数人嵌るくらいでしたら見逃したものを。流石に一国の王子が手を出し広めようとしたらこちらも手を出さざるを得ません。大人しくしていたら幸せに暮らせていたというのに。実にもったいない」


 レギオンはやれやれ、といった感じで首を横に振る。

 すると今まで兵士の後ろにいた王子、ムンフが兵士より前に進み出てくる。当然兵士は止めようとするが、王子は「よい」とそれを下げさせた。

 彼は堂々とした態度でレギオンに目を向けると、口を開く。


「このような事をしていれば、いつか創世教に目をつけられるとは思っていたが、思っていたよりも早かったな」


「我々はどこにでもいます。数こそ絶対の正義。ゆえに我々は正しく、そして絶対なのです」


「ふん、私からしたらお前らの方こそ邪教徒だ。私は知っている、巨神様が創りたもうたこの世界を奪ったのが貴様らの神だと言うことを。そんな悪神を信仰することなど出来るものか!」


「我らがしゅを悪神呼ばわりとは……実に罪深い。やはり旧神教は根絶やしにするべきですね」


「その名で呼ぶな! 我らは誉ある巨神教徒! 貴様らの弾圧に屈したりなどしないっ!」


 叫ぶと同時に王子ムンフは駆け出す。

 彼の故郷サントール王国は「武と舞」の国。王族である彼も幼少期からサントールの伝統武術『テンラム』を習っている。

 ダンスと武術を融合したその技は独特の動きをしており、並の戦士ではその動きを捉えることが出来ない。


「テンラム奥義、太陽の舞エル・ソール!」


 まるで舞いをするかのように優雅に、そして力強く空中で回転した彼はその回転を乗せた回し蹴りを放つ。

 気功術『不知火』によく似たその技は、摩擦と気の力により高熱を帯びる。太陽の舞いというなに相応しいその技は、レギオンの胸に綺麗に命中し彼を吹き飛ばす。


 ムンバは踊りのフィニッシュのように華麗に着地すると、地面に倒れるレギオンを見下ろす。


「王族だから戦えないと思ったか? サントールを甘く見たな。我らはこの戦闘技術によって領土を広げてきた。私が創世教でどれほどの立ち位置にいるかは知らんが……いち暗殺屋に遅れをとるほど私はやわではない」


 そう言い放ち、ムンフは踵を返す。

 そんな彼の背後で、レギオンはむくりと起き上がる。


「……ふむ、確かにボンボンにしてはいい蹴りです。しかし……戦士ではない。殺すつもりでしたらちゃんと急所を狙わないと」


 ケロリとした様子で立ち上がったレギオンを見て、ムンフは戦慄とする。

 確かに先程の一撃は決まっていた。急所に入る云々関係なくムンフの蹴りはどこに当ろうと致命傷になりうるはず。足の感触からするにレギオンの肉体が並外れて硬いわけでもない。

 いったいなぜ、ムンフは考えるが結論は出なかった。


「貰うぞ」


 そう言ってムンフは兵士から槍を奪い、構える。

 その構えは堂に入っている。


「卑怯とは言うまいな」


「ええもちろん。むしろそんな棒切れ一本で私に勝てるとお思いですか?」


「抜かせ!」


 ムンフは強く踏み込むとレギオンめがけて槍を突き出す。

 狙うは心臓のある左胸。今度こそ確実に仕留める、ムンフは躊躇なく彼の左胸に槍を突き刺す。


(手応えあり――――ッ!)


 ずぶりと肉をかき分け槍はレギオンの胸を貫通する。その胸からはおびただしい量の血が流れ落ちる。

 勝ちを確信するムンフは笑みを浮かべるが、その顔はすぐに恐怖に染まることになる。


「……やれやれ、流石に痛いですね」


 口から血を流しながら、レギオンはそう呟いた。

 確かに少し辛そうな顔をしているが、その声はしっかりしており、とても胸を刺されている者のそれとは思えない。


「貴様、不死身なのか!?」


「不死身……とは少し違いますね。しかしあなた程度に説明しても分からないでしょう」


 レギオンは槍を掴むムンフの腹を蹴り飛ばす。虚を突かれた彼は槍から手を離し後ろに下がる。

 するとレギオンは自らの胸に突き刺さった槍を右手で握ると、それを一気に引き抜く。当然胸からは血がさらに吹き出すが彼はそれを気にも留めない。

 普通じゃない。ムンフは今まで感じたことのない恐怖を覚えた。逃げれば良かった、戦わなければ良かった。死にたくない、こんなところで。

 しかし後悔してももう遅い。彼は虎の尾を踏んでしまったのだ。


「それでは、粛清を始めます」


 その後行われた一方的な行為は、もはや戦闘とは呼べない一方的な虐殺であった。

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